8話 体質
「あれが霧影体質の疑いがある人か」
「はい、そうです」
今日は霧影体質の疑いがある人がいた、あの本屋に岩藤さんと一緒に訪れた。
問題の店員さんは、店に入って探すまでもなくあっという間に見つかる。
前に来た時と同じく誰かわからないほど、朧に包まれていたからだ。
その様はまるで黒い朧人のよう。
この短期間でまた穢れがかなり溜まっているようだ。
「以前ここに来たのはいつだ?」
「先週です」
「その時、穢れは払ったんだな?」
「はい、多分。穢れがそのまま朧人になって付いてきたので。その朧人も鷹羽さんが浄化してくれましたし」
あの時の光景を頭の中で、思い浮かべながら説明する。
「ならほぼ確定だな。また朧人を生み出すのに十分な穢れが溜まっている。短期間であれほどの穢れを貯めこめる人間は、まず霧影体質の持ち主しかない」
「え、もうそんなに穢れが溜まってるんですか?」
俺の問いに岩藤さんが頷く。
「あぁ。一旦浄化してから接触するぞ。恐らく薄霧級だと思われるが、霧影体質者から生まれる朧人は特殊な力を持つこともある。油断はするな」
「了解です」
特殊な能力…ね。
口から火吐いたり腕が伸びたりとかでもするのかな。
「では練習だ。基樹、お前が空間を構築してみろ」
「えっ、俺がやるんですか?」
「そうだ、万が一の時は俺がフォローする。だから失敗を恐れずやってみろ。何事も経験だからな」
こんな割と人がいる場所でやんのはちょっと恥ずいな……。
でも仕方ないか。仕事だし
それに岩藤さんが言うことにも一理ある。
「我が心に眠る魂の力を呼び起こし……」
「どうした? 続きは?」
「すいません。忘れちゃいました。えっと…何だったっけ」
スマホのメモ見ないとわかんないわ。
「我が心に眠る魂の力を呼び起こし、闇を浄化する穢れなき余白の世界を構築せよ。白紙狭界! ……だ。忘れるな」
「あ、はい。すいません。ありがとうございます」
よく覚えてたな岩藤さん。
まあ実際決めた時は、ほぼ全部岩藤さんが考えてくれたようなもんだったし。
案外思い入れがあったのかも。
その代わり熱が入りすぎて昼から日が暮れるくらいまで時間掛ったから、浄化の方の言霊はまったくの手つかずになっちゃったけど。
って…言霊なんだったけ……。メモ見るか。
「えっと…我が心に眠る魂の力を呼び起こし、闇を浄化する穢れなき余白の世界を構築せよ。白紙狭界!」
人が走るくらいの速度で、ゆっくりと世界の色が白へと変わっていく。
色が残ったのは俺と岩藤さん、そして大きい朧人と穢れを纏っていた店員の女の子の計三人と一体。
(あれ…… 朧人はいいとして何であの女の子までこっちに?)
目を擦ってからもう一度見る。
うん、間違いなくいるわ。
周囲の変化に戸惑っているし、自分の近くにいた朧人にビックリして腰を抜かしたのかへたり込んでしまった。確実にここを認識している。
(フォローしたほうが……)
と思ったが、いつの間にか岩藤さんがあっちに移動していた。
こっちから内容は、聞こえないが何やら声をかけている。
っていうか何か女の子がうっとりした目で岩藤さんを見つめてて、なんか良い感じの雰囲気になってるけど……。
やっぱりイケメンは得か。
今日は俺だって岩藤さんに言われてバシッとスーツで決めてきたのにな。
まあこのスーツは岩藤さんと一緒に買いに行ったし、何なら支払いも岩藤さん持ちだったが。
にしても今日の岩藤さんはちょっと雰囲気が違うよな。
香水でもつけてるのか何か爽やかな良い香りがしてたし、髪も固めてバッチリ決めてる。
「基樹、俺が女の子を守る。朧人の方は任せたぞ。見た目はデカいが実力は前に相手した薄霧級と大して変わらない。油断しなければ確実に勝てる相手だ」
「了解です!」
俺もそっちが良い。と一瞬思ったけど、よくよく考えたら知らない女の子と二人きりなんて朧人を相手するより難しいことに気づく。
さて、そんなことより目の前の朧人をどうするかだ。
推定身長三メートル弱。
あの高さだと首を狙うのは難しそうだ。
だけど確か切断するのはどこでもいいはずだったよな?
