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再び、日常へ

 次の日が土曜日で良かった。

 寮に戻ってまず思ったのはソレで、ベッドに倒れ込むなりぐっすり眠ってしまった。


 あれから──アイザックをうっかりテイムした後、アインハルトたちだと思われる、森に踏み込んでくる複数名の気配を察知したので《ステルス》しながらさっさと退散、外の安全圏で待機していた教会の使者さんらと合流して諸々を報告した。


「すまん、魔王を取り逃がした」


「いえいえ! よくぞご無事で! 救出、誠に感謝すると騎士団の方から礼が届いております。近く、顔を合わせて直接礼を言いたいと──」


「あぁ……だとしても来週にしてくれ。人質を解放して逃げ切るのがやっとでな。こう見えて満身創痍だ。魔王の能力に関しては追ってまとめてギルドに提出しておく。他になにかあるなら……はあ、ギルドを介してから頼む。今夜は……疲れた」


「了解しました。ところで、森の中で発生した神聖魔法は、貴方が……? もしや貴方は──」


「違うさ」


 勘の良い使者の一人に、意味深に頭を振って否定する。

 この世界の冒険者業、かなりロールプレイングが通じるのを私は知っている。なので三角帽を深く被り直しつつ、


「ここにいるのは……ただ、かつて救世主に憧れた成れの果てさ。だが魔王相手に歯牙にもかけられなかった成り損ないだ。あまり買い被らないでくれ、救世にはもう適任がいる」


「っ……! し、失礼しました! 出すぎた真似を……!」


 この年齢不詳の老兵ムーヴ、かなり板についてない? 自分でもビックリだわ。

 そんな感じで使者の追及をかわし、騎士団からの接触も回避して、寮へと戻った。

 で翌朝、起きると窓に手紙をくわえた鳩がきていた。

 大司教のジジイからだった。


『もしもしアーメン? 昨晩暴れたのって君だよね? 魔王の詳細報告よろ~』


「絶対全部知ってるよなアレ……」


 まぁ、あの大司教は初めから私の「吸血鬼進化チャート」を伝えている共犯者みたいな相手だ。アインハルトを仕掛けて阻止してくるにせよ、もっとタイミングを見計らってくるだろう。


 そんなわけで起き抜けにやったのはアイザックの情報をまとめた報告書作成だった。

 当然ながら魔王をテイムしたことなんて一ミリも書きはしない!

 なんスか? 信用問題? 知らんなぁ……それって救世に必要なんですか? そんなに詳しく知りたきゃ啓示でも待つんだな!!


「おぉ、忌まわしき朝の陽射しよ……鎮まりたまえ、鎮まりたまえ……」


 さて、ゲットしたアイザックといえば、掌より少し大きいくらいの白竜となっていた。

 今はサイドテーブルの上を領地として、陽射しから逃れるように布を被っている。そしてテイムしてから《鑑定》して分かったことだが、


「お前、魔王の称号とか関連スキル消えてるよね?」


「フン……あのワケ分からんフィールドで負けた瞬間から、なにか自分の力がごっそり抜け落ちる感覚がしたのだ。恐らくあの時に魔王の称号、力を削ぎ落されたのだろうな。最後の力で覚醒してやったが、あれこそ魔王最後の悪あがきというヤツよ。魔剣にテイムされるほど弱体化しては、今の我輩はただの一吸血種に過ぎん……ふわぁ~あ」


 アイザックドラゴンは色々と毒気が抜けてダラッとしていた。

 まさしく燃え尽きた、という状態なのだろう。魔剣にテイムされたという事実が思いのほか効いているのかもしれない。誰だってそうなる。


「何も聞かないんだね?」


「人間と慣れ合うつもりはない……と言いたいがこの感覚は違うな。アレだ、昨夜のことといいテイムの一件といい、貴様の周囲には奇妙な法則が働いているものと見える。故に我輩の小物的危機察知能力が告げている──」


 カッ!! とそこで白竜の目がカッ開いた。


「──コレ絶対に深入りしたくない奴だと──!」


 まさかの地雷扱いだった。失敬極まりないが、アイザックのその感覚は一般的でいて、かつこの世界の住人としては正しい反応だ。


 誰しも未知のものはまず、回避したり避けようとする方が当然なのだ。

 そこを物語のように「放っておけないから」的なお人よしムーヴでズカズカ踏み入ってくる相手のがイレギュラーだ。それで救われる奴もいるだろうが、あくまでも特例事項だ、それは。


