5.badend
廃ビルから歩いて五分。雑木林の出口付近に冴木さんのジープが停まっていた。闇夜に溶け込む黒いボディは、きっと遠目では発見できないだろう。一般人から怪しまれることを警戒して街道から離れたところに停めてある辺りは、流石プロ。
そのジープの脇で一服をつける二人の男。一人はジープのドアに背を預け、銜え煙草で夜空などを仰いでいる。実に様になっている。もう一人は地べたにあぐらを掻いて、俯きながら頻繁に煙草を口に持っていく。肺に入れずに吐き出す紫煙とその煙に目をしかめるのは吸いなれていない証拠。まるで体育館裏の中学生だ。実に格好悪い。
様になっている方の男、つまり冴木さんは煙草を手鏡のような携帯灰皿に圧し付けながら、格好悪い方の男、つまり俺に視線を落として、口を開く。
「まあ、俺の説明からするとだな――」
その意外な言葉に俺は目を丸くしてしまった。
状況から考えて俺から先に説明するものだとばかり思っていたからだ。俺の表情に気付いたのだろう。冴木さんは、ふん、と鼻を鳴らす。
「お前の説明は長くなるだろ。だから俺から先に話してやるよ」
冴木さんの説明。つまり、なぜ冴木さんがここにいるのか。まあ冷静に考えればなんとなく予想できるのだが、お願いします、と頭を下げ素直に聞くことにする。
「まあ、話すほどのことでもないんだが、ガキを埋めた後、俺が送っていくって誘ったとき、お前、断っただろ。歩いて帰りますってな。あの山ん中から歩いて帰る物好きはいない。それにお前がファミレスで言ってた“気のせい”。楓彌も言ってたが、お前の気のせいは無性に気になるんだよ。それでお前の後を尾行したんだ」
なるほど。ですよね、やっぱり。単純に俺の嘘が下手だったという話だ。
「あれ? でもそうなると、もしかしてあの戦い、見てたんですか?」
すぐに尾行したならば俺から遅れることなくこの場に到着していたはずだ。
「見てたよ」
「……どこからです?」
「み、右手からですよねぇ? の辺りから」
皮肉たっぷりにおどけたように言う冴木さん。
この人がこんな風にふざけて見せるなんて激レアである。激レアカード、おどける冴木さん、である。……やはり怒っているようだ。
「……まあ、助かりましたけど」
ここで無言になる。
しばらくして冴木さんの鋭い睨みが説明を催促してくる。正直面倒臭いのだが、バレてしまった以上、仕方がない。
「えーと、俺の説明は、なんていうか、非常にし難いんですけど……。こういうの苦手だし、こじ付けっぽくなりますが、それでもいいですか?」
冴木さんは怪訝そうに眉根を寄せた。
「なんだそれ。よくわからんけど、とにかく話せ」
「はい。なんつうか、最初に殺した少女は異能者じゃなかったんです、残念ながら。……それで今殺した方が真の異能者で通り魔兼身内殺しの真犯人でした」
再びの沈黙。冴木さんは理解不能という顔をしながらも次の言葉を待つように、俺の顔をじっと見つめてくる。
「……いや、終わりですけど」
「ざけんなっ!」
摂氏七百度の煙草を投げ付けられた。脳天のグリーンにオン。
「ちょっ! あっち! 髪はやばいですよっ、髪はっ」
「そんなんで納得できるかっ! こちとら今日一日で二人もガキを殺してんだぞ!? もっと詳しく説明しろっ。まず最初のガキはどうなんだ。なんで異能使ってたんだ? なんで嘘の自白したんだ? ま、まさか全部お前の嘘なのかっ!?」
「いやいや、さすがにそこまで外道じゃないですよ。あれは彼女らの策略だったんです」
策略? と腕を束ねる冴木さん。俺は煙草を一口吸って、続ける。
「いいですか、とりあえず一気に説明しますよ。夕方、あの廃ビルには二人少女がいたんですよ。一人は最初の小学生。そしてもう一人はさっきの少女、たぶん中学生ぐらいですかね。あの二人は姉妹だったみたいです。妹は普通の人間で、姉が異能者だったんです。異能の姉はあの廃ビルに隠れて訓練でもしてたんしょう。そしてノーマルな妹は姉に脅されたか、言い包められたかして、毎日姉に食事を届けていた。んで、今日の訓練メニューが三匹の猫です。妹が銀粘土の混入した牛乳を猫に飲ませ、姉は廃ビルのどこかから遠隔操作、猫を内部から裂く。おそらく遠隔操作と内部破壊の訓練のつもりだったんでしょう」
かなりの遠隔操作と、宿主との感覚の共有が可能なタイプの異能じゃなければできない芸当だが、それは暗闇でも正確に俺を襲ってきたことが十分可能だったと証明している。
