閑話
(ここが岩藤さんが言ってた銭湯か。外見は普通だな)
といっても人生初の銭湯だからこれが普通かはわからないけど。
夜の仕事を何度かした後、藤掛さんにストレス解消には酒よりも風呂だ風呂。と強く力説されたので、岩藤さんに無料券をもらったことを思い出し、今日はここに来た。
昭和風の瓦屋根の建物で入口は引き戸、なんて書いてあるか読めないくらい達筆な字で書かれた看板。
漫画とかでは煙突とかがあるイメージだったけど、それもない。看板と湿った空気に混じった甘い花の様な香りがなければ、銭湯だと気づかなかっただろう。
中も特筆することはなく、お客さんはお年寄りとオジサンばかり。
岩藤さんは特別な銭湯って言ってたけど、一体どこが特別なんだろう。
「やあ、もしかして鳥村君かい?」
「えっと……ごめんなさい。どなたですか?」
俺に突然話しかけてきたのは、浴衣を着た小太りのオジサンだ。
そこまでは普通の銭湯の客だろうが、ひび割れた眼鏡と肩の上に載せたフクロウの置物がちょっと異質過ぎる。
こんな変な特徴がある人、忘れようがないと思うんだけどな。
「わからないかい? いや、君には迷惑をかけたからね。本能が僕の事を思い出したくもないのかもしれないな。山田だよ。山田厳然。君にその指輪を押し付けた」
「あ! あの時の!」
思わず叫んでしまうが、山田さんがそっと自分の口に指を当てたのを見て、俺は慌てて口を閉じる。
なんか、この人変わりすぎじゃね?
顔つきもめちゃくちゃ穏やかになってる。
それに話し方や声も普通どころかイケボのオジサン声優といっても、信じてしまう変貌ぶりだ。
「思い出してくれたかい。いや、君には本当に迷惑をかけた。でもそのおかげで僕は真人間になることが出来たよ。ありがとう」
差し出された手を握り返そうとして、直前で手が止まる。
「あぁ、うん。いやそうか。そうだね。仕方のないことか。一つ伝えたいことがあるんだけどいいかな?」
「え、あぁ……はい」
一体どんなことだろうか。
思わず少し身構えてしまう。
「鷹羽さんに伝えてほしいんだ。君から飼うように勧められたフクロウは、こうして大切に飼っていると。そしておかげで僕は立ち直ることが出来たと」
「わ、わかりました」
「ありがとう、それじゃあ陰ながら君たちの活動を応援しているよ」
そう言って山田さんは、フクロウを撫でながら銭湯から出て行った。
(……人ってあんなに変わるもんなんだな)
いや元々はもしかしたら、あんな穏やかな感じの人だったのかもしれない。
俺もあんなふうに大切に出来る何かを探した方がいいのだろうか。
その後、初めて入った銭湯は身体だけではなく、心まで温めてくれるような優しい湯だった。




