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4話 再訪

「味はどうだろう?」

「あ…はい。おいしいです……」


 翌日、俺はまたあの事務所に来ていた。

 いや正確には連れてこられた。何故か教えたはずのない自宅まで迎えに来た俺を化け物から救ってくれたあの女の子に。


 今この場所には俺を含めて四人いる。


 一人は昨日色々お世話になった鷹羽たかばねさん。

 もう一人は十日谷とおかやと呼ばれていた白スーツの女性。最後はセーターを着た色々とデカい茶髪の粟飯原あいはらさんという女の人だ。


 そんな中俺は全員に囲まれたハーレムな状態で、ソファーの上に縮こまりながら和菓子を頬張っていた。


「だろう。その羊羹はな近くの和菓子店で売ってるんだが、数量限定で中々手に入らないんだ」


 ソファーの背に肘を付き、得意気な顔をして説明する十日谷とおかやさん。

 だが緊張で借りた猫状態の俺には、味なんか感じてる余裕はない。


 みんな方向性は違うが美人だし、服もよく似合ってる。

 それに対して俺はボサボサ頭の芋ジャージ。


 身支度する間もなく連れてこられたので仕方ないが、どうしても比較してしまい色々悲しくなってくる。


「そうだ。遠慮なく本も読んでくれて構わないよ」

「あ、はい…。ありがとうございます」


 そう、この場には和菓子他にも昨日失くした本がちゃっかり用意されていた。

 まあ俺が失くしたその本かどうかまではわからないが。


 言われるがままに俺は本を手に取って開く。


 だがこんな状況では頭に入るわけもなく文字は滑るばかり。

 俺は和菓子を頬張りつつ、ただただページをめくり続けるマシーンと化すしかなかった。


「あの…ちょっといいですか?」


 あっという間にめくる物が無くなり、心の限界が訪れた俺は恐る恐る尋ねる。


「いいとも。なにかな?」

「歓迎してくれるのは嬉しいんですけど、ずっとこんな感じでいいんですか? その、お仕事とか……」


 だから早くここから立ち去らせてくれ。

 そんな思いを込めて尋ねる。


 これで帰る流れになったら後は、昨日渡された銀の延べ棒を返して終わりだ。

 調べてみたらなんと今の相場で五十万くらいの価値があった。

 流石にそんなものを受け取ったままなのはちょっと怖い。


 というかその件がなかったら、今日も素直にここに来てないし。


 まあ自宅前で小学生みたいに遊ぼー遊ぼー叫ばれて、根負けした方が割合としては大きいかもしれないが。


「心配してくれてありがとう。だが鷹羽に今日一緒に遊ぼうと誘われてここに来たんだろう? その言葉に嘘はないさ。気にせずくつろいでほしい」


 そうは言われても、この状態で気にせずくつろげるほど心は太くない。


「そだよー。あっ、もしかして本読み終わった? オレのお勧めの漫画貸そっか? それともゲームでもするー? 最近デュエルストライク3っていう対戦ゲームにハマってるんだー。そうだ! 粟飯原あいはらさんも一緒にやろーよ」

「私もですか? いいですよ。けれど手加減はしませんからね?」

「手加減? いらないってマスターだよオレ」


 そう言ってパーカーのフードを被ってから、鷹羽さんがニヤっとした笑みを見せる。


 とりあえず、俺を挟んだ状態で言い合いするの勘弁してほしい。

 ってかさっきから右腕に大きくて柔らかいものが……。


「あらおかしいですね……。先日鷹羽さんの対戦をお見かけした時、確かランクは銀色に輝いていたような……」

「それは評価システムがオレに付いてこれてないだけ。内部レートはマスター級なの。実力でわからせてあげるよ。後輩君悪いけど一旦粟飯原さんをわからせるから、その後で一緒にやろー」

「あ……。はい」


 幸せの感触が去っていくのを名残惜しく思いながら、互いに言い争いを続けつつ部屋から出ていく二人を見送る。


 はぁ、もう少しあの感触を……。

 ん? いやそれより今ここには、俺と十日谷とおかやさんの二人だけ。


 今が逃げるチャンスじゃね?