「そして、その訓練の最中に運悪く俺が闖入。事前に打ち合わせでもしてたんでしょうね。侵入者が来たら、まるで妹の方が異能者に見えるように姉が銀を操作して侵入者を迎撃。姉のことなんて知らない俺達は当然妹の方を異能者だと思い込みます」
一息の説明、冴木さんが付いて来れるようにここで間を置く。
冴木さんは咀嚼するように何度も頷き、何かを思い出したように口を開いた。
「おいっ、ちょっと待てよ。俺は熱源視認スコープであのビルを一頻り走査したぞ? でも人間らしい熱源はお前とその妹のものしかなかった。あと猫か。……なんで姉を見付けられなかった? 偶然視認外の奥の方に居たのか?」
「その走査は俺が入った後ですよね? だったら姉は一階に居たんでしょう。俺の侵入に気付き、咄嗟に銀の鎧で身体を覆った。あれは冷えた鉄のように冷たいです。そうなれば姉の熱源は消える」
そうなれば当然、妹に割かれる銀の割合は少なくなる。まあ、彼女は一人ぐらいだったら猫を裂いた分の銀で事足りると、そう踏んだのだろう。
「なるほど。……ん? 銀の鎧って確か――」
冴木さんは思い出すように宙を仰ぐ。ファミレスでの楓彌さんの言葉を思い出したのだろう。
「そうです。あの異能は『銀の狂気』なんかじゃなかった。楓彌が言ってた『銀の悪魔』、クイックシルバーそのものだったんですよ」
「そうなのか。しかしなんで楓彌はお前の説明を聞いて気付かなかったんだ?」
「相手が悪かったんです。楓彌さん言ってたでしょ? 蔡はブチギレ、宿主は即死だったって。前の宿主はその機能の全貌を発揮する前に蔡に瞬獄殺されたんですよ」
なんたってあの蔡ですからね、ハハハ、と渇いた笑いを付け加えるのも忘れない。
冴木さんは得心いったように頷き、続けてくれ、と促してくる。
「いや、もう終わりですけど。とくかく俺達は彼女らの策略にまんまと乗せられ妹を異能者と思い込んだ。まあ、姉もまさか妹が殺されるなんて思ってもみなかったでしょうけど。これが真相、それが真実、今度こそ以上です」
「以上じゃねえよ。お前の言う真相が本当なら、妹は普通の人間だったんだろ? 実の姉に家族を皆殺しにされて、自分も脅された状態で、普通に学校に通ってたって言うのか?」
「こればっかりは推測の域ですが、あの年齢じゃあ、最後の家族である姉の言葉に愚直に従うしか選択肢を持ち合わせていなかったんじゃないですかね」
「そんなもんか……。しかしまだあるぞ。なんで姉は妹が殺されたときすぐにお前を襲わなかったんだ?」
「さあー。これも推測の域を出ませんが、妹が死んだことで放心状態だったのか。正体不明の攻撃、つまり冴木さんの狙撃を警戒していたのか。どっちかでしょう」
あの姉の悲しみっぷりを見れば確実に前者なのだろうが、言わなくていい事は言わない。
俺は根元まで減った煙草を深く吸い込み、主流煙を肺に入れようとして、ごふっ、咳き込んだ。気管が焼けるように痛い。煙草にしろ、推理にしろ、残業にしろ、気遣いにしろ、やはり慣れない事はするものじゃない……。
「そうか。理屈はわかったが、お前はなんで、いや、どこで気付いたんだ?」
「違和感は最初の少女、妹との会話です。彼女はムカっとしたから家族を殺したと言いました。有り得ないとは言いませんが、憎しみから殺人に走る異能者は稀です。異能殺人のほとんどが“新しい機能”を試すためだけの愉快犯なんですよ。まあ、それは本当に小さな違和感で、そういう異能者もいるのかなと、ファミレスの段階では気のせいで片付けたんですが、確信するに至ったのがあのランドセルです」
ランドセルぅ? と冴木さんはいちいちこっちの欲しいリアクションを返してくれる。うん、説明が苦手な俺でも実にし易い。
「妹の死体を埋めたとき、ランドセルだけ埋め忘れたじゃないですか。それでなんとなく開けて見たら、アルミホイルに包まれたおにぎりが入っていたんですよ。猫の餌じゃないことはわかってましたし、あの量とサイズから自分の弁当だとは考え難い。結果、誰かに食べさせるためのものだと思って、真相が閃いたんです」
「……そんなんで閃くもんか?」
「いや、ほら、俺は妹と直接話しましたし、それによってこう、言葉の隅々に些末な違和感を感じてたんですよ」
嘘である。いや、嘘ではないのだがオブラートで包み過ぎて真実まで隠した感じ。
実を言うと、もう一つ決定的な違和感を感じていた。それは妹の辞世の句、俺の膝の上で必死に“誰か”を探しながら言い続けた最後の謝罪。“ねぇ、ごねんなさい“。つまり『姉、ごめんなさい』。その台詞で姉の存在に気付いた。とは言わないが違和感を覚えた。
これも言わなくてもいい事なので、冴木さんには言わない。
