騎士の誓い
周回廃人なんてやっているが、別に他人の顔色に鈍感なわけではない。
むしろ周囲の環境に敏感でなければ効率的な周回など望めない。そんな私の観察眼からして見て、どうやら。
私の思い違いとか、自意識過剰な思い上がりでなければ。
──アインハルトはどうやら私に一目惚れしたらしい。
「私と一つ違いなのに、アイン様はもう騎士団を取りまとめているんですね。……どうして公爵家のお生まれなのに騎士団へ?」
「ローゼンクロイツ家に生まれた者として当然の義務だ。あと、敬称は外してくれると嬉しい!」
きらきらとした目を向けてくる美青年。好意があまりにも分かりやすすぎる。
(……困った……)
好感度とは、高ければいいというものではない。
むしろ逆だ。好かれれば好かれるほど、落ちた時の差は厳しいものとなるだろう。
やり辛い。
まぁ、我ながら惚れるのも仕方ない美少女ビジュアルだとは思うがね?
「俺のことより、ヴァイス、君も剣を使うのか?」
「……なぜ?」
「立ち姿や重心の置き方からして、武を心得ている者のものだから。剣を使う令嬢こそ、王都では珍しい」
一目で見抜いてくるか……
彼の観察眼に戦慄しつつ──それを表に出すことはないが──そうですね、と言葉を置く。
「フローレンス領では魔物がよく出ますから。父の狩りに同行するために、自然と」
「……独学なのか?」
「ええ、まあ。庭先に出ることもしょっちゅうですからね。ギルドと連携してダンジョンに潜ることもあるんですよ」
「ダンジョンに!? ……驚いた。辺境の御令嬢は戦うものなのか……」
彼が私が例外だと知るのは何年後だろうか……
嘘は言っていない。何一つ。これが貴族同士の駆け引きというもの……!
「それに私は、人より多く神々から加護を頂いている身の上です。救世なんて遠大な事業が果たせるとは思えませんが……一つずつ、自分にできることをこなしていかないと」
にっこりと偽善家の微笑み。
父上や他の貴族が見れば間違いなく思うだろう。嘘臭いなぁ、と。
しかし──
「……ヴァイスは……強さとは、なんだと思う?」
神妙に、大真面目な顔でアインハルトはそう問うてきた。
……難しい質問だなぁ……
咄嗟にどう言っていいか分からず、顔が引きつりそうになるのを抑える。だが恐らく目は死んでいるかもしれない。仕方ない。こればっかりは仕方ない。
なんだ、その答えによっては今後の君の人生の指針にさせられそうな問いはァ……?
今、ゲーマーの勘だが、物凄く選択肢の気配を感じる。現実にそんなものはないが。
ひとまず態勢を整え、思考を仕切り直し、回答を作るために口を開いた。
「強さと一概に言っても、様々なものがあると存じます。武力、権力、意志……武勇が讃えられることもあれば、いかなる猛将とて権力によって捻じ伏せられることもあります。ですが人の意志によって大局が変わることもある。ならば『強さ』とは、抗いのための武器であり、誰もが持つ剣のようなもの……では?」
……なんか抽象的な回答になってしまったな。
即興ではこれが限界だ。本物の令嬢なら、もっとはっきり、堂々と答えられたのだろうが……紙装甲な猫被り令嬢ではこれが精々です。トーク力が足りていない。
「……抗いのための、武器。誰もが持つ剣のようなもの……」
復唱するな! 心に刻み込むような復唱をするな!?
「ま、まあ、解釈の一つと捉えて頂ければ。参考までに。ええ」
「うん……参考になった。凄く参考になった」
ヤメテヤメテ!! 今考えた即興なんだから! こんな外面に騙されちゃいけません!
こ、この聖騎士……純粋無垢か!? 好青年を通り越して世間知らずの域? 詐欺師に騙されやすそう。本当にラスボス進化前の姿なのか、これが……?
