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夏の楔  作者: 夏路殻巣
19/21

決心

宗一郎の家に招待された悠と隆弘。


小学校最後の夏休みを前に、宗一郎は記念にどこかへ連れて行ってあげようと言った。

喜ぶ悠だったが、隆弘は松原家に漂う微妙な違和感を感じていた。そんな中、隆弘は宗一郎の部屋で一枚の写真を拾う。

それは一冊の写真集からひらりと落ちたくしゃくしゃに歪んだ写真だった。それを見た隆弘は一気に血の気の引く想いに襲われる……。

  

  ぱら…ぱらぱら…

 

(……雨?)


ふと耳に掠めた雨音に、隆弘は何気なく部屋の窓に目を向けた。

見ると小さな雨粒が点々と窓を濡らしている。

そのせいか、外から聞こえていた人の気配もいつの間にか静まり返っていた。


(黒。そして…水)ほんの少し前に焼き付いた印象が消えない。


「……う…っ」

 黒こげた部屋を見た時、隆弘は思わず小さく呻いた。

(…これがボヤだって?)


『たいした事は無い』

確か宗一郎の母はそんな様な事を言っていなかっただろうか。

(……おばさんはこの部屋を見ていないのか?)

不意に湧いた違和感に、隆弘は嫌な感覚を覚えた。

(…さっきのおばさんの態度と言い、…何だろう。何か変だ)


「…隆弘…」

「ん…何?」

「何か…この匂いで身持ち悪くなりそう…早く宗兄の部屋に行こう」

悠は手のひらで鼻と口を押さえたままそう言うと、隆弘のTシャツの裾を軽く引っ張った。

「あ…ああ…うん」

隆弘は気の無い返事をすると、桂一郎の部屋に視線を向けたまま、Tシャツを引っ張る悠の動きにずるずると身を任せた。


だが、隆弘の視線は黒く焦げた部屋の中に留まろうとしていた。

宗一郎の母から感じた違和感。

悠に引かれながらも思わず立ち止まった隆弘の視線は、黒く焦げた部屋の中をきょろきょろと動き回った。

部屋の中に張られた針金のワイヤー。

そしてその下に散らばる、幾つものちりちりと萎縮した塊。

その奥には棚に並べられたカメラや、ばらばらと置かれたフィルムなどもあったが、おそらくもう使い物にはならないだろうと思われた。


(あ…あれは…)


その時、部屋の隅に見つけたその形に、隆弘はじっと目を凝らした。

その色さえ黒く煤けてしまってはいたが、見た事のあるフォルムからそれが望遠鏡だという事が解った。それは小さく、子供用の望遠鏡の様だった。

(小さい頃に買ってもらった物なのかな)

裕福な松原家ならそれもおかしくはないと思ったが、それがこんな真っ黒な姿になってしまった事に隆弘はショックを受けた。

(…多分あれももう使えないよな…)


「隆弘…っ早く行こうよ」

不意に強く響いた悠の声に、隆弘ははっと我に帰った。

「ああ、ごめん、…行くよ」

いつまでも付いて来ない隆弘に苛立ったのか、そこには少しむくれた表情の悠がいた。

「隆弘はあんな真っ黒に焦げた桂兄の部屋の興味があるの?」

「あ…いや興味なんて無いけど…」

「僕は…あんな桂兄の部屋は見たくないよ」

悠はそう言って瞳を伏せると、隆弘の服の裾を強く引っ張った。

「…行こうよ…っ」

口元を押さえていたこぶしに力が入り、小刻みに震えている。

隆弘にとって桂一郎の部屋がこんな事になってしまった事は、確かにショッキングではあったが、正直そこまでのダメージは無かった。

だが悠は違う。

あの部屋を正視出来ない程ショックを受け、そのこぶしは震えている。

(……悠)

