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王都襲撃

「──ち、結構やられてるな」


 転移したのは、魔の気配が濃いエリア上空。

 眼下では白い街並みだった風景が燃え、整備された道なりが崩れ、子供が、大人が、悲鳴を上げながら逃げ惑っている。


「【ホーリー・レイ】」


 地上に着地し、人々を追いかけている魔物──魔物の中でも一際強力な種、「吸血種」のエネミーを神聖魔法の光線で蹴散らしつつ、街中を走る。


 あちこちの大地は黒く変色していた。「魔界化」だ。

 それが示す事実は一つ。……どこかに覚醒状態の魔王がいる。


「厄介だな……」


 どこで何が起きているのか分からない。だが、何もしないよりはマシだ。

 その時、転んだ親子が魔物に襲われかけるのが見えた。


「【ホーリー・レイ】!」


 ガカァッ、と大気を震わせながら閃光の光線が発生し、魔物が消滅する。

 一瞬《鑑定》スキルで見えたレベル帯は三、四〇前後だ。カンストしている私からすれば雑魚でしかないが、対抗手段のない一般市民にとっては死そのものであろう。


「あっ、ありがとうございます……!」


「ねぇ、騎士団の人って見なかった?」


「た、確か、銀騎士様が向こうで魔王と……!」


 銀騎士──この時代のアインハルトの異名だ。

 ありがと、と子供を抱えた女性に礼を言いつつ、彼女が示した方角へと向かう。

 入り組んだ路地を抜け、走っていくと、徐々に、強大な気配が二つ、近くなってくる。


『ウフフフフ!! イイ、イイわぁ、アインハルト! 私の運命の人!! やっぱり私──貴方に殺されたいわぁ!』


 ──そんな狂声混じりの女性の笑い声が聞こえた。

 このCVッ……! 知っている! クリア後のクエストに出てくる、おまけヒロイン! 魔王フィリアちゃん──!


「チッ……」


 その時、路地を抜けた向こうの大通りに、着地してくる姿がある。

 風になびく、後ろで一つ結びにした長い銀の髪。殺意の篭った眼差しを眼前の敵へと向けるその美しい横顔。

 マントを翻し、騎士団の制服らしき青と白を基調にした装束をまとって、白亜の聖剣を構える様は、まさしく勇者。──アインハルトだ。


 うぉぉ……カッコよ……と見惚れたいところだったが、


「……貴様……」


 聞こえたのは腹の底から煮えくり返ったような、強い憤怒の呟き。

 視認できる距離にいるだけだというのに、凄まじい殺気を感じる。ま、まさか、もう──間に合わなかったのか!?


「怒った顔も素敵♪ 私、もっと色んな貴方の顔が見たいわ──」


 空を見上げると、そこには黒い翼を背から生やした美少女が一人が浮かんでいた。

 十八歳ほどに見える顔立ち。闇の中でも輝く金髪。玩具を見下ろすような、高慢な真紅の双眸。

 たわわな胸部を見せつける痴女一歩手前な黒ドレスのファッションセンス、まさしく人外。

 プレイヤー間の通称・「恥ずかしかった頃のフィリアちゃん」がそこにいた!


(……「本物」のフィリアか……)


 とはいえ、ゲームで出てくるのは彼女の再現体。

 歴史で暴れ、アインハルトたちと因縁ある彼女本人ではなく、その生涯を省みて、ちょこっと反省して毒が抜けたフィリアちゃんである。反省しているが故、愛嬌もあってプレイヤー間でも人気だったのだが──


 普通に超やばい奴だな、アレ。


 反省したらバニーガールの格好とかしてくれるキャラと化すのに、今のあの彼女は普通にやばい。まさに魔王。まさに人外。まさに黒歴史。


 全盛期の彼女の暴れっぷりは相当なもので、図鑑にもあった通り、大陸に巣食う十三体の魔王のうち、八体をも屠ってその力を吸収。実質的な魔王の頂点として第一位に君臨し、しかして闇堕ちしたアインハルトの手によりあっさり討伐されるのだ。