狙いやすそうな脚と腕辺りを狙ってみるか。
まずはこれを投げてこっちに注意を引き付けるか。
BB弾くらいの球をいくつか生み出し、岩藤さんたちの方を警戒している朧人に放り投げる。
(よし、ヒット! っていきなりこっちに突っ込んで――)
いきなり突っ込んできた朧人を何とかギリギリで回避する。
が、その後も巨体のリーチを生かした雑な腕振りを繰り返し、回避だけで精一杯の状況になる。
まるで長年探していた親の仇を相手するような、考えなしの猛攻っぷりだ。
(くそ、これじゃあ攻撃どころか武器すら出す余裕がないっ)
朧人の腕が近くを通り過ぎる度に、ブォンと空気を切り裂く低い音が鳴る。
一発で致命傷とまでは行かないだろうが、一発でも受ければきっと痛みで動きが止まってしまう。
その後、確実に追撃されるだろうから実質一発貰えば終わりだ。
このままじゃ体力が尽きた時が俺の負けか。
体力が尽きた後、朧人にいい様に嬲られる未来の自分の姿を想像し、まだ小さい弾を投げただけの腕が震える。
「基樹、相手をよく観察しろ!」
か、観察……?
岩藤さんの声に思考が止まり、冷え固まっていた頭に血が通う。
だけど観察って言ってもどこを見たら……。
とりあえず未だ猛攻を続ける朧人の頭や身体、腕や足などあらゆるところに目を配る。
その中で目が留まったのは腕だ。
この腕さえなければ……。
そんな気持ちで十秒、二十秒と腕を中心に朧人をジッと見る。
(ん……? そうか、コイツ自分の攻撃で身体が振り回されてる!)
それに冷静に見たら思ったより隙があるじゃん。
攻撃がかなり単調な繰り返しだ。
三、四回攻撃を繰り返した後、必ず両手の大振り攻撃をする。
その時に態勢が少し崩れ、次の攻撃に移るまで時間が空く。
それさえわかれば……!
攻撃までのルートを頭に描きながら攻撃を回避し、相手の両手攻撃を待つ。
(……来た!)
相手の両手攻撃後の隙でまずは武器を生成を試みる。
連日の活動のおかげか、それとも希望が見えたからかスムーズに一般的な定規くらいの鋼色の細い棒を出すことが出来た。
そしてまた相手が両手攻撃をまた繰り出すのを待つ。
よし! 今だ!
相手が両手攻撃をして態勢を崩した瞬間、腕に向かって棒を振り下ろす。
やった腕が落ちた!
ってこいつまだ動いて――!?
半分になった腕をそのまま振るわれ、回避出来ず直撃。
反射的に上げた左腕でガードには成功したが、スーツが破れ左腕から血がドロドロと流れ出す。
「いってぇ……」
腕は…折れてないよな?
あーでも買ったばかりのスーツがビリビリじゃん。
これってマジで現実に戻ったらスーツも直るのかな?
まあでも左腕だったのが幸いか。
血も出てるけど痛みは思ったよりないし。
でも…しばらく左手は使えそうにない。
(ここからどうやって戦う……? アイツは腕半分切れたけど、俺と違ってまだまだ元気。 ん? なんだこの動き、もしかしてコイツ腕が半分になったことがわかってないのか?)
相変わらず元気いっぱいに攻撃してくるが、さっきと比べて攻撃後の隙がかなり大きくなっている。恐らくヤツの右腕を半分切り落としたことで、上手くバランスが取れないんだろう。
よし、これならやれる!