「…うん。ごめん、行こう」

隆弘は静かにそう言うと、服の裾を引っ張ったまま歩き出した悠に合わせて歩を進めた。


それは悠の方がこの部屋に対して思い入れが強いから。

自分の部屋の様にこの部屋に泊まり、桂兄から色々な事を教えてもらった思い出の部屋。


悠はすぐ隣の宗一郎の部屋の前まで来ると、ようやく口元に当てたこぶしを下ろした。


 

 (この部屋にいると…ついさっき見た桂兄の部屋が嘘みたいだ)

隆弘は本棚から一冊の本を選ぶと、それを手に取りながら部屋の中を眺めた。


宗一郎の部屋は、とてもシンプルで、整理の行き届いた綺麗な部屋だった。

グレイのベットに、黒で統一された机と椅子。他に部屋を飾る物は一切見当たらない。

ただ天井にまでとどいた二層式の移動書架は、シンプルすぎる部屋の中で唯一、部屋の主人の趣向を感じられる場所の様に思えた。


星と、宇宙に関する本。

本棚の大半は天文学などという難解な学術書ばかりだったが、その中には自然や山岳に関する雑誌や小説も何冊かあった。


隆弘が手に取ったのは、山岳に関する本だった。

悠は嬉しそうに迷わず星の本を手に取っていたが、隆弘にとって星の本は、あまり興味をそそる本ではなかった。どちらかと言うと、キャンプやスポーツなど、頭よりも身体を使う方が気楽で好きだった。

本を開くと、すぐにフルカラーの鮮やかな景色が視界に飛び込んで来た。

抜ける様な高く青い空。生き生きとした緑。

読んでいるうちに、本から醸し出される開放感にうっとりとして来る。

眩しい日差し。土の匂い。急勾配を力強く踏みしめる音。そして息を切らせながら吸い込むナチュラルな酸素。

(…悠も夜の星ばかり見てないで太陽の下で山でも登ってみればいいのに)

そう思った隆弘は何気なくそっと後ろを振り返った。

そこにはベットの上に腰掛けて、静かに読書に耽る悠がいた。

空に浮かぶ満点の星でも想像しているのだろう。その瞳はきらきらと輝き、口元は嬉しそうに微笑んでいる。

だが瞳ばかりが生き生きと煌めいているばかりで、そのTシャツの袖から覗く白い腕は、不安を感じる程細く、弱々しく見えた。

(……それにしても宗兄…遅いな)

隆弘はちらりと部屋の中にある時計に目を向けた。

この部屋に入ってから十分程経っただろうか。

(…飲み物持って来るって…何やってるんだろ…)

不意に窓の外に目を向けると、雨の勢いが少し増して来ている様に思えた。

(あ…窓閉めなくちゃ)

隆弘は手に持った本を慌てて本棚に戻すと、雨に濡れた窓をそっと閉めた。


窓を閉めると、静かだった部屋の中はさらに静寂に包まれた。

唾を飲み込む音さえ響く様な静寂。

部屋の中には、悠がページを捲る音だけが響いている。


(…何か…静かすぎるな…)

あまりの静けさに身体が緊張してくる。

喉の奥が乾いて張り付く様な感覚。

雨音が聞こえなくなった分、余計二人きりという状況がリアルさを増しているのだろうか。

隆弘はちらりと悠を見ると、そっと息を吸った。


『お前が悠の事好きなの知ってたし』

思い出してしまった鈴木琢磨の口走った言葉に、学校の茶室での出来事が生々しく蘇る。

(前ならもっと自然で、こんなに意識した事は無かったのに…)

