魔王と黒
どこにでもあるような物語。それは、勇者の魔王の物語。長い長い戦いの終止符を打った、長い長い戦争のお話。
しかし、またどこにでもあるように、語られなかった話が、この物語の裏にあった。
「はぁはぁ……くっ」
黒衣を纏った戦士が戦っていた。相手は、魔族の頂点に君臨せし魔王。何本もの腕を生やし、頭には禍々しい角が4本。
「まだだ!まだ終わらんぞ!」
どちらともすでに満身創痍であることはひと目でわかる。もともとが薄い鎧であったが、すでにそれもなくなってしまい、ただの布の服だけで戦っている戦士。最初は、禍々しい鎧を着込んでいた魔王はその異形の肌が見え、そこから血が溢れる。
黒衣の戦士の剣と魔王と爪が交差する。飛び散る火花、流れる血。幾度、これを繰り返しただろうか。あと、何度これをやればいいのだろうか。引くことも、進むこともできない。
しかし、なぜ彼は一人で戦っているのだろうか?仲間は?相棒は?想い人は?魔王を倒そうと思っているのだ、仲間はどこに行ったのだろうか?
答えは簡単。彼は、勇者ではない。ここに来たのは勇者本人を含め6人の仲間であった。勇者、その想い人、賢者、聖人、騎士、そして黒衣の戦士であった。しかし、今はどこに行ったか?それを彼が知る故はなかった。
「惨めなものよのう!裏切られるとは……!」
まだ喋るだけの余裕があるのかと思うほどの傷を負っている魔王が腕を振りながら言う。それに答える声はない。
「人間とは本当に愚かだ!醜い!」
もしかしたら、魔王は彼に哀れみを感じているのかもしれない。しかし、殺すことはやめられない。それは魔族と人間という相容れない存在だからである。
「確かにな……」
小さく、か細い声が返ってくる。
「なら!なら、なぜ!お前は戦う!人に裏切られ!人に強いられ!なぜお前は戦う!」
勇者に裏切られ、ここまで戦ったのに返ってきたのは自分の死。戦う理由はもうないはずであった。
「俺は…俺はただ!」
しかし、それは俺の原初、出発点であり終結点。俺の原動力であり、到着点。
「あいつの笑顔が見たかった!あいつのためなら、なんでもできると思った!」
いつもの彼には似合わない大声であった。叫びであった。しかし、人生とは非道かな。彼はその人物にすら裏切られてしまったのである。
幾重もの交差の末に黒衣の戦士は最後の力を振り絞る。その剣は赤く燃え上がるように輝く。
それに対して魔王も最後の力を行使する。その手のなかには黒。深淵を覗く黒が存在した。
「これで!最後だ!」
黒衣の戦士は魔王に向かい走り、その剣をまっすぐ、今までにない速度で魔王に振り下ろす。
「すべてを無に返せ!」
魔王の黒は、術式が完成することによって業となす。
「終焉の奈落!」
その黒は線となり、一直線に空間を走る。
黒の線と剣線が交わった瞬間、すべての音が消えた。周りの空間が歪むほどの力が放出される。
「くぅ……」
黒衣の戦士は引かない、その剣は黒の線とぶつかってなお勢いを失わず、線と押しあっていた。
「ぐっ!」
魔王は最後の力を使ったせいか、片膝を地面につき、顔が険しい。
しかし、それも数瞬の間だけのこと。次の瞬間、その剣は……振り抜かれた。
「らぁ!」
その剣が届かなくとも、そこから生まれる衝撃は、音速を越え、風よりも鋭く、疲労した魔王を身体を切り裂いた。
「がぁぁあああぁ!」
魔王の身体から大量の血が吹き出す。そして、数秒。魔王は地に崩れた。
やっと、終わった。これで帰れる。黒衣の戦士はそう重い後ろに振り向き出口を見る。そして、絶望する。
そこにあったのは、封印術式。この部屋ごと、すべてを、事実を、真実を、隠す術式。
黒衣の戦士は地面に両膝をつき崩れる。術式が光り出す。そうやら魔王の死に反応して発動したようだ。部屋全体が光に包まれる。
その中黒衣の戦士は笑っていた。その口は少し釣り上がり、虚ろな目で、その扉の向こう、勇者を見ていた。
「くっくっく……恨むぞ…勇者ぁ!あーはっははっははあっははー!」
まさに自暴自棄、狂気、狂った。狂ってしまった。狂わなければいけなかった。それが運命であった。
その部屋が完全に光に包まれた時。そこにあったもの、すべてがなくなっていた。その部屋すらなくなっていた。そこに残ったのは、嘘。
そして、勇者は国に帰還し、魔王討伐の偉業を果たしたとさ……
これは、語られなかった。語れなかった、その戦士の話。
もしかしたら、気が向いたら続きを書くかもしれません。