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5話 加入

「改めて説明しよう。先ほど戦ったのが朧人おぼろびとと呼ばれる生物の穢れが人の形を成した化物だ」


 十日谷とおかやさんが達筆な字で事務所のホワイトボードに朧人と書く。


「我々はアレと戦い穢れた魂の浄化を行う浄魂士じょうこんしと呼ばれる存在。そして鳥村君。君も経緯はどうであれ浄化する力を持ってしまっている。どうか我々に協力してくれないか」


 そう言って十日谷さんは深々と頭を下げた。


「……逃げることは出来ないんですよね?」

「申し訳ないが、先ほども言った通りその白い指輪は簡単に外すことが出来ないんだ。そして人々を浄化し朧人と戦う力を与えてくれる反面、奴らにとっては暗闇に灯る光のような存在でもある。遠からずまた相対することになるだろう」


 うーん……。どうしたものか。

 俺も男だし、アニメやゲームも好きだからこういう展開に憧れが無いわけでもない。


 だけど画面越しに体験するのと実際にやるのとではまったく別の話だ。

 お試しくらいなら、まあいいかなと思わなくもない。

 だけど仕事としてやっていく覚悟はない。


「それと一つ大切な説明を忘れていた」

「大切なこと……?」

「その指輪は穢れを吸い、一旦貯め込んだあと緩やかに浄化してゆく。心身ともに健康であれば問題ないが、そうでない場合は穢れの影響で精神を病んでしまうことがある。君にその指輪を押し付けた山田君のようにね」

「あの人みたいにですか?」


 それだけはマジで勘弁してほしい。

 

「そうだ。だから無理だと思うのなら強制はしない。その時はまた今日みたいにただ遊びにくればいいさ。いつでも歓迎しよう。時間は掛かるがそれでもいつかは指輪を外せるようになるだろうからね」


 十日谷さんはそう言うけどさ。

 だからと言っても協力せずに、ただただここに遊びに来るっていうのも辛い。

 俺はどうすればいいんだろう……。


「そういえば朧人の襲撃があったから給料について話の途中だったね。うちに入るなら年収一千万は最低保証しよう。仕事内容も週四日ほど二、三時間くらい人通りの多いところに出歩くだけで終わりだ。戦闘も強制しない」

「い、一千万!? ほ、本当ですか?」

「本当だ。それに危険手当も出る。今回のように戦闘に参加しただけでもね。入りたてなら一回辺り四、五万くらいだったかな。もし戦闘にも積極的に参加するなら、すぐに安定して月ニ百万くらいは稼げるようになると思う」


 マジか。

 それはかなり夢があるな。

 これはすぐにでも…いや、でもリスクを考えると……。


 でもあんな化け物と戦えるのか俺は?

 いやでも別に無理に戦わなくてもいいんだよな。

 みんなもいい人そうだし、ここなら俺みたいな奴でもやっていけるかも。

 

 それにこの機会を逃したらきっと俺は、この先一生誰かに頼って生きていく人生になってしまう気がする。


 それは絶対嫌だ。


 よし、やってやる。やってやるぞ。

 まあガチでヤバかったら、またブラック企業バックレたみたいに逃げればいいだけだしな。


「決めました。協力します」

「そうか。ありがとう」

「一回契約の書類とか見せてもらえますか? あの、別に疑ってるわけではないんですけど。時間が掛かるならまた後日とかでも大丈夫です」

「もちろんかまわない。実はもう既に用意していてね、これがそうだ」


 十日谷さんから労働条件通知書と雇用契約書と書かれた書類を受け取る。


 まず労働条件の方だが正社員で契約期間は自動更新、勤務形態はフレックス制、年間休日は百七十七日、有給休暇が二十日と有休を駆使すれば一年の半分以上休むことが出来るかなりいい条件だ。


 そして雇用契約書の方も確かに最低年収保証額が一千万と明記されていた。

 各種保険や手当の方も見た限りは問題なさそうだ。


「もし週四勤務が厳しいようであれば、業務委託契約という選択肢もある。業務委託なら本当に気が向いた時に町に出歩くだけでいい。それでも食うには困らない程度の固定報酬は出そう」


 気が向いた時に出歩けばいいか……。

 魅力的だけど、気が向いた時にだけってなるとサボっちゃいそうなんだよな。


 それに今はまだいつも旅行で不在がちな両親や、俺がニートして遊んでばかりでも一言も文句を言わない姉から何も言われていないけど、これからもそうだとは限らない。


 でも一人暮らしとか色々面倒で出来る気がしないしな。

 これからも家に居座るためにここはやっぱり正社員を選ぼう。


 今朝の様子とか、今もゲームで遊んでるっぽい鷹羽たかばねさんたちの騒ぎ声も全然意に介してない様子だし、この感じなら俺でもやっていけるはずだ。


「社員でお願いします」

「わかった。もし辛かったらすぐに申し出てくれて構わないからね。それでまた慣れてやれそうなら社員になるという道もあるから」

「はい、ありがとうございます」

「それじゃあ書類に氏名と住所、連絡先と最後にサインをお願い出来るかな。あぁもし誰かに相談したいというのなら一旦持ち帰ってもらっても構わない。相談する時は、朧人に関する情報は伏せて欲しいけどね」