鮮やかに蘇った記憶は手の平は汗で滑らせ、口の中から水分を奪ってゆく。

(どうしたんだろう俺。何か…変だ)そんな事を思った時だった。

「…どうしたの隆弘?何かいい本あった?」

読み終わったのか、本を閉じた悠が不意にこちらを見てそう言った。

「…あ…何か登山の本は見た…けど」

乾いた喉の奥の粘膜が、ひりっと痛む。

「どれ?」

悠はそう言うと、軽く跳ねる様にベットから立ち上がって小走りに隆弘の元に駆け寄って来た。

「あ…っえと…」

隆弘は瞳を輝かせた悠の姿に動揺を隠せないまま、ぎこちなく本棚に仕舞った本を取り出した。

「へぇ…宗兄さんこんな本も読むんだ…」

本を手渡すと、悠は瞳を輝かせながら本を開いた。

目の前でページを捲る度に、悠の髪の匂いがふわふわと漂う。

隆弘は何でもない振りをしながら、悠が見ているページをそっと覗き込んだ。

急勾配の岩だらけの雪山を、がっちりとした登山用の器具でお互いをつなぎ合いながら登って行く。その先に何がある訳でもない。ただあるのは白い雪にくっきりと映える青空だけ。

「見て、隆弘すごい!…僕だったらこんな所絶対登れないよ」

そう言って興奮気味に声を上げると、悠はイメージを楽しむ様に目を閉じた。

「そう、…こういう何も無い、静かな場所はきっと星が凄くよく見えるんだろうな」

そう言いながら、悠の指先がページいっぱいに広がった青い空を愛しそうに撫でた。

「見えるんだろうな…って、…悠はまだ見た事が無いの?」

意外だった。

こんなに星好きなら、天体観測や流星群を見に一度くらいは出掛けた事がありそうだと思っていたのだが。

すると悠は少し恥ずかしそうに笑うと、開いていた本をそっと閉じた。

「…でもいいんだ。高校生とかになってバイトできる様になったらお金貯めて自分で行くから」

(あ…)

胸の奥が、ちくんと痛んだ。

(そっか…悠んち片親だから旅行なんて…)

「綺麗な宇宙を見たくて…だがら星を見る為に山に登る人もいるんだよ」

そう言って笑いながら悠は登山の本を本棚に戻すと、再びゆっくりと本棚を見上げた。

「…あ、あれなら隆弘も読めるんじゃないかな…」

少しの間本棚を見上げていた悠はそう言うと、視線の先に見つけた一冊の本に手を伸ばした。

「…あの本なんだけど…」

伸ばした指のほんの少し上、ーーだが目一杯背伸びをしても指先さえ触れる事も出来なかった。


「何……どれ?」


見かねた隆弘はそう言うと、悠の指の先を見上げた。

「あ、あれなんだけど……」

その時。

す、と影が覆った。

「え…」

隆弘の手が、悠の指先の上に伸びる。

「…これ?」

隆弘は簡単にその本を本棚から引き抜くと、そっと悠にその本を差し出した。

「……悠?」

「あ…っうん、そう…っこれ…」

慌てて隆弘の手から本を受け取ると、悠は視線を床に向けたまま黙り込んでしまった。

一瞬感じた体温。そしてふわっと薫った体温の匂い。

「あ…ありがとう…」

それは永遠の様な宇宙に浮かぶ星達のイメージを、一瞬で掻き消す程の生々しい感覚だった。

「…どうした…?悠」

「な…っ何でも…」

悠は俯いたままそう言うと、汗の浮かんだ手の平を服の裾でそっと拭った。

「え…っと……これなら…隆弘にも読めると思うんだ」

小さく息を吸って一呼吸置いてから、悠は気を取り直してそう言うと、隆弘に本を差し出した。

それは悠にとっては懐かしい、悠が星や宇宙に興味を持つ切っ掛けになった本だった。

「あ…これ…写真集?」

「うん。これなら難しい事は無いし、…それにとっても綺麗なんだ」


深い闇にうっすらと青を混ぜた様な空。

そして大気と薄雲に柔らかく包まれた、小さく光る幾つもの光。


「…本当だ。凄くきれいだ」

溜め息と一緒に、思わずそう言葉が漏れた。

「ーーうん。僕も桂兄にこの本を見せてもらってから、星が好きになったんだ」

悠は嬉しそうにそう言うと、部屋の隅にあった小さな望遠鏡にそっと触れた。

「…僕もいつかこんな望遠鏡で宇宙を覗いてみたいな…」

悠が触れたその望遠鏡に見覚えがあった。

「それって桂兄の部屋にもあった…」

そう言いかけた時だった。


『コンコン』

突然のノックに振り返ると、ゆっくりと開いた扉から宗一郎がそっと顔を出した。

「あ…宗兄…」

隆弘は思わず本を閉じた。

その瞬間、少し厚めの写真集から隆弘の手首を掠めて何かがひらりと床に落ちた。

(……?)

