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●―――――――
今日も声が聞こえる。
嫌嫌嫌嫌イヤッ。もうイヤだ。
聞きたくない聞きたくない聞きたくナイッ。
耳を塞いでも入ってくる。
――叫び声。
布団を被っても肌に張り付く。
――悲鳴。
常に脳裏に浮かび上がる。
――嗚咽。
――――叫び声、悲鳴、嗚咽、叫び声、悲鳴、嗚咽………。
「いつもの事だ。気にしちゃいけない」
気にしない事なんて出来るわけがないのに、そう呟いて私は自分だけを殻で護っている。
だってしかたがない。
私にできる事は、私があの子にしてあげられる事は、今は何も無いんだから……。
私にもっと勇気があれば、いや、勇気なんかあっても何も変わらない。欲しいのは“絶対の力”。
私にもっと“力”があれば………。
でも、今はその力が無い、だから今行ったら、私もきっと―――………。
「ごめん、ごめんね……」
後であの子にうんと優しくしてあげよう。今の私に出来るのはそれぐらい……。
速く終われ、速く終われ、もうおわってっ――!
「……………?」
おわった?
声が、急に止んだ。
終わったのかな。
今日はいつもより終わるのが早い。
「………」
見に、行ってみようかな……、でも、もし終わってなかったら私も――。
少し、少しだけ、少しだけなら………、
「うん、行ってみよう……」
淡い期待が私の殻を破った。
その時――
――――――――――ッ
「え――? なに、これ?」
“何か”がキタ。
“何か”が私の中に入ってくるっ。
“何かの番”が私に廻ってきたっ!
「あはっ」
何かは“銀色”をした可愛い奴だった。
凄いっ! 何が、何だか、わからないけど、なんて言うか……これは凄く良いものだっ!
あは、あははははははははははははっ。凄い凄い凄い凄いッ! しかも、たぶんこれ、強いっ!
力、力が、私に、宿った。なんで? もしかして私が望んだから? 神様がくれたの? ……ううん。そんなことはどうでもいいや。神様とか、常識とか、家族とか、もう全てがどうでもいい。考えるのがバカみたい。悩んでた自分がバカみたいっ。
今はなによりこの新しい機能を試したいなぁ。
「そうだ」
――コレを使って一階に居る奴らを殺そうっと。
――――――●
人間は死ぬと魂が抜けてその分軽くなる、なんてロマンチックな話がある。しかし、それは嘘だ。死体の方が遥かに重い。人間は持ち上げられるとき自分は持ち上げられるんだ、と無意識に意識して負荷がかからないような体勢を取れるが、物体と化した死体には意識なんかあるわけなく、硬直した体勢には負荷もくそもない。
そんなわけで、世界には虫と自分しかいないのではないかと錯覚するほどの喧しく静かな夜、とある山中、気味の悪いケミカルライトの灯りの中で少女の死体を胴から抱えた冴木さんは顔を顰めた。
「おい、お前そっち持てよ」
自分はちゃっかり死体の両足を持ちながらそんな事を言う。
重いと言っても小柄な小学生だ。三十キロもないだろう、冴木さんだったら片手で持てる。顔を顰めたのは、罪の細分化。殺した少女を埋めるという超非人道的行為に共犯を作ろうという考えからだろう。
……いや、もっと単純な嫌悪感からなのかもしれない、だってこの死体には、
「ええー、嫌ですよ。持つとこがないじゃないですか」
右腕が根元から欠如している。
「だったら頭持て」
「余計嫌ですよ!」
しょうがないから背中に手を廻し、いっせーのっ、とタイミングを合わせて持ち上げる。
と、冴木さんは何を思ったか。突然片手で少女(死体)のスカートを捲り上げた。そのためバランスを失い落としてしまった。ドサリ。
「……えー、なにしてんすか。それはちょっと、流石に引きますよ」
「違う。……お前も見てみろ」
「いやいやいやいや、勘弁してください」
「だから違うっつーの! いいから見ろっ」
不承不承、失礼します、とスカートを捲くって見た。
「うわッ、これは……?」
その中には、膝から大腿部に掛けて、所々に青痣が広がっていた。あんまり詳しく見たくないがこの調子だと下腹部や胸部にも、つまり服の下は全身、同じような傷がありそうだ。
「お転婆な少女って言うには、ちょっといき過ぎの痣だよな?」
「いじめられてたって言うにも、これはいき過ぎですよね」
「DVってやつか? だったらその仕返しに家族皆殺しても納得できるが……」
「いや、それはないでしょう。異能者にそんなまっとうな動機は」言いさして、苦笑しながら首を振る。「ま、今となっちゃあ全てが闇の中ですけど」
そんなお茶目な遣り取りの後、一時間かけて掘った穴に、三十分かけて死体を埋めた。
一時間といって侮るなかれ。陸上自衛隊では穴掘りは必修科目らしく、元陸自隊員の冴木さんは懐かしいな、なんてぼやきながら銜え煙草で深さ三メートル、幅二メートルもの立派な墓穴を掘り下げた。ちなみに俺は十分でへばった。
