2話 白い世界
(えっ、えっ? 何この白い世界。道路も建物も全部――いや、俺だけは色が残ってる……?)
変化はそれだけじゃない。
周囲の喧騒が消え、何回も周回遅れにした犬に散歩させられているお爺さんや、転倒する原因になった二刀流杖爺さんを含めた町の人が、全員いきなり消えてしまった。
まるで未完成のアニメかゲームの世界に迷い込んだかのような感じだ。
靄の化け物も急な変化に驚いたのか、俺の身体に覆いかぶさりながら戸惑った様子で辺りを見ている。
「そこのお兄さんそのまま動かないでねーそうじゃないと死んじゃうよー。てい!」
軽いかけ声のあと俺の覆いかぶさっていた化け物が突然消えた。――いや消し飛んで黒い雫となって俺の身体に降り注いだ。
え、な、なにコレ?
若干湧き上がる気持ち悪さをこらえながら、声がした方に顔を向ける。
(女の子…?)
俺の目線に気づいた女の子がニカっと笑った。
首に掛かるくらいの濡れたような綺麗な髪は、暗い赤色が混じった黒。
服は全面にデフォルメされた虎が描かれたグレーのパーカー。一瞬何も履いてないのかと勘違いするくらいの短いショートパンツを着こなしをしている。
声変わり前の子供のような声と起伏の少ない体つき、男か女か正直わかんないけど髪が男にしては長めだし多分女の子だろう。
問題は、そんな華奢に見える人が背丈を超える巨大な斧を背負っていることだ。
ハリボテでなければどう見ても数十キロはありそうな代物に見える。
「もう大丈夫だよー。にしても普通の人がここに来るなんてことあるんだねー。こういう場合ってどうしたら……。ってアレ? その白い指輪……。もしかしてお仲間さんだったり?」
「え? あっ、コレは少し前に変なオッサンに無理やり……」
「変なオジサン…? ちょーっと指輪見せてもらってもいい?」
「あ、どぞ…」
赤黒色のデコられている奇抜な見た目の巨大な斧を、文字通り瞬きする間にどこかへと仕舞った女の子は、黒ブーツで地面にも飛び散っている黒い液体を蹴散らしながらズンズンと大股で俺に近づく。
そして無造作に俺の手を掴むと、店で手に取った商品を見定めるようなジロジロとした目付きで指輪を見る。
(ちょ、ちょっと近くね……?)
彼女いない歴=年齢の俺は近距離と接触のダブルコンボで思いっきり動揺し、手を触られた瞬間心臓が跳ね。呼吸が不規則になる。
「あったあったナンバーは…『3201』ね。あー…やっぱり跳ぶ原人さんの指輪かぁ」
女の子は軽く何度か頷いた後、俺の手を放す。
「原人…?」
「意味はぜんぜんわかんないけどねー。ちなみにオレの二つ名は暗赤の狩人。どう格好いいでしょ?」
「えっ、あーうん。そ、そうっすね……」
満面の笑みを見せる彼女に苦笑いを返す。
「だろー。話がわかるね!」
純真な笑顔を見て自分の心が痛む。
ってか背中をバンバン叩かれて物理的にも痛い。
この子アレだな。中二病だ。俺も昔そうだったからわかる。
まあ所詮内に秘めていただけの俺の中二病と、外側に出てしまっているこの子の中二病とは天と地ほどの差があるだろうが。
そう言う意味では、若干尊敬の念が芽生えなくもない。
「見た目もこだわってるんだー。この密林の王者であるトラのような鋭い牙に、母なる太陽の力を借りて得たこの黄金色に輝く肌! そしてタカのように鋭い金色の瞳! まさに狩人そのものでしょ?」
「いや…うん、はい。素晴らしいと思います」
あぶな…反射的に否定しかけた。
どう見てもただの可愛らしい八重歯に健康的な小麦色の肌だったから。
唯一近いのは目の色くらいか。
まあとにかくこういうのは自分で悟らなければいけないものだ。
他人が無理やり矯正するのは間違っている。
いや、そもそも人生をより楽しむには、悟る必要もないのかもしれない。
「こんな話がわかる後輩が入ってきてくれてうれしいな~。あっ、そうだ! まだ名前言ってなかったよな。オレは鷹羽 芙雪! これからよろしくな!」
「あ、はい。鳥村です。よろしく……。って…えっ、こ、後輩?」
「そだよー。後輩君はこれから同じ仕事をすることになるんだから、オレの後輩になるわけ。跳ぶ原人さんからその指輪貰った時、説明聞いてない?」
「えーと…この指輪は奇跡を起こすだとか、いつか真実がわかる的なことを言ってた気がするけど…」
自分で言ってて何か違う気がするが…まあいいか。
というかそれより俺が後輩で同じ仕事ってどういうこと?
そういう設定か?
よくわからないけど助けられたっぽいし、恩人の夢を壊したくないから少しくらいは付き合ってもいいが。
「間違ってはいないんだけどねー。とにかく一旦元の世界に戻ろっか。指輪よ! 穢れし者を喰らいつくせ!」
鷹羽さんが叫ぶと、俺や地面に飛び散っていた黒い液体が渦を巻いて鷹羽さんの手、正確には指につけている俺と似た見た目の白い指輪吸い込まれていく。
そして全ての液体が指輪に吸い込まれると、視界の端の方から徐々に周囲の建物が色を取り戻していき、気づけば人や音が溢れた日常の世界に戻っていた。
「おーすげー……って、あれ!? 俺の大切な本が…どこ行った!?」
本が入った袋は影も形もなく、両手もフリー。
パーカーのフードにも……入っていない。
つまり本はさっきの変な世界で落とした可能性しかない。
つーかスマホもなくなって――いやスマホは元々持ってきてなかったな。
「えっとあの…た…た…たか…」
「鷹羽ねー。どうかした?」
「た、鷹羽さんさっきの世界戻れませんかね? 出来ればすぐ。本…いや、あっと…えっと…そう! 大切な物を落としちゃったんですよ」
本だとまた買えばいいんじゃない?
とか言われそうな気がしたので咄嗟に誤魔化す。
でも買い直したらコイツまた同じ本何で買ってんだって、店員さんに思われるのはまず間違いない。それに基本ギリギリの現金しか持ち歩かないから、多分買い直すお金足りないんだよな。
「あっ、そうだったんだ。んー…困ったなぁ。戻ろうと思えば戻れはするんだけど、似た同じ世界に戻るだけだから無いと思うんだよね」
「そんなぁ……」
「大丈夫! 多分なんとかなるよ。オレについて来て!」
「わかっ――うわっ!?」
返事を終える前に鷹羽さんが俺の腕を掴んで駆け出した。
あっという間に俺の全力疾走に近い速度になって、さっきの化け物との追いかけっこで疲労が蓄積された俺の足が、一瞬でもう無理だと悲鳴を上げる。
「ちょ、お――ぶっぺっ」
「えっ、何ー? おんぶして? もー仕方ないなー特別だよ!」
虫が口の中に入っただけと言い訳する間もなく、彼女は急停止。
俺は勢いそのまま背中にぶつかるが、一歩もよろけもせず俺の足を掴み、持ち上げる。
そして俺たちを今追い抜いた原付バイクを追い越す勢いで走り出した。