 まさか聖騎士時代からの因縁の相手だったとは……


「今回の『催し』も貴方のために開催したのよ? どう? 気に入ってくれたかしら? 悲鳴と絶望の声が聞こえるでしょう? きっと貴方も好きになってくれると思うの!」


「──不愉快だ」


「もう。そう意固地にならなくていいのに……でもいいわ。()()()()()()()()()()()()()()()()。いずれ分かる時が来るわ……私が貴方の運命だって!」


「ふざけるなッ!!」


 遂に、そこでアインハルトが叫んだ。

 だが怒りを露わにしても、フィリアは──ますます嬉しそうに笑みを深めるのみ。


「無辜の人々を傷つけて何が楽しい……何が面白い!? 俺は貴様が言う言葉の意味が何一つ、分からない……!」


「嗚呼……可愛い貴方。まるでコマドリみたいな囀りね?」


「──兄さん!!」


 んん!?

 突如として気配が増えた。声を聞くまで気付けなかった事実に不意を突かれながら見た先には、


「ッ!? セシリア……!?」


 アインハルトの後方から走ってきたのは、銀髪をショートカットにした少女。

 その身が着ているドレスは煤で汚れていたり、破けてもいる。相当な無理をして此処までやってきたのが分かる。


「兄さん、その人の言葉を聞いちゃ駄目!! ()()()()()()()()()()()!」


(!?)


「何を言って──、駄目だセシリア、逃げろ!!」


「夢で見たの! 私……私、兄さんが心配で──!」


 夢。予知夢。

 そのキーワードで私の中の考察論は完成を見た。「答え」が繋がったと言ってもいい。

 ──ゲームのメインヒロインには、予知夢を見るというちょっとした特殊体質があった。

 それを僅かなヒントに、主人公は敵の動向を探りつつ、救世の足掛かりに活用していくのだが。



 アレ? もしかして原作メインヒロインちゃんの前世ってセシリア?



(そういう事かぁああッ!?)


 ──思い出す──数々の「ブラグレ」プレイメモリーがこの刹那、脳裏に蘇る──

 そういえばアインハルト、メインヒロインにはなんか対応が甘かったなぁ、とか。

 そういや主人公と戦うことを決めたのも、メインヒロインが主人公と笑い合ってる何気ない顔を見て興味が湧いたからだったような……とか。


(……伏線が……伏線がッ、回収される──!!)


 なんか今、全てが頭の中で繋がった。なんだこのプレイヤーにしか分からない気持ちよさは。

 ──とか実は言ってる場合ではない。


「……ねえ、私のアインハルト? 妹の彼女が死んだら……貴方はどんな顔を見せてくれるのかしら?」


「えっ……」


「!!!! 貴様、やめッ──」


 フィリアの右手がセシリアに向けられる。

 地上と上空。五十メートルは距離がある。だが、あの構えを私は知っている。

 彼女の遠距離攻撃魔法、その予備動作──


「死んじゃえ?」


 無数の黒い茨の槍が、セシリアに襲い掛かる。

 そんな中でもアインハルトは庇うように動いていた。だが、間に合わない。あとたった一歩分、間に合わない。

 ほんの僅かな差で、実の妹の命はここで散らされ、彼の心に永遠の傷をつける。


「【ホーリー・レイ】」


 ──私がいなければの話だが。


 ♰


 空から放たれた黒茨の槍雨は、横から降り注いできた神聖の光の前にかき消された。

 その衝突で生まれた衝撃波に、セシリアはその場に尻餅をついて倒れ込む。


「セシリア!? 無事か!?」


 すぐ横に、彼女は兄の気配を感じ取る。

 そして、


「……何? どういう事? 何が起こった、の……?」


 この場で誰よりも困惑した声をあげる、フィリアの顔が見えた。

 じゃり、と新たに、地面を踏みしめる足音が聞こえた。

 セシリアの視線はそちらを向く。己を抱きかかえる兄も、同じ方向を見た気配を感じた。


「な──」


「ぁ……」


 砂塵と煙の中から出てきたのは、一人の麗人。

 月光を浴びて、黒艶の長い髪がなびく。

 染み一つない白いドレスは華のようだ。美しい。月夜と彼女の黒い髪に、よく映える。

 その真紅の眼が天空に居座る魔王へ向き──


「こんばんは。死ね、【ホーリー・レイ】」


「は?」


 途端、場の全てが容赦ない神聖の極光に満たされた。

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