それはくしゃくしゃに丸めた後、丁寧に引き延ばした様な一枚の紙…。

隆弘はかがみ込むと、そっとそれをを拾い上げた。


「宗兄遅いよぉ宗兄。何やってたの?」

宗一郎の姿を見た悠は、嬉しそうに口を尖らせながらそう言うと、宗一郎の元へ駆け寄った。

「…遅くなってごめん。ちょっと母さんと色々話しててさ。…やっと落ち着いたんだ」

部屋に入って来た宗一郎はそう言いながら足で扉を閉めると、飲み物を乗せたお盆を机の上に置いた。

「ううん全然。宗兄の部屋は僕の好きな本がたくさんあるから退屈なんてしなかったよ」

「あ、そうだ…っ」

すると悠は突然、何かを思いついた様に振り向くと、本棚の前に立っている隆弘に駆け寄ってその手から本をそっと引き抜いた。

「この本見つけたんだ。懐かしくって…宗兄覚えてる?」

悠は嬉しそうにそう言うと、その本を差し出して見せた。

「ああ…懐かしいな。悠が一番気に入っていた本だろう?」

悠から本を受け取った宗一郎はそう言うと、懐かしそうにその表紙を眺めた。


光沢のある美しい表紙。

凍える様な空気を感じる、山頂からの朝日の光景。

「うん。でも本棚にあってびっくりしたよ。だってこの本は桂兄が凄く大事にしてて…本棚に何か絶対置いていなかったんだ。いつも引き出しにしまってあって…」

「……ああ。だから燃えなくて済んだんだ。他の本は煤で汚れてしまったけど、この本は引き出しにしまってあったから…綺麗だろう?」

興奮気味に目を輝かせる悠を優しく笑いながら宗一郎はそう言うと、その本をそっと机の上に置いた。

「でも遅くなってしまったからノドが乾いただろう。…オレンジジュースで良かったかな」

「うんっ」

宗一郎はお盆の上にあるグラスを手に取ると、嬉しそうに手を伸ばした悠にそっと手渡した。

「…隆弘は…」


「……宗兄…?」

グラスを差し出したまま動きを止めた宗一郎を不思議に思いながら、悠は宗一郎が見つめる視線の先を見つめた。

そこには何かを握りしめたまま床の一点を見つめる隆弘の姿があった。

「…隆弘?どうしたの?」

悠が心配そうに声をかけると、隆弘の肩がそれに反応する様に小さく揺れた。

「あ…」

震える息づかいを隠しながら、隆弘はゆっくりと顔を上げた。

窓を閉め切っているせいか、部屋の中はエアコンを効かせていても少し蒸し暑さを感じた。

だがその芯はまるで、突然背中に流れ落ちた冷水に呼吸を止めた様に凍り付いている。

全身に、鳥肌が立つ。

「な…何でもない…」

不安げに近づいて来る悠を手で制すると、隆弘はそう言って宗一郎からジュースを受け取った。

「でも何か…」

「本当に大丈夫だって。…ほら、夏休みの計画とか…せっかく宗兄が来たんだからさ」

隆弘は必死で笑いかけると、よろめく足に力を入れ、ショックを気づかれない様に椅子に座った。


頭の中が酸欠で、何も考えられない。


(な…何で…)

手の中に握りしめまま、凍り付いた様に力が抜けない。

頭に浮かぶ疑問に吐きそうになる。


(こ…この写真は)


