9話 体質2
「卯月さんの仕事が終わったタイミングで接触して銭湯の無料券を渡す。基樹は少し離れて様子を……。どうした俺の話を聞いてるか?」
「ええ、聞いてますよ。ちゃーんと」
「いきなりどうした不貞腐れて。俺が手助けする形にはなったが十分戦えていたぞ? 不満に思うことはない。むしろあれほど戦えた自分を誇るべきだ」
「そういうことじゃなくてですね……」
こうやって褒められると、無駄に不貞腐れてる自分がちょっと情けなくなってきて辛い。やっぱりここはこの気持ちにケジメをつけるためにも、白黒はっきりさせておくべきか。
「ならばどういうことだ?」
「……じゃあ一応確認なんですけど、さっきの芝居臭い話し方はなんだったんですか?」
「あぁあれか。ああいう話し方をした方が、女性に話を覚えてもらいやすいからそうしたまでだ。少女漫画を読み研究した上でAIに尋ね、あれが印象を残すには成功、失敗に関わらず最適な方法だとAIも絶賛していたぞ」
確かに失敗したとしても記憶には残るだろうな。
まあでもあんなやり方岩藤さんみたいなイケメン以外じゃ成功の見込みないだろ。
俺だったら――いや、これ以上考えるのはよそう。
「じゃああくまで仕事のためってことですね?」
「はぁ……。当たり前だ。俺を何だと思ってる」
よかった。
これからも岩藤さんを尊敬したままでいられそうだ。
「それよりも基樹、卯月さんの浄化はまだ終わっていないんだ。気を引き締めろ」
「はい、すいません。でも朧人はもう倒しましたよね?」
「ああ、だがこのままではまた今回のように穢れが溜まってしまう。それを回避するには、彼女に特別な湯に浸かってもらう必要がある」
「特別な湯?」
なんだろう、想像がつかない。
秘境にある温泉とかか?
「全国に組織の協力者が――話はここまでだ。彼女が店を出た」
「あ、はい。じゃあ行きますか」
「ああ。まず俺が接触する。基樹は一旦遠くで様子を見ていろ。もし彼女が店の中に慌てた様子で戻ってきたら作戦は失敗だ。あとで合流するから一人で事務所に戻れ。いいな?」
「了解です」
「よし、では行ってくる」
そう言い残して岩藤さんは、彼女の後を足早に追いかけていった。
そのあと数分もしないうちに岩藤さんだけが戻ってくる。
表情いつも通りで、成功か失敗かはわからない。
「どうでした? 作戦成功ですか?」
「いや失敗だ。かなり警戒されてしまった。一応受け取ってはくれたが、多分あの様子だと銭湯に行く可能性は低いだろう」
「えっ、さっきあれだけ白界内であれだけお願いしたのに?」
あの様子だと二つ返事で行きそうだったけどな。
「霧影体質者は白界内にこそ入れはするが、記憶は残らないからな」
「へぇ、そうなんですか」
「だが魂には刻まれている。だから体調が悪い気がするから早退しよう。くらいの日常的にあり得る行動ならしてくれることもあるが、非日常的な事となると厳しい」
「なるほど」
確かに知らない人にいきなり銭湯の無料券渡されるなんて非日常的過ぎる。
しかも職場を出てすぐだし。
せめて街中とか駅前で……。
いやそれでも銭湯の無料券は不自然過ぎるか。
「とりあえず俺の方でしばらく彼女の様子を見ておく。改善していないようであれば招集をかける予定だ。その時はまたこの本屋に来てくれ」
「了解です」
「では今日は解散する」
「はい、お疲れさまでした」
「ああ、そうだ。無料券が余ったから暇ならあとで寄ってみろ。オススメだぞ。最近銭湯が苦手だったり行ったことすらない若者が多いと聞くが、それは非常に勿体ないことだ。身体の穢れを落とすとともに魂の穢れも――」
スイッチが入ったように熱く語りだした岩藤さんの話を、俺は苦笑いを挟みながら聞いた。