「いえ、大丈夫です。ここで書きます」


 相談してどんなところに就職するのか聞かれたら言い訳に困る。


「……書けました」

「問題は…なさそうだね。それではこれから仲間としてよろしく頼む、鳥村とりむら 基樹もとき君」


 そう言って十日谷さんから差し出された手を握り返す。


「はい、よろしくお願いします十日谷とおかやさん。でも……新人なのに本当に一千万も貰えるんですか?」

「それでも安いくらいだよ。命の危険が伴う仕事だし、その指輪を身に着ける条件は本当に大変だからね」

「どんな条件なんですか?」


 薬指の少し黒が混じった指輪を見ながら尋ねる。


「指輪を身に着ける為には、約半年程度不特定多数の人との交流を断ち、身を清める必要があるんだ。交流の条件が厄介でね、直接的ではなく間接的な物も含む。だからオンラインゲームやSNSといった物も駄目なんだ」


 半年間も、そりゃ厳しいな。

 意識しても達成出来る気がしない。


 まあでも確かに俺は運よく条件を達成してそうではある。

 ブラック企業から逃げた後、アニメや漫画を見るか一人用ゲームしてるだけの引きこもり生活だった。


 友達もいないし、人付き合いも笑われる気がして怖かったから。

 だから姉以外の人との交流がない期間は、半年以上あったと思う。


 でも今の世の中、そんな人それなりに居そうなもんだけどな。

 やっぱネトゲやSNSまで駄目ってところがネックか。


「間接的な物が駄目ならアニメや漫画とかセーフなんですか? 色んな人の想いとかこもってそうですけど」

「そういったものは原本なら不味いだろうね。けれど流通のための量産品ならさほど影響はないよ」

「なるほど」

「あとは近しい人が穢れを抱えていると、いくら本人身を清めても影響され駄目になってしまう事もある。だから最近のストレス社会では、成り手が減る一方なんだ。命の危険が伴う仕事でもあるからね」


 なら俺みたいな奴に一千万出すのも頷けるな。


「納得いったところで今後の話をしようか鳥村君」

「あ、はい。お願いします」

「まずしばらくは支部に所属する先輩社員と一緒に研修を兼ねて仕事をしてもらうことになる。仕事内容は先ほど言った通りただ街中を歩くだけ。服装は好きな服装で大丈夫だ。今みたいなジャージでもね」

「えっ、本当にこんなんでいいんですか?」


 結構長いこと着てるから、毛羽立ちもかなり目立ってるんだけど。


「ああ、構わないよ。勤務時間の方はそうだね最初は二、三時間くらいからスタートしようか。戦いが起こった場合は、先輩社員に任せて見ているだけで構わない。もちろんやる気があるなら参加するのは自由だ」

「はい、わかりました」

「仕事に慣れてきたら電車に乗って少し遠出したりすることもあると思う。ちなみに出勤までの時間や、その他の移動時間も勤務時間に含むからそこは安心してほしい。外に出歩くこと自体が仕事になるからね」

「はい」


 全部勤務時間になるんだ。最高だな。


「それとしばらくしたら簡単な戦闘訓練を受けてもらう予定だ。これは戦闘担当の者が来るまで、自分の身を守るための最低限の訓練だからそれほど厳しくはないし、戦わせようという意図はもちろんない」

「わかりました」

「現実問題、今日のように朧人は時や場所、相手を選ばず現れて襲ってくるからね。訓練を受けることについて問題はないかな?」

「大丈夫です」


 まあ訓練とか身を守るための戦いくらいは仕方ないか。

 むしろやると決まったからにはちょっと楽しみまである。


「ありがとう。訓練が終わったら単独で浄化活動に従事してもらうこともあるだろう。といっても基本的に同じ時間帯に活動する同僚が何人かいるからそこは安心してほしい」

「同じ時間帯でやるなら一緒に行動はしないんですか?」

「そうするのが理想だろうけど、人手不足でね。奈良県には今この奈良支部一つしかないけれど、この支部で私や鳥村君を含めて今何人働いていると思う?」


 県に一つしかないなら……数百人くらいかな?

 いやでも条件を考えるとそこまで多くはなさそう。

 でも奈良って一応人口百万人超えてるし。

 それに県外から来る人も考えたら、数十人…いや百人くらいはいるかな?


「百人くらいですか?」

「六人だ」

「えっ、六人?」

「いや鳥村君を含めれば七人になるか」


 十日谷さんは嬉しそうに語っているが、六人が七人になったところで大して変わんないと思う。


 ってか本当にたった七人で県内全部担当するの? ヤバくない?

 北部ならともかく山だらけの南部とか交通手段どうしたらいいんだろ。


 まさか泊まりで出張とか?


