17話 夜4
店の中は近所の大衆食堂みたいな感じだった。
子供の頃、父親に何度か行ったことがある店にちょっと似ている気がする。
テーブルがいくつも置かれていて、壁にはメニューやポスターなど色んなものが雑多に貼り付けられている。
店内はかなり賑やかで大体の人は楽しそうにお酒を飲んでいる。
だがそのうちの何人かはダルそうに愛想笑いをしているように見えた。
(こういうのも悪くないけど、もうちょっと落ち着いたところで食べたいな)
そんな事を思っていると、店員さんに奥にある掘りゴタツ形式の個室に案内される。
俺の対面に藤掛さんが座り、その横に掃守さんが腰を下ろした。
「鳥村君はもう酒は飲めるのか?」
「はい、今年で二十になったので年齢的にはもう飲めますね。でもお酒を飲んだことはまだないです」
「ほーそうなのか。じゃあいい機会だ。飲んでおくか?」
「んー……はい。飲んでみます」
藤掛さんの言う通りいい機会かもしれない。
家じゃ飲みづらいし、多分そもそも飲みたいと思ったこともない。
「最初ならそうだな……。チューハイか梅酒辺りにしておくか? ビールはまだ苦いだろうからな」
「あのチューハイってなんですか?」
確かお菓子でそんな感じの名前の物を聞いたような……。
「ん? あぁ、もしかして関東出身だったのか。サワーって言えばわかるか?」
「いえあの……言葉の意味自体がわからなくて」
「これがジェネレーションギャップっていうやつか。チューハイはな。焼酎……っていう酒を炭酸水で割った物だ」
「へーそうなんですね。初めて知りました」
なんでわざわざ炭酸水を入れるんだろう。
まあ飲んでみればわかるか。
「とにかくなんださっぱりして初心者でも飲みやすい酒だ。とりあえず無難にレモンチューハイ辺りをいっとくか?」
「はい、じゃあそれでお願いします」
「俺はビールにするとして……掃守はどうする?」
藤掛さんが隣に座る掃守さんに尋ねる。
「カシスオレンジでお願いします。あと先輩、ここは焼き鳥が美味しいんですよ」
「そうなのか? じゃあ焼き鳥メインで頼んでいくか」
その後、酒と焼き鳥を持ってきた店員さんが頭だけ黒く塗りつぶされたみたいにモヤっててビックリした。
が、慣れた手つきで藤掛さんが穢れを吸い取ってそのまま食事が始まる。
初めて飲むお酒の味は思っていたより普通で、ジュースのような感じだった。
ちょっと苦みのような変な癖があって、味だけで見ればそこまで飲んでみようと思えるものではなく、少しガッカリした。
「いきなりこういうことを聞くのもなんだが、鳥村君は何が切っ掛けでこの業界に入ったんだ?」
「えーとそれは……」
「あー言いづらかったら無理に言わなくてもいいぞ」
「いえ大丈夫です。えーっとまぁどういえばいいんですかね。多分元々この業界で働いてたっぽいオジさんに無理やりコレをつけられたというか……」
言いながら左手薬指の指輪を見せる。
「そうなのか掃守?」
「はい。十日谷さんからはそのように聞いています。犯人は山田さんですね。あのちょっとふくよかなで人の話を聞かなかったあの人です」
「あーあの人か。じゃあうちの仲間が迷惑かけたってことか。すまなかったな」
藤掛さんが深々と頭を下げる。
「あっ、いえ大丈夫っす。藤掛さんに謝ってもらうようなことじゃないんで」
まああの山田とかいう人の言葉に同意してしまう形になるのは癪ではあるが。
危険な仕事だけどやってて楽しいし、皆もいい人たちばかりだから。
結果的にいまではこうなってよかったと思っている。
まあ他には給料がめちゃくちゃ良くて、限られた人にしか出来ない仕事っていう特別感があるっていうのも大きいけど。
「そう言ってくれると助かる。そうなると鳥村君は俺と同じ偶然から資格を得たタイプか」
「資格?」
「そうだ、聞かなかったか? この白い指輪を身につけるには厳しい条件が必要だと」
「あーはい。十日谷さんから聞きました」
色々あった日だしよく覚えている。
「昔ながらの厳格な修行を経てなるか、俗にいう引きこもりが偶然資格を満たすか。どちらにせよ半年は世間と交流を断たないといけない。こんな世の中だから最近は後者の方が多いらしい」
「やっぱりそうなんですね」
「まあかく言う俺も引きこもっていた時期があって偶然なれたケースだ」
「そうなんですね! じゃあ俺とホントに一緒だ! それじゃあえっと……」
掃守さんもそうなのかなって思ったけど、男相手ならともかく女性だと何か聞きづらい。
「私は修行を経験して今の職についてるわ」
「へーすごいんですね!」
「俺らとは違う選ばれしエリートってわけだな」
「先輩、そういう言い方はやめてください」
「あぁ悪い悪い」
なんかトーンがマジっぽかったし、何かそれ絡みで嫌な経験でもあったんだろうか。
「ところで鳥村君。かなり顔が赤いが大丈夫か?」
「え? 大丈夫ですよ大丈夫。いやーお酒って案外大したことないんですね!」
ジュースと違っていくらでも飲める感じがするし、何より飲んでていい気分になってきた。
「あーこれはやばそうだな。掃守止めるぞ」
「はい、先輩」
何故かいきなり掃守さんにコップを奪われる。
「いきなり何なんですか。先輩たちー。あっもしかして抜き打ちの戦闘訓練ってやつですか? いいですよーやりましょう!」
その後の記憶は何故かスッパリ抜け落ちていて、気がついたら事務所のソファーの上。そして近くには何故かスーツが染みだらけになった藤掛さんと、私服っぽいラフな格好になった掃守さん。
ゆっくり休むようにとだけやけに優しい声で言われ、二人は去っていったがそんな二人の表情は何故か酷く疲れて見えた。