「なら……ヴァイス。君にとって、『強い人』とはどんな人間を指すんだ?」
ラスボスのお前。
……という回答はもちろんできないとして……
「実直な方ですかね。世界を滅ぼすような方とかは絶対に無いですね、ええ」
例として出すには極端だが布石を打っておく。
世界、滅ぼす、ダメゼッタイ。
「せ……世界を滅ぼす力がある奴は、強さとか超えてるんじゃないか……?」
「つまり、人ではないということでしょう。強い人、という条件には当てはまりません」
「! ……君って、変わった冗談を言うんだなぁ」
冗談は冗談でも本気で言ってるからね! 闇堕ちとラスボス化に気を付けろ!!
──それからも、アインハルトとは少し話をした。
「私の弟はエルゼンといって……そういえば、アインにも妹君がいると伺いましたが」
「うん、セシリアという。君と同い年だよ。来年、学園にも入学するから……その時は、仲良くしてやってほしい」
(……妹、ね……)
セシリア・ミレイ・ローゼンクロイツ。
そうか。まだ生きているのか。
(……だから、彼はまだ闇堕ちしていない)
最愛の妹・セシリアの死。
それこそが、彼が闇堕ちする切っ掛けだ。
ゲームでは断片的にしか語られていない超重要人物である。手掛かりといえば、街中らしきところで、アインハルトが血を流す妹を抱きかかえる一枚のスチルだけ。
いつなんだよ……「魔王」の王都襲来……
起きる事件自体は分かっているのに、いつ起きるのかが分からないので対策のしようがない。どうすればいいんだ? もう王都に移住しておくべきなのか?
「……アイン。これは、救世主としての直感なのですが……聞いてくれますか?」
「え。な、なんだ?」
「その妹君を、しっかり見ていてあげてください。理由……は、説明し辛いのですが、偶にこういった感覚があるんです。ちょっとした予見の力だと思ってください」
我ながらだいぶ無理筋な理屈だ。強引すぎるか?
「──分かった。君の言うことなら信じよう」
だが疑いとか知らなそうな清廉な今の彼なら上手く懐柔でき……ってもう承諾してるー。素直すぎるぞアインハルト──
やっぱ逆に心配になるな……本当に大丈夫だろうか?
「……よろしくお願いしますね。──?」
サッ、と不意にアインハルトが視線を外した。
つられてその先を見れば、庭園を我が父上が歩いていた。
やぁ、とその軽く片手が挙げられる。
「順調かい、お二人とも。初めましてアインハルト君、ヴァイスの父です」
「──お初にお目にかかります」
すっくとアインハルトが、立てかけていた剣を手にして立ち上がる。
父上と見つめ合う中、場には緊張感が満ちている。
……あー、なんか、偶にあるよね。冒険者同士でも、こういうの。
どういう空気か察したところで、父上が少し笑った。
「噂の筆頭聖騎士……一手ご指南、願おうか」
身内が突然の自殺宣言。
あー、やっぱそういう空気でしたかー、と私は遠い目になるが、コクリと一方のアインハルトも頷いていた。
「私でよければ。……いえ、違いますね。こう言うべきでしょうか」
「?」
「──娘さんをください、義父上」
むせた。私が。
今世でそんな台詞を聞くとは思わなかったよ! しかも貴方が言うの!?
「はははは。いいだろう、いい度胸だ。真っすぐな若者は好きだよ……!」
「父上……」
なんて大人気ないんだ、我が身内は。
そんな風に呆れていると、アインハルトはさっさとガゼボから抜け、父上と向かい合うようにして移動していく。父上も父上で、従者が持ってきた剣を手に取り、抜剣した。
決闘だ。
決闘だぁ……本当にあるんだ、こんな場面……
と、若干の感動を覚えていると、父上がこっちを見た。
「ヴァイス! 淑女らしく応援の声でも上げたらどうかな!」
「アインが勝つと思います。父上は死なないように頑張ってください」
「!」
「なにぃ!? 堅物の娘がもう籠絡されているだとッ!?」
籠絡って言うな。妥当な予言だよ。
父上には良い試金石になってもらおう……今のアインハルトがどれほどの実力なのかを測るためにも。
対峙した両者は剣を構える。
その瞬間からもう立ち合いは始まっている。静寂が満ち、緊迫した空気と闘志が限界まで引き上げられるのを肌で感じた刹那。
キィン、と。
父上が振るおうとした剣身が断ち切られ──地に落ちた。
呆然と佇む敗者の後ろで、勝者の騎士が鞘に剣を収める。
「私の勝ちです。──御義父上」
それが決闘の全てだった。
しゅ……、
「瞬殺!!」
目で追えなかったぁ──!
