7話 初仕事2
この真っ白な世界の中で白に染まってないのは俺と岩藤さんと、灰色で塗りつぶされた人型の化け物一体だけだ。
これからアイツをどうやって浄化するんだろうか。
「薄霧級か」
「薄霧級?」
「あぁ、朧人は見た目やその強さによって階級分けされている。今俺達の目の前にいる男女の区別も付かないような奴は最下級の薄霧級だ」
確かに言われてみると中性的な見た目だ。
「そこから煙霧、濃霧、深霧といった具合に階級が上がっていくが、階級が上がるにつれより人に形が近づき賢くそして強くなっていく」
岩藤さんが説明している間に俺達の存在に気づいた薄霧級だという朧人が、理性を感じない獣みたいな身体使いでこちらに向かってきた。
だが岩藤さんは特に反応を見せない。
そのまま十メートル、五メートルとどんどん距離が縮まっていく。
「岩藤さんあぶ――」
何の対応も見せない岩藤さんに対して注意を促そうとしたが、さっきみたいに手のひらで口に蓋される。
「薄霧級は一体だけなら特に害はない。逃げたり叫んだりして刺激すると危険だがな。それ以外の時は厄介なストーカーのようなものだ」
そう小声で説明する岩藤さん。
身体を少し横に傾ければ触れ合う距離に朧人がいるというのに、確かにそれ以上何もしてくる様子はない。
朧人の手から滴り落ちた液体が飛び跳ねて服にかかってるけど臭くないのかな……。
あっ、切った。
いつの間にか岩藤さんが手にしていた半透明の刀を一振り。
朧人は両断され崩れ落ち、黒い液体になって白い地面に広がった。
「そしてこれが俺の魂器、幽幻――ただの半透明の刀だ」
「幽……なんですか?」
「魂器は個々人によって特別な形などはない。状況に応じて刀や銃など適した物を選び用いる物だ。だが近くで似た形質の魂器を扱うと、干渉や凝集現象が発生することがある。だから同じ支部に属する者の間では別種の武器を使うか、何か特徴を持たせることが通例だ」
「あ、あの――」
「だから俺の刀が半透明なのは、あくまで事故を避けるための工夫に過ぎない。わかったな?」
「え? あぁ‥はい。わかりました」
本当は妙に早口で何言ってるかあんまりわかんなかったけど、とりあえず頷いておこう。
「では自分の魂器を出してみるんだ」
「え、いきなり出来るものなんですか? ってかどうやってやれば……」
「利き手に意識を集中し、頭の中で己に合う武器をイメージしろ」
「イメージって言っても……」
「早くしないと朧人が元に戻るぞ」
「えっ、あの状態から元に!?」
岩藤さんの言葉でパッと顔を上げる。
(うぇ、気持ちわるっ……)
地面に広がっていた黒い液体が蒸発してモヤになり、ぐにゃぐにゃと蠢いて人の形を取ろうとしていた。凄い再生速度だ。あの場所だけ早送りしてるみたいだ。
「指輪で穢れを吸収しない限り何度でも復活する。特に薄霧級は弱いがその分復活速度が速い。だから早くしないと間に合わないぞ」
そんなこと言ったって…くそっ。
武器なんて竹刀くらいしかまともに……。
他には包丁かカッターくらいか?
でもそんな武器とも言えないものが効く相手じゃないし。
「頭の中でイメージ出来ないなら声に出せ」
いやでもそんなん恥ずかしい。
あーでも時間が……、あぁぁぁちくしょう! もうやるしかない!
「うぉぉぉぉ! 何でもいいから現れろ! 俺の武器よ来い!」
思い切り腹に力を込めて叫び、右手を天に向かって突き上げる。
だけど正直何も変わった感じはしない。
失敗か……。
「無事成功したようだな。今右手の指で持っているそれがお前の魂器だ」
「えっ、本当ですか!? これが俺……の? は?」
俺の手…いや正確には指の間に確かに今まで存在しない鋼色に輝く物があった。
ただしそれは小枝のように細く短い。
まるで一口サイズのお菓子のようだ。
「来たぞ。やれ」
「やれって言われても…こんなんでどうすれば…。ってかこっちに向かって……。うわっ!?」
復活した朧人のがむしゃらな突進攻撃を何とかギリギリで避ける。
まあ実際ギリギリ避けられたのは、岩藤さんが身体を引っ張ってくれたおかげだったが。
「玩具のように見えるが、それも立派な魂器だ。当てさえすれば十分勝機はある」
「いや当てさえすればって言われても」
こんな武器とも呼べない物でどうやって戦えば……。
「難しく考えるな。どんな方法でもいいから攻撃を当てさえすればいい」
当てればいいだけ…か。
ならこうすれば!
俺は思いっきり腕を振りかぶって小枝みたいな武器を投げつける。
結果、朧人の首にヒット。
そのまま貫通して、支えを失った頭が地面に落ち、その後を追うように身体も倒れて、地面にぶつかり再び液状になり地面に広がった。
「やった…のか?」
「あぁ、いい腕前だ。さすがに首に当てなければ一撃ではやれなかっただろう」
「あ、ありがとうございます」
「今のようにどこかの部位を断ち切れば、朧人に大ダメージを与えることが出来る」
「へぇーそうだったんですね」
本当は外さないように胴体を狙ったんだけど…それは秘密にしておこう。
「ではすぐに指輪で浄化するんだ。そうしないとまた復活するからな」
「えっと…どうやれば……」
「言霊を言えばいい」
まーた言霊か。確かに短めがいいんだよな。
鷹羽さんは何て言ってたっけ…。吸い込め! とかだったっけ?