「あの――」

「言いたい事はわかっている。だけどその前にもう少しだけ話がしたい。いいかな?」

「まあ……。少しだけなら」

「ありがとう。街を散策しながら話そうか」

「あ、はい」


 今の俺と一緒に歩くのは、お互い中々の羞恥プレイなのでは。

 そう思いつつも、断る勇気もないので素直についていく。


「今回はこちらの不手際で騒動に巻き込んでしまって本当に申し訳ない」

「え、ああいえ…別に気にしてないです」


 本当のところはわりと気にしているが、流石に言えるわけがない。

 なのでついつい日本人的な対応をしてしまう。


「本当はどうにかしてあげたいが、君にはこれからも迷惑をかけてしまうことになる。その指輪を身に着けてしまった以上はね。今も町の人達の周りに黒い靄が見えているはずだ。そうだろう?」

「はい。そう…ですね」


 確かに今、前の方からこっちに来ているサラリーマン風の男性にも黒いもやが掛かっている。


 もやのせいか表情も酷く暗い。


 だがすれ違うタイミングで白い指輪に黒いもやが吸い込まれると、表情が一気に晴れやかになった。


 すると突然「僕は今まで何でこんな物を……。あぁ、ラーメン唐揚げ定食が僕を呼んでいる!」と叫び、前掛けしたリュックに食べかけの弁当を蓋をして丁寧にしまった。


 そして「後で必ず食べるから今はごめんね」と手をすり合わせて謝ってから、太めの体形には似合わない軽快な走りで去っていったが。


「あの黒い靄はね、さっきの男の人のように魂に不調を起こした人から生まれる物なんだ。そして私達のこの白い指輪はそれを認識して吸収し浄化する力がある」


 そう言って十日谷さんは右手人差し指に着いた指輪を俺に見せる。


「そこまでなら素晴らしい物なんだが、装着条件が厳しい上に一度着けると、魂の強さが一定の基準を超えない限り外すことが出来ないという難があってね……」


 浄化ねぇ……。


 だけど見えるのは確かだし、目の前で人が変わったように見えたのも事実だ。

 自分の為にも、一旦話を聞くだけ聞いた方が良いか。


「魂はどうやって強く出来るんです? ていうか他に指輪を外す方法は本当にないんですか?」

「魂の不調を癒すとほんの少しだけ浄化した人の魂も強化されるんだ。そして残念ながら基本的には魂を強化することでしか指輪は外せない」

「基本的にはってことは例外が?」

「ああ。ある場所に行けばいいんだが、そこに行くためにも結局ある程度魂の強度が必要なんだ。だから今の君には無理だろう。危険な場所でもあるからね」


 なーんか結局、手伝う流れに誘導されている気がするな。

 けど残念ながら情報が無さ過ぎて、本当か嘘なのかがわからない。


 危険な場所ってのは、まともに考えるなら治安の悪い国とか秘境って感じかな。そんなところに知り合ったばかりの人と一緒にか…ないな。


 それならまだ素直に手伝った方が良い。


「じゃあ…極端な話、指を切り落とすとかは駄目なんです?」

「残念ながらそれも無理だ。それはもう既に君の魂と結びついているからね。正規の手段で外さないと意味がない」


 なるほど、そう来たか。

 これはどうあがいても完全に手伝わされる流れだ。


 まだ信じきれない部分が多いけど、理解出来ない物が見えるのも事実だしな。

 一旦受け入れるか。


「わかりました。じゃあ指輪が外せるくらいに魂が強化されるには、どれくらいかかるんですか?」

「外せる基準に達するまで平均で一、二年ほどかかる。だから外せるまでの間で構わないから、私達の活動を手伝ってもらえると助かるよ」


 平均一、二年かぁ…。


 うん、普通に長い。

 でもそろそろ働かないといけないとは思ってたし、タイミング的には良いかも。


 いや待てよ。手伝ったところで給料はもらえるのか?