「じゃあ……。南部に泊りで出張とか結構ある感じなんですか?」

「担当区域は好きなところでかまわない、南部の仕事がないとは言わないが出張を強制することはないよ」

「そうなんですね。良かった」

「人数が人数だからね。現実的な話をすると、人口が多い北部を重点的に活動した方が効率が良いという面もある」


 なるほど。

 確かにこう言ったら悪いけど南はあんまり人住んでないからな。


 でもまあ仕事は嫌だけど、暇があったら何か旅行とかで行くのは悪くないか。

 昔は南部にある温泉とかによく連れ回されたっけ。


「話の流れからすると、鳥村君の希望はこの支部がある橿原かしはら市周辺ということで良いかな?」

「はい」

「わかった。では最後に先ほど言っていた訓練の講師をこの中から選んでほしい。先に講師の予定を押さえておく必要があるからね」


 十日谷さんからタブレットを受け取る。

 画面にはすでに講師一覧表と銘打たれたファイルが映っていた。

 表には顔写真と簡単な経歴がズラリと並んでいる。

 ただ名前はイニシャルのみで、歳も分からない。


(それになんだこの表は……。実質的に選べる選択肢がなさすぎだろ)


 まずそもそも講師の数が少ない。

 いや条件を考えると多いのかもしれないが全部で二、三十人くらいだ。


 その上で男は爽やか系イケメンと厳ついオッサンで二極化していて、普通の感じの人がほぼいない。


 女性の方はというとそもそも備考で男性NGが付きまくっている。

 少なからずいるOKな人は、全員応募者集中と表示があって訓練時期が未定だ。


 男の方はNGこそないが、オッサン講師以外はみんな訓練時期が未定となっている。


「あの……。十日谷さん達に戦闘訓練もお願いするっていうのは駄目なんですか?」

「以前は良かったんだがある支部で昔問題が起こってね。それからは本部の講習に合格した他支部所属の人間に訓練を付けてもらう決まりに変わったんだ」


 マジかよ、誰だよ問題起こした奴は。


 まあそういう事情があるなら、このリストから選ぶしかないか。

 同年代とか逆に何か嫌だから若そうな男はとりあえず無しだな。

 かといってオッサンは厳しそうだし……。


 でも講習に合格した人なら大丈夫か?


「人によって訓練が厳しいとか厳しくないとかってあります?」

「人間だから多少はあるだろうね」


 多少はあるか……。

 ならやっぱりオッサンは無しだな。

 昭和とか平成初期のノリで来られたらだるい。


 じゃあ女の人になるわけだけど、そもそも男性NGが多すぎてなー……。

 ってアレ? この女の人は空いてるっぽいな。


 他の人と違って変に写真を盛ってる感じもしない。

 それに美人だ。

 

 あんまり十日谷さんを待たせるのも悪いし、この人でいってみるか。


「このT.C.っていう女の人がいいんですけど」


 黒髪のポニーテールっぽい髪型の女性を指さして言う。


「ああ高重たかしげさんか」

「十日谷さんこの人知ってるんですか?」

「まあね。私も以前に教えてもらったことがある。師匠のような人だ。良い人だから問題ないと思うよ。ただ……」

「ただ?」

「いや、何でもない。希望を出しても講師側が拒否することもたまにあるんだが、高重さんなら大丈夫だろう。念のために第三希望くらいまで出しておくかい?」

「良い人なんですよね?」

「ああ、それは保証する。それに実力も実績も講師の中では随一だ」

「だったら大丈夫です。ダメな時はまた考えます」


 下手に第三希望まで出して、万が一第二、第三希望選ばれたら困るし。


「わかった。それではこれで申請を出しておくよ」

「お願いします」

「出勤はいつから出来そうかな?」

「明日からでもいいですか? あと出来れば日中がいいです」


 夜に朧人に出会ったりしたら、ビビッて仕事どころじゃなくなる可能性があるしな。

 あとそんな様子を同僚に見られたりするのも嫌だ。


「うちとしては歓迎だが、大丈夫なのかい?」

「はい」


 本当は嫌だけど、一週間後とかにしたら働く勇気がなくなってそうだしな。


「明日の日中なら……。岩藤いわふじ君に付いてもらう事になると思う。集合場所や時間は追って伝えるから、今日はもう帰っても大丈夫だ。疲れているだろうしね。ただまた朧人が出てくる可能性もあるか……。よし私が家まで送ろう」

「あ、いえ大丈夫です! 一人で帰ります!」


 本当は一人だと不安だ。

 だけど十日谷さんと芋ジャージ姿の俺が二人で外を出歩くのは色々何か辛い。

 それに姉に見られたら説明するのに困る。


「そうかい? じゃあお疲れ様」

「はい! お疲れ様です。お先に失礼します!」


 手を振る十日谷さんに手を振り返し、未だ何処からかゲーム音と罵り合いが続く事務所を後にした。


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