総仕上げとして盛り上がった土に冴木さんの言うところの擬装を施す。楓彌さんが動けばたとえ死体が見つかったとしても絶対行方不明で片付くのだが(ぶっちゃけ埋める必要もない)。一応後ろめたさから隠しておこうというものなのだろう。
その無駄な作業に勤しんでいると、
「……お前は何も感じないか?」
よくわからないことを訊いてくる冴木さん。
「というと?」
「いや、なんつうかさ……。こんなガキを殺して、死体まで埋めて……」
「………」
どうやら久々に子供の異能者を殺してしまった事でナーバスになっているようだ。
「気持ちはわかりますが、しょうがないんじゃないですかね。俺は冴木さんがヤってくれなきゃ殺られてましたし。正当防衛ですよ。それにこの少女は八人殺してるんですよ? 異能の所為とは言ってもやっぱり―――、とにかく冴木さんは気にしなくてもいいと思います」
「理屈はわかるがね……」
冴木さんは悲しそうに目を細めて深い溜め息を吐き、
「やっぱりお前に言っても無駄なんだよな」
「………」
その呟きに俺は思わず手を止めてしまった。
「あ、いや、すまん。忘れてくれ」
焦ったように背を向け、擬装のための草木を千切る冴木さん。
「……いいですよ。その通りです」
少女は八人殺しただけで腕を吹き飛ばされ、殺された。
だったら俺は、一体どんな目に遭えばいいのだろうか……。
気まずい雰囲気の中、まさに黙々と擬装の仕上げに没頭し、
「あ」
小さなミスに気が付いた。
「失敗しましたね。あれ埋め忘れましたよ」
黒塗りジープのトランクに積まれたままだった赤いランドセルを指差す。千切れた右手はしっかり一緒に埋めてやったのに、こういうところは忘れがちだ。
冴木さんは、ああー、と面倒臭そうに頭を掻く。
「また埋めるのもダルイな。……まあいいだろ。お前にやる」
「……いらないっすよ。適当に捨てときますか」
とランドセルを持ち上げて、懐かしさからなんとなく開けてみると、中には教科書、ノート、筆箱等など学生の必須アイテムが当然のように詰っていた。おお、スゲー。道徳の教科書がある。あのガキ全然学んでないじゃん。
ん、なんだこれ?
そして一番奥には学生の必須アイテムとしては見慣れぬ、銀色のアルミホイルで包まれた謎の小包……。
指で突付いてみて、
――ムニ。
「これは……」
誰でも覚えがあるはずの弾力に富んだ感触。ランドセルに顔を突っ込むと芳しい磯の香り、やはりこれは、あれで間違いない。まああっても不思議じゃない。必須アイテムとは言えないが、小学生が持っていても不思議ではないものだ。
……だが、待てよ。それにしてもこの大きさはちょっとおかしい。
あれ? もうしかして、そうなると……、待て待て、そんな、たったコレだけでそうと決め付けるのは軽率だろう。
いや、しかし、そうなればそこに埋まってる少女から感じた違和感とあの奇怪な最後の言葉にも説明が――付くな。付いてしまうな……。
ファック。
あのっ、と冴木さんに声を掛けそうになって、思い止まる。
「どうかしたか?」
「いえ、やっぱり貰っときます。こういうの集めてる奴がいるんで、そいつに売りつけてやりますよ」
「……お前は変な友達が多いな」
と千切った草木をばら撒いて両手を合わせ、黙祷する冴木さん。
「………」
やっぱり冴木さんには言わない方がいいよなぁ。
冴木さんは通常の人間なのだ。異能者なんかよりずっとデリケートに出来ている。それが弱いとは言わないが。
「じゃあ帰るか。お前はどうする? 送ってやってもいいぞ」
黙祷を終えた冴木さんは妙に明るい口調だった。もう終わったことだ、と思考を切り替えたのだろう。以前、聞いたことがある。冴木さんのモットーは反省しても後悔するな、らしい。素直に良い言葉だと思う。そんな風に割り切れる冴木さんは普通の人間では強い部類に入る。
「いえ、大丈夫です。歩いて帰りますよ」
しかし、それでも真実は残酷過ぎる。知らなくていい余計な心労をあえて増やしてあげることもないだろう。
「ふぅん。そうか。じゃあな」
言うが速いか冴木さんはジープに乗り込み、行ってしまった。
独特なエンジン音が深夜の森林から遠退いて行く。
「……さて、と」
俺は残業に行かなくては。
帰宅途中で明日までに片付けないくてはいけない仕事を思い出したサラリーマンはこんな気持ちなのだろうか。
「しかし、まだ残業さんは居てくれるかな」
仕事熱心なわけではないし、正義感なんてあるわけない。ただ、あんまりのんびりしていると更に面倒臭い事になるかもしれないという予感からだ。いや、もしかしたらもう遅いかも。
「あー、本当にめんどくさ。なんであんな嘘吐いたんだろ」
あの場で冴木さんの名前を使ってしまった自身の気まぐれを呪いながら、俺はもう一度あの場所へ向かうことにした。