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あの日の打球は、まだ落ちない

作者: 渡しログ
掲載日:2026/04/24


 小学5年生の頃。

 学校は、寝る場所だった。


 チャイムと同時に、仲間たちと教室を飛び出していく。

 その後の誰かの一言で、オレ達の今日が始まる。


「野球やろうぜ」


 今日は、オレが第一声を発した。

 反対するヤツは誰も居ない。


 バットやグローブが必要なので、一度家に帰る。


 オレは昨日、父親から木製のバットを買ってもらった。

 誕生日プレゼントだ。


 正直なところ、ゲームが欲しかった。

 しかし、自分の誕生日を忘れていたので、リクエストする機会を失っていた。


 野球好きでもない父親が買ってきたバットは、大人用のフルサイズだった。

 振れるわけがない。


 それでもオレは、友達に自慢したい。

 野球をしようと提案したのもオレだ。


 だから持っていく。

 しかし、木のバットは、とにかく重かった。

 おかげでグローブを忘れたが、誰かに借りればいいだろう。


 空き地に着くと、野球をするといっても10人も集まればいいほうだ。

 今日は9人だったので、5対4で試合が始まった。


 ランナーは「透明」というルールが適用されるので問題は無い。

 キャッチャーも審判も必要ない。


 ストライクかボールかは、力関係で決まる。

 微妙なファールは、すべてファール。

 そもそも、変なとこに打つんじゃねぇよ。

 空き地が使えなくなるだろが。


 守備はピッチャーとファースト。

 それ以外は、野手が2~3人。


 オレのバットは大人気だった。

 敵味方関係なく、オレのバットを持って打席に立つ。

 しかし、重たいので、ぜんぜん当たらない。

 そもそも振り回せない。

 当たっても、芯を食うことは全くなく、せいぜいボテボテのゴロだった。


 それでも、ひとりだけ。

 風を切って振り回しているヤツがいた。


 カンマンだ。

 なんでそんなアダ名になったのかは、覚えてないし、誰も知らない。

 クラスで一番のデブ野郎。

 足は、クラスで一番遅いが、パワーだけは大人と違わないレベルの怪力だった。


 カンマンにしてみたら、子供用の金属バットよりも、大人サイズの木のバットの方がフィットしていたらしい。


 木のバットは、重たいが、芯を食えば飛ぶ。

 そしてカンマンは打った。


 その打球は、見たことの無い高さで、天空を貫いた。

 見事なセンター返しだ。


 いつもなら、気にするのはファールだけだが、この打球はセンター方向の民家へと迫っていた。

 とにかく巨大な放物線だった。

 オレ達は今日、この空き地で、ホンモノの打球というものを目撃していた。


 カンマンは打者としての素質をついに開花させた。

 しかしそれ以前に、カンマンにはもうひとつ、クセがあった。

 クリーンヒットをすると、バットを放り投げる。


 そうだ。

 オレのバットは、カンマンの見事な腰の回転と、腕の力によって、打球とは反対方向へと高く宙を舞っていた。

 そして、10メートル近く離れたコンクリートブロックに激突した。


 カンマンが、ゆうゆうとベースを回ってホームに凱旋するころ。

 オレは、買って貰ったばかりのバットの元に駆け寄っていた。



 バットは、欠けていた。

 グリップの柄の部分。手もとの端っこ。ぽこっと丸まった部分。


 そこが欠けていた。

 慌てて周囲を探したが、欠けた部分は見当たらなかった


 わけもわからず涙が流れた。

 視線の途中に、買ってくれた父親の顔が浮かんでいた。


 周囲が、その状況に気がついた頃、オレは、バットを置いてその場から立ち去っていた。

 気がついたら、家に帰っていた。


 帰ってしばらく、オレは泣いていたが、夕食を食べ終わる頃には、もうどうでもよかった。

 テレビアニメを見て、風呂に入って、夜の8時が過ぎた。


 玄関のチャイムが鳴って母親が出た。


 「お友達よ」と、 母親が言った。

 こんな時間に? 誰?


 玄関に行くと……

 扉の向こうに、夜の暗闇を背にしたドロだらけのカンマンが立っていた。



 目は赤く腫れ、顔中に砂埃をつけ、 昼間白かったシャツは黄ばんでいる。

 そのカンマンの左手に、オレのバット。


 「ごめん」 カンマンが言った。

 バットをオレに差し出した。


 受け取ったが、カンマンの顔も、バットも見る気になれなかった。

 ただカンマンが帰る後ろ姿を眺めていただけ。


 扉をしめて、バットを眺めた。

 見たくないけど、グリップに視線を落とした。


 欠けた部分が、くっついていた。


 セロテープが巻かれていた。




 翌日の放課後。


 父親の手でアロンアルファで補強された木のバット。

 それを持ってオレは空き地へ向かった。


 バットを持っていくと朝から決めていた。

 呪われたバットにも見えたが、呪いを解くカギは、たぶん空き地にある。

 持っていかなきゃ、呪いは解けない。


 そしてまた試合が始まった。

 カンマンとは、少し気まずかった。

 しかし、そんな空気すら、カンマンは一振りで空の彼方に吹き飛ばした。


 その打球は昨日を遥かに凌駕した。

 雲をも突き抜けそうな特大のアーチを、空き地の上空に飾った。


 センター方向の民家の上に落下していく打球を眺めた。

 視界の端に、ベースを回るカンマンの姿もある。


 オレのバットは、コンクリートブロックの向こう側に消えていったが、もうどうでもいい。

 またアロンアルファでくっつければいい。

 3塁ベースを回るカンマンの笑顔が、まっすぐオレに向いていた。


 たとえバットが折れたとしても、カンマンのまなざしが、ひん曲がることは無い。

 そんな思いが、オレの中のどこかから湧き上がっていた。



 だが、小学校を転校してから、カンマンとは、会っていない。




 ある日テレビを点けたら、幼い顔に見える野球選手が映っていた。


 逆転サヨナラ満塁ホームラン。


 ヒーローインタビューで、女性アナウンサーが言った。


「今日の一振りも、豪快にバットを投げ捨てましたね! ホームランを打ったときの気持ちはいかがでしたか?」

「いやぁっはは。実は、子供の頃、友達のバットを壊しちゃって……ベースを回ってるとき、それを思い出しちゃいました」


「へぇ! それはいつのことですか?」


――小学校5年生の頃なんだけど…………



(終)



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