んーでもちょっと好みじゃない。
やっぱ吸えとか浄化せよみたいな感じで、無難に見えつつもクールな雰囲気があるワードにした方がいいか?
ここはやっぱり一回お手本を見せてもらってから考えた方がいいか。
うん、そうしよう。
「あのー……。一回お手本とか見せてもらってもいいですか?」
「そうか、まだ手本を見せていなかったな。いいだろう手本を見せるついでに、今回は俺が片付けよう」
岩藤さんが復活しつつある朧人にゆっくりとした動作で左手を向ける。
「穢れを背負いし哀れなる者を輪廻の道へと導きたまえ。そしてどうか次の生では幸運があらんことを。魂天昇送! ソウル・アセンション!」
仰々しく儀式めいた口調で岩藤さんがクールに叫ぶ。
うん。言ったのはいいけど、台詞が長かったのと仰々しく一言一言をゆっくりと言ったこともあってか、その間に朧人が復活してしまっていた。
岩藤さんも何か固まってるし…一応ここは声かけとくべきか?
「あの…また復活しましたよ」
「わかっている。これは失敗例だ。このように言霊が長いと要らぬ危険を招く場合がある。注意するように」
説明しながら岩藤さんは刀を再生成して朧人の首を一瞬で切断する。
また地面のシミと化した朧人に今度は素早く左手を向けると、あっという間に朧人が指輪へと吸い込まれていった。
「あれ? 今、言霊とか言いましたっけ?」
「相応の実力があれば言霊は不要だと言っただろう。さっきはあくまで手本を見せるためにあえてそれらしいセリフを言ったにすぎない」
「あ、そ、そうだったんですね……。えっとあの…ありがとうございます」
だ、だよな。
でもそうなると実力をつけるまでは、あんな感じの台詞を言わなきゃいけないってことか……。
恥ずかしいけど、まあ仕事だし割り切ってやるしかない。
そんなことを考えていた間に、いつの間にか周囲の風景が元に戻っていた。
「朧人の浄化を終えるとすぐ自動的に現実に戻る。それを考慮に入れて空間を構築する場所を選べ」
「え、あの空間から勝手に戻るんですか?」
いきなり戻ったら色々まずそうだけど。
「ああそうだ。勝手に戻る。昔はそうでもなかったらしいがな」
「へー……」
何かこういう豆知識的なことを語るの好きなのかな。
見てて表情が生き生きしてるんだよね。
「悪用して悪さを働く愚か者が過去にいたらしい。それからこうなったと聞いた。だから構築時も範囲内に朧人がいなければすぐ閉じるようになっている」
確かにあんな空間を好き勝手生み出せたら色々と悪い事に使えそうだ。
俺にはまったく思い浮かばないけど。
「じゃあそれなら空間構築しまくって、どこかにいるかもしれない朧人を探したりとか出来たりするんですか?」
「不可能ではないが、短時間での連続した空間構築は指輪の力を借りられなくなる。現実的な方法ではないな」
「なるほど……。そういえばあと一つ気になってたことがあるんですけど……」
「なんだ? 言ってみろ」
「こっちに戻ると何か汚れてた服も綺麗になってる気するんですけど、魂の力とかで何かなってるんですかね?」
「概ねその認識で合っている。白界の自分は魂の力で生み出した複製体のようなものだからな。仮に怪我をしたりやられたとしても大抵の場合は魂の力を削られ、強制的に元の世界に戻り気絶する程度で済む」
複製体! へーすご。
でもやられたら気絶しちゃうんだ。
じゃあ最悪のことを考えて戦う場所はちょっと考えた方が良いな。
ってかその時の現実の自分? はどうなるんだろう。
それに最初に白界に来た時は向こうで本を無くしたはずなんだけど。
「複製体ってことは戦いの時も元の世界にも自分は残るんですよね?」
「そうだ」
「じゃあその時はどうなってるんですか?」
「無意識で行動しているらしい」
「えっ、それってヤバくないんですか?」
「白界内は時の流れが早い。仮に一時間ほど滞在したとしても、現実では一歩前に進むかどうかの一瞬の時しか経過していないそうだ。だからまず大きな問題にはならない」
「へーそんなに」
「では引き続き仕事を続けるぞ」
「え、戦いの後だしちょっと休みません?」
戦いと呼べるものじゃなかったけど、けっこう疲れた。とくに精神面が。
あ、ていうか本の件聞くの忘れてたな。でもまあまた今度聞けばいいか。
「いいだろう。ではカフェに寄るか?」
「いやカフェはちょっと…」
疲れててもカフェは遠慮したい。
「ならもう少しだけ頑張れ。寿司屋についたら俺がポケットマネーで奢ろう。朧人初討伐祝いだ」
「え、本当ですか!?」
「あぁ、約束しよう。だから行くぞ」
「はい!」
マジで奢りかー。何を食おうかな。
そのあと一通り土産屋を回った後、近くの寿司屋に行った。
最初の数分は何食べようかウキウキだった。
けど、岩藤さんのフードファイターの如き食べっぷりに奢られる立場の俺が何故か財布の心配をしてしまい、途中から食があまり進まなかった。