 普通は察していても踏み込んだり、あわよくば利用しようだなんて考えない。

 アイザックのような小物ムーヴこそが危機から遠ざかる最適解。

 危険を察知し、回避できる。それこそ知性体が獲得した生存術だ。


「なので貴様が何者かなど一切問わんし訊かん。聞きたくない。神々の事情も思惑も、我輩からすれば仕事終わりのワインより価値のないものだ。世界を我ら魔族が支配しようが、人間が抵抗しようが、我は月夜を見ながらワインを飲める日々があればそれで良い」


「それだけ聞けば格のある長命種の発言だよなぁ……」


「あと我は個人的に貴様という人間が気に入らん」


 ほう。


「貴様の目は、我が過去に見てきた『英雄』と呼ばれた連中のものと似ている……若造のクセして妙に悟った目をしている所とか特にな。人生二周目ヅラしている割には乳臭い。普通の人間のガキの方がまだマシといえる。『何か』を知るが故に己が進む道に迷いがない、()()()()()。人とは無駄に迷い、無様に足掻き、醜く在るべきものだ」


 分かるか? と声がする。


「──命の使い時を決めている者がそれだ。まるで足掻いていない。()()()()()()。それが我輩からすれば、気持ち悪くて仕方がない」


「……」


「なんだ、反論せんのか」


「対抗ないです」


「ふん……身の程を弁える程度の『らしさ』は残っていたということか。ますます憐れだな、貴様のようなヤツは最後の最後で自分の本心に気付いて後悔と共に死んでいくタイプだ」


「オーバーキルやめてくれる?」


「我は人間を玩具にして生きてきた生物だぞ。どんな奴にどのような言葉をかければダメージが入るのか熟知している」


「最悪の生き方だな」


「それを教えてくれたのは貴様ら人間の一人だがな」


 話せば話すほど吐き気がしてくる奴だった。魔王として生きてきたのは伊達ではない。悪意、享楽、残虐。ゲーム的な俯瞰視点で見れば設定上の生態が、こうしてリアルで対面するとロクでもなさが一億超パーセント出力されてくるので参る。


 ちょっとアインハルトの人格者っぷりを摂取したくなってきたくらいには。



 そんな翌日。

 日曜日──私はローゼンクロイツ邸を訪問していた。


「いらっしゃいませ、ヴァイスさん! 待ってましたー!」


 出迎えてくれたのは私服姿のセシリアだった。オフのドレス姿でも美少女っぷりに陰り無し。

 そう。今日は彼女に稽古をつけると約束した日。

 婚約者に招かれる前にその妹との約束で来てしまった。なんか順序がおかしいな?


「あー、ちなみにアインハルトは」


「二日前の夜から魔物の掃討に出ずっぱりだそうで。吸血種の魔力に当てられた魔物が大量発生を起こして騎士団全体が疲弊しているそうです。でもなんか迷宮攻略を主としている冒険者さんたちが修羅の如く参戦してくださってるそうで、結構楽しい空気感みたいですよ!」


 アイザック、降臨の爪痕残る。ゲリラレイド戦として。

 まあ、だが魔王なんて個体が現れたらそうなるのも止む無しか……その魔王、魔剣に命握られて使い魔状態ですけど。現実って不思議でいっぱいだなぁ。


「兄はホラ、限界とかそういうのが無い人ですから。攻撃も盾も回復もできるオールラウンダー型なので、仕事が尽きないんです。少しは休めばいいのに、と身内なら言うべきなんでしょうが、戦線の生命線になってるらしいので簡単には言えませんよねー……」


 アインハルト、まさかのインフラ説。

 もしかしたらユニット性能的には人権なのかもしれない。聖騎士アインハルトなんてゲーム時代には無かったから、ちょっと新鮮に聞こえる話だ。


「……ちょっと差し入れでも持っていけば良かったかな?」


「あ、直接行くことはできませんが、騎士団の詰め所に連絡できる伝達結晶がありますよ。ふふっ、ヴァイスさんが応援したら魔物の掃討も爆速で終わるかもしれませんね」


 それって何の愛のパワー?