「隆弘もそう言ってるし、…夏休みに僕が考えた計画話してもいいかい?」

心配そうに隆弘を見つめていた悠に、宗一郎は優しく声を掛けた。

「あ…うん…」

素直に喜んでいいものか。悠は宗一郎の言葉に迷う様な表情を向けたが、次に聞いた宗一郎の言葉に、その表情は一気に喜びに晴れた。

「さっきちょっと思いついてさ、桂兄に連絡してみたら少しなら返って来れそうだって。だから久し振りに、昔、父さんが僕達に天体観測用に買ってくれた小さな山小屋にみんなで行ってみようかなって思って」

「山小屋っ?」

「ああ。別荘とかじゃなくて本当に何も無い山小屋なんだけどね。でも山だから涼しいし、星も綺麗に見えるよ。…どうかな」


壁に寄りかかりながら軽く腕を組み、宗一郎はにっこりと微笑んだ。

悠にとってこれ以上無い好条件。断る理由など何処にも無い。


「すごいや宗兄…っ山小屋なんて…っ」

悠は瞳を輝かせ、まるで子供の様にぴょんぴょんと飛び跳ねながら声を震わせた。

「山小屋で望遠鏡で星を見るなんて…すごいや…っ」


夢の様な話。

さっきまで眺めていた本の景色が、目の前で眺められるかも知れないのだ。

夢に見ていた憧れが突然リアルになる。

「なっ隆弘も行くだろっ?」

「うん。行くよ」

隆弘は満面の笑みを浮かべる悠に負けないくらいの笑顔で答えた。

ポケットに突っ込んだままの手の中には、目の前で輝く笑顔とは正反対の、あの死人の様な写真がじっとりと汗に濡れていた。

桂一郎が大事にしまっていたと言う写真集の中に挟んであった写真。

疑惑はある。だがそれをまだ考える余裕が無い。

隆弘は表情が暗くならない様に気を付けながらそっと生唾を飲み込んだ。

どんなに疑心暗鬼になろうと、目の前の笑顔を消してしまう訳にはいかない。


「良かった。…そうだ、ちなみに夏休みはいつからだっけ?」

暖かい眼差しで二人を見つめていた宗一郎は、麦茶を一口飲みながらそう言うと、机の上に置いてあった卓上カレンダーを手に取った。

「ああ…えっと…丁度一週間後だよ」

「そっか。…じゃぁ兄さんと調整してみてからまだ連絡するよ」


「ありがとう宗兄…っ本当に嬉しいよ」

興奮が収まらない悠の顔は、うっすらと紅色に染まり、その瞳はきらきらと輝いていた。

ふと窓の外を見ると、いつの間にか雨はやんでいた。

「ああ…雨がやんだみたいだね。今なら時間もちょうどいいんじゃないか?」

隆弘の窓を見る視線に気づいたのか、宗一郎は寄りかかっていた壁から身体を起こすと、手首に巻いた腕時計をちらりと見た。

「あ…そっか。…何か学校の事なんか忘れてたや」

悠は照れた様にそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。

「じゃぁ…お邪魔しました」

隆弘もそう言って軽く頭を下げると、手に持っていたグラスをそっとお盆の上に戻した。


「またいつでも遊びにおいで」

宗一郎は優しくそう言うと、玄関先まで送り出してくれた。


(…優しい…尊敬するお兄さんじゃないか)

自分の家まで数十歩の距離。

隆弘は歩きながらもポケットからその手を取り出す事が出来なかった。

(なのに…何でこんな物が)

また、息が出来なくなりそうだった。


「隆弘…っじゃぁまた明日なっ」


気がつくともう、くっつく様に建っているお互いの家の前だった。

嬉しそうな悠の顔が笑っていた。

「…うん。また明日…朝迎えに行くよ」


(守らなくちゃ行けないんだ。俺はあの笑顔を絶対に死人には戻さない)


隆弘はポケットの中のこぶしをきつく握りしめた。



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