 

 普通は金払うような内容でも、ボランティアと称してケチるヤバいところもあるって聞くし。


 昨日聞いた活動内容の感じだとちょっと怪しいよな。


「あの、手伝ったらお金はちゃんともらえますか?」

「もちろんだ。正式に所属するならボーナスは一年分。福利厚生も一般的な大企業以上に充実している。それに勤務時間や時間帯もルールの範囲内で好きに決めてもらって構わない」

「ほんとにですか?」


 本当ならかなり良さそうだ。


「ああ。指輪で管理しているから、ただ気が向いた時に街へ出歩くだけで構わないよ」


 マジか。夢みたいな待遇じゃん。

 ボーナス一年分ってよくわかんないけど多分多いよな?

 仮に月二十万だとして単純計算で二百万も貰えるし。


 いや待て待て待て。

 俺が速攻バックレたブラック企業みたいに求人内容は良い事書いといて、実際は違うってことも…。


 やっぱここは言葉だけじゃなくてちゃんと書類で確認しないと。


「えっと…とりあえず書類を――」


 言い切る前に、十日谷とおかやさんが俺の歩みを腕で止める。

 一体どうしたんだと、十日谷さんの方に顔を向ける。


 十日谷さんは真剣な眼差しで前を見据えていた。


(一体何が?)


 十日谷さんの目線の先には、先日散々追いかけ回された灰色の霧人間のようなものがいた。


 それも道路を塞ぐレベルの集団で。


 それぞれの境界が曖昧なせいか、道路の一帯が霧に包まれているようにも見える。だがその中で一体だけハッキリ男だと分かる程度に、体の輪郭がハッキリした濃い灰色の霧人間もいた。


「あれが黒いもや…朧と言われる物の集合体、我々が朧人と呼んでいる存在だ。ここは私に任せなさい」


 そう言って十日谷とおかやさんが右手人差し指の指輪に触れる。

 すると気づいたらいつの間にか周囲の景色が白に切り替わっていた。


 変化に気づいたのか霧人間の集団はあちらこちらに目線をやった後、自分達以外にこの世界で白く染まっていない物体。


 つまり俺と十日谷さんの存在に気に付く。

 そして獣のような低い唸り声を上げながらこちらの方に向かってきた。


 その様子はまるで意思を持った灰色の壁が迫ってくるようだ。


「すぐに終わる。念のためにこれを構えていなさい」

「盾? えっ、えっどこから?」

 

 そう言って渡されたのは、大きな透明のシールド。

 海外の軍や警察が使ってそうな本格的な代物だ。


 一体どこから出したんだろう。

 幻か? でも片手で支えるのが難しいくらいの重みと存在感。


 どう考えても幻には見えない。

 とりあえず言われた通りシールドを構え終える。


(十日谷さんは……。何だあれ、銃?)


 十日谷さんの手に白銀色に輝く細長い物体があった。板のように平べったくスマートでSF作品で見かけるような銃に似ている。


 十日谷さんがソレを集団に向けトリガーを引く。

 バシュという低めの電子音に合わせ、先から青い光の筋が飛び出す。


 気づけばドンッという身体を震わせるような破裂音と共に、青黒い光球がいくつも生まれ、敵を飲み込み引き裂いていた。


(おいおいおい、ヤバすぎだろこれは…!)


 あまりにも圧倒的な光景にシールドを持つ手が震える。

 俺はたまに飛んでくる黒い液体にビビって目を閉じ、震えて縮こまることしか出来ない。


 ほんの十秒足らずで場に静寂が訪れる。


(一体どうなったんだ?)


 恐る恐る目を開けた頃には、特徴があった一体の霧人間を残して全て地面の黒い染みになっていた。


 残りの一体も手足が欠損し、這いつくばることすら出来ないような状態だ。


「これでもまだこの光景が現実だと受け入れることは出来ないかな?」


 俺はその言葉に何も言い返せなかった。


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