 が、純粋に彼らがどんな状態なのか知りたかったのでセシリアの提案に乗ることにした。屋敷の玄関、中央階段の下に設置された水晶玉に彼女が手をかざし、連絡を飛ばす。


「こんにちはー。ローゼンクロイツ家でーす。兄さん過労死してませんかー?」


『あれ、セシリアちゃん? 団長ならまだ前線で走ってるよー』


 応えた声はシュライゼンのものだった。

 若干ながら疲労が帯びている気がする。


『何か急ぎの連絡?』


「いえ、お疲れの皆さんがどんな様子なのかなぁ、っていう興味本位で」


『あははは! 心配しなくてもオレらならだいじょーぶ! まー、来週は流石に学園に休みを貰うと思うけどね』


『シュライゼン~……ポーションちょうだい、甘いやつ……』


『あーらら、メリルってばバテちゃって。お前、火力はあるのに持久力ないよねぇ』


 うるさいわねぇ、という声が向こうから聞こえる。

 思ったより地獄絵図な状況なのかもしれない。個人的にはザスキアがどうしているか知りたいが──……流石に怪しまれるだろう。シュライゼンの兄貴って鋭いしな。


『それで何の用よぅ。こっちはザスキアが魔王に一瞬さらわれたり、森の一部が突然吹っ飛んだ原因が掴めてなくて色々忙しいんだから』


「えっ!? ザスキアさん、どうしたんですか!?」


『メリルー、それ機密情報ー』


 そうだったかしら? というメリルの声がする。

 やはり公にはされていない一件だったか。魔王がこんな王都近くにまた出たんだから当然か。やはり口を出さなくて良かった。


『ザスキアの方は心配いらないよ。一晩寝たらすっかり回復して、今は上空でサポートを引き続きやってくれてるから。教会の方の手回しで派遣された凄腕の冒険者に救出されたらしいんだけど、そんなに凄腕ならこの後始末も手伝っていって欲しかったよねぇ』


『馬鹿ね、冒険者なんて金と物欲でしか動かない連中よ。まぁ、魔王の目を盗んでザスキアを助けてくれたことには感謝してもいいけど……』


 ──ひとまず、ザスキアがトリガーで闇堕ちするルートは回避できたらしい。

 曇らせ厳禁。世界が滅びますからね。


『どこの魔王だか知らないけど、今度会ったらお礼しないとね~~』


『そうね。塵も残さず殺してやるわ。丁寧にね』


 わぁ、水晶玉越しの殺意がすっごい。

 アイザック、アレもう表に出られないんじゃないの?


「ひぇぇ……な、なんかもうお疲れ様です……ザスキアさん、お大事にって伝えてください。あとそれから兄さんに──」


『──うん? セシリア?』


『あ、戻ってきた』


 アインハルトの声が聞こえてきた。

 もう討伐が終わったのかと思っていると、今度はメリルの声がする。


『ようやく休憩する気になったの? このワーカホリック』


『はは……いや負傷兵を運んできただけだよ。すぐまた戻る』


『水ぐらい飲んでいけば? ほら』


 ありがとう、とシュライゼンから飲み物を貰ったのだろうやり取りが聞こえる。

 そして彼が口をつけたと思しきタイミングを見計らい、


「騎士団長も大変ですね。大丈夫?」


『ゴホッ──!?!?』


『うわああぁぁヴァイスちゃん!? 今の声!?』


『ちょっとセシリア!? セシリア──!?』


「あ、はい。最初からいましたよ? ヴァイスさん」


『さ、最初からって……!!』


 どうやら相当に疲弊して気が抜けていたようだ。抜け目ないシュライゼンの兄貴であっても、確かにセシリアが一人なのかは確認していなかった。


『ヴァ、ヴァイス……? いや待ってくれ幻聴じゃないのかこれ』


「本人だと断言しますが? お疲れ様ですねアイン。色々あったらしいけど怪我とかしてませんか? 元気?」


『い、今凄く元気になった。今。な、なんでセシリアと……?』


「稽古をつけてもらうんです! ヴァイスさん、レベルもお高いですし、天才肌の兄さんよりはマシな指導をしてくれるかと思って!」


『お兄ちゃん相手に割と容赦ないよねこの子』


 黙りなさいシュライゼン、とツッコむメリルの声がする。

 まぁ、シュライゼンニキの所感には私も同感だ。身内の距離感、って感じよね。


「というワケで今日は貴方の家で妹ちゃんとレッスンします。貴方がいない家で」


『え……? え??』


『だ、団長が脳を破壊された顔をしてる……!!』


『気をしっかり持ちなさい!? 妹と婚約者が家で仲良くしてるだけでしょ!?』


『ちょメリルそれトドメ』


「はい! というわけで兄さんのヴァイスさんは今日から私の師匠になりました! 悔しかったら早く仕事を終わらせてきてくださいね~! 頑張ってください!」


「じゃあねアイン。せいぜい討伐業とお幸せにね」


『待ッ……!!』


 そこで水晶玉から輝きが失われた。セシリアが通話を切ったのだ。

 この妹、本当に良い性格をしている。


「……今のでなんか効果あると思う?」


「バッチリです!」


 美少女が満面の笑みだったのでこれで良いのだろうと思う。

 これで彼らの周回スピードが速まるならそれに越したことはない。


「じゃ、訓練を始めよっか」


「よろしくお願いします!」


 こちらはこちらで、今日の予定を開始した。

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