そうか、と呟きながら冴木さんは二本目の煙草を口に銜え、
「色々と疑問は残るが……まあ、大体の真相はわかったことにして。これからはお楽しみの説教タイムだ」
やっぱりそうなりますか……。
「まず、なんで俺に言わなかった?」
「……えっと、あの、そうっすねー。それより俺にも煙草もう一本くれます?」
露骨にお茶を濁そうとする俺を冴木さんはギロリと睨み、
「楓彌に言うぞ」
絶対的な外交カードを持ち出した。
「ああ! 言います言います!」
それはマジでやめて欲しい。楓彌さんに真相が知られた日にはド変態野郎の醜名を受け、更に萌え萌え大臣秋葉ビュンビュン丸に襲名しなくてはならない。
「……一応、俺なりの気遣いだったんですよ。ほら、冴木さん落ち込んでたっぽいし」
無論、冴木さんの名前を勝手に使ったことも大きな理由なのだ。もし、あのまま放置してたらあの姉は全国の冴木亮さんを血祭りにあげていたことだろう。まあ、本当の仇は冴木さんで合っているのだが。しかし、これも言わなくていい事である。
冴木さんはそんな俺に呆れたように首を振り、深い深い溜め息を吐く。
「余計な気遣いはするな。……そして次に、実はこれに俺は腹が立ってるんだけどな、お前、最後諦めただろ?」
「………」
「お前があそこであのガキを殺したなら、俺も何も見なかったことにして帰ったんだ」
「………」
「でもお前は事も有ろうに、あの土壇場で、諦めやがった。いいかっ。お前が死ぬのは勝手だがな、俺との仕事で死ぬのは許さん。特に今回は、お前があそこで死んでたら俺の不始末みたいだろ。そんなふざけた真似だけは二度とすんな。わかったな?」
「わ、わかりました。……すいません」
「わかったならいい」
と冴木さんは無表情で捲くし立てた後、無表情のままで目線を反らした。
……やはり冴木さんは優しい。
『俺との仕事で死ぬのは許さん』、そこが一番言いたかったのだろう。つまり俺の前で死ぬな。俺が言うのも難だが、冴木さんはこの仕事に向いていないと思う。この人は優し過ぎるのだ、それに自分でも気付いていないだけ。死体を埋めたときは単純に罪悪感。さっきの援護射撃は単純に俺に死んで欲しくなかったから。死にかける少女に銃口を向けたときはその苦しみを終わらせるため。
俺はそんな普通の人間である冴木さんに気付かれないように、左のポケットに入れておいた小さなビニール袋を開封、武器をそっと放してやった。
――今回の武器の名はウスタビガ。
一匹の蛾がフラフラとおぼつかない様子で暗闇へと消えていく。
助けてくれた冴木さんに感謝しろよ、と心の中で蛾を見送って。しかし、そんな優し過ぎる冴木さんには俺の最悪な異能を明かすわけにはいかない、と決心する。
「それで、あの死体どうすんだ? 楓彌に揉み消してもらうわけにはいかないんだろ?」
「ああ、それなら考えてあります」
言って、クラスメイト(なんと女子!)に深夜の電話。我ながら実に大学生っぽいではないか。
十回ほどの電子音。出ないんじゃないかと不安になった頃、はぁーい、とダルそうな声が聞こえて来た。
「あ、もしもし蔡か? 俺だ。ちょっと今から来て欲しいんだけど。え? 殺す? いやいや、殺さないで頼むから。ああ、そう、仕事絡み、って待て待て切るなよっ。え? 死なす? いやいや、死なさないで頼むから。もちろんタダでとは言わないって。報酬は赤いランドセルでどうだ? ああ、正真正銘の本物、今日まで美少女小学生が使っていた業物だ」
冴木さんは、変な友達は蔡だったのかよ、と呆れながら煙草に火を点けた。
まあ、その報酬はボロボロに裂けてしまっているのだが、後払いってことにすればどうとでもなるだろう。
「ああ、そうだよ。ちょっとお前に処分して欲しい物があるんだ」
契約を取り付け、電話を切る。そこでようやく自分のしていることの大学生っぽくなさに気付き、肩を竦めていると、
「……まだ、お前は何も感じないか?」
よくわからないことを訊いてくる冴木さん。
その問いの意味をしばらく考えて、墓穴前での会話を思い出し、俺は更にしばらく考えてから、もう一度肩を竦めて、
「まったく、心底、嫌な仕事ですよね」
きっと冴木さんが感じているであろう、望んでいるであろう答えを口にした。
力なく苦笑する冴木さん。察するに、今の言葉は正解に近かったようだ。
そして、ふと思う。
――なぜ姉は妹だけ殺さなかったのか? いや、なぜ姉は妹に対してだけ失って泣くほどの感情を持ち合わせたのか?
結局、それだけが謎のままだった。
もっとも、今となってはもうどうでもいいことだ。