全っ然!! 全ッ然!! 残像すら捉えられなかった、どころか彼の振るった剣すら見えなかった! なんですかアレ、聖騎士すぎだよ!!
「フ……素晴らしい腕前だ、アインハルト君。約束通り……我が娘をよろしく頼むよ。とりあえず孫は四、五人欲しいかな」
「愛する娘を取られるからって拗ねないで下さい父上」
椅子から立ち上がり、敬愛する父親を冷たい視線で貫く。
純情な青年の前でなんてことを言うんだこの人は。初顔合わせなんだぞこっちは?
呆れながら、ちらとアインハルトの様子を伺うと、──カァッと顔を赤くして目を逸らされた。……やめなさいよ、変な空気になっちゃうでしょ!?
「じゃ、ヴァイス。今日はローゼンクロイツ家に泊まりなさい」
「「……!?」」
「いやぁ、真面目な話だよ? この婚姻は教会の権威、並びに王家へ捧ぐ重要な婚姻だ。特にローゼンクロイツ家からは、昔から王室に嫁ぐ子供が多く輩出されている。後々君らの子供が王家に行けば、教会と王家の関係も良好ってことが示せるわけ」
「……要するに?」
「とっとと既成事実を作りたいんだよ、教会側は」
絶句する此方を他所に、父上はハハハと笑う。
「なぁに、『事実』さえあればいいんだよ。フローレンス家の令嬢が、ローゼンクロイツ家に一泊した、っていう事実がね。何事もあろうとなかろうと、それだけで充分だ。──後は周りが勝手に解釈する」
き……汚い! これが大人のやり方か!!
父上の目が笑っていない。政治家の目だ。うおぉ、年頃の娘を婚約者の男の家に置いていく父があるかッ!
「と、そういうワケだから後はよろしくね。明日には迎えに来るよ~」
じゃあねぇ、とひらひら片手を振って父上は歩き去って行ってしまった。
置いてかれた。……置いてかれた!
ぎぎ、とアインハルトの方を見てみた。彼の、様子は──
「……ヴァイス」
「は、……はい」
「どう言ったらいいか分からないが……君が嫌がることはしない。──でも」
そこで左手を取られた。
ああ、まるで御伽噺に出てくる騎士の所作で、彼はそこに片膝を折って跪き。
甲に口付けを落とした。
「生涯をかけて君を護ると誓う。どうか……俺の花嫁になってほしい」
これ以上とない、完璧なまでの、求婚だった。
……どうして、物語に出てくるヒロインたちはすぐに返事ができるのだろうと思ったことがある。でもこんなシチュエーション、この薔薇の香りと彼の美しさの前では、
「……はい」
気付けば返事をしていた。
躊躇いも、逡巡もなく。心のままに、真っすぐな青い瞳に見惚れた拍子に、応えていた。
応えぬ方が女が廃ると。
そんな衝動にも似た気持ちが湧き上がるのを感じて──
♰
応答は果たされた。
寒くなってきたから、と二人で屋敷へ戻る道中、アインハルトは先を行く彼女の後ろ姿に目を細める。
「……ごめんね」
誰に届くでもない、小さな謝罪。
愛しさと、それに伴う別の感情を胸中に渦巻かせる中、切なく彼は微笑った。