パターンは…… 変わってないな。
慎重に行きたいところだけど、腕が痺れてきた。一気に決めよう。
朧人が両手攻撃をした瞬間、一気に仕掛ける。
まずは左腕!
次は右脚に左脚!
そして最後は首だぁぁぁ!
朧人の首が飛び、白い地面にゴロゴロと転がる。
やっ――ってないな。……おいおいおいこれでもダメなのかよ。
生命力強すぎたろコイツ。
首を切った瞬間こそ一瞬グッタリとしたが、少し残った手足でもぞもぞと蠢き続けていた。
もう身体くらいしか切るとこないんだけど。
この武器でやれるか? でもやるしかないか。
まあもう抵抗出来ないだろうし、さっさと終わらせよう。
朧人を足で押さえつけて、武器を振り上げる。
ふぅーとにかくこれで終わりか。
でももう抵抗出来ないのにここまでするなんてちょっと罪悪感が……。
でもやらないと浄化――うっ!?
急に後ろから何かに引っ張られ、一瞬息が詰まる。
そして目の前を横切る新たな朧人。
「最後まで油断するな」
「た、助かりました…… すみません」
「いや、よく頑張った。ここまで出来れば上出来だ。それ以上怪我が酷くなると戻った時に影響が出かねない。ここからは俺がやろう。女の子を頼んだぞ」
「あっ、はい」
岩藤さんは女の子を預けると、突撃してきた普通サイズの朧人をまわし蹴りで吹っ飛ばす。
その後、即座に半透明の刀を生成し、一足飛びで吹っ飛ばした朧人に追いつき一太刀浴びせてあっという間に浄化してしまった。
「ふんっ!!!」
岩藤さんが気合を入れて刀を一振りした瞬間、斬撃が形となって刀から飛び出す。そのまま斬撃は飛び続け、転がっていた朧人に直撃。
だが何故かそのまま斬撃が通り過ぎてしまう。が、少し遅れて朧人は細切れになり、そのまま崩れるように液状と化した。
おいおい、こんなことも出来んのかよ。
って驚いてる場合じゃない。
俺は女の子を守らないと。
「あっ、君。だいじょ――うぶそうだね……」
女の子は眼鏡越しに潤んだ目で、鞘に刀を収める岩藤さんのことをじっと見つめていた。
ってか鞘なんて今まで使ってたっけ?
なんで刀消さないんだろう。
「基樹、少しの間朧人の方を警戒していてくれ」
「えっ、はい、わかりました!」
そういえばあっちの朧人も浄化してないな。
何か事情があるんだろうか。
「危険な目に合わせて申し訳ありません。私は岩藤と申します。お嬢さん、お名前を教えていただけませんか?」
「えっ、あっ、あっ、う、うづ、卯月 海音です!」
「優しい響きを感じる良いお名前ですね」
「い、いえっ、そんなことはっ」
えっ…これ本当に岩藤さんか?
ってかおい、何してんだこの人は。まさかこんな人だったなんて……。
「ここでの出来事は元の世界に戻れば、きっとすべて忘れていることでしょう。ですがどうしても覚えていてほしいことがあるんです。今から言う私の願いを聞いていただけますか?」
「なんですか!? 私、絶対に忘れません!!」
眼鏡が曇るほどの熱を込めて女の子が言い切った。
「元の世界に戻ったらあなたに一つ送り物があります。だから申し訳ないのですが、戻ったらすぐに仕事を早退して下さい。その後、私か彼があなたに声をかけますから、必ず受け取ってくださいね?」
「わかりました! わたし、必ず、必ず受け取ります!」
彼? あぁそういえば誰かいたわね。といった感じでチラっと俺の方を見てから高らかに女の子が宣言した。
あー何かわかんないけど悲しくなってきたな……。
その後、気がついたら元の世界に戻っていた。
無事怪我と服は元通りに治っていたが、心の傷は癒えていなかった。




