10話 浄化
三日後、岩藤さんから招集がかかった。
またスーツを着て本屋に行ってみると、なぜか店の前に岩藤さんだけではなく鷹羽さんと粟飯原さんの姿もあった。
岩藤さんは相変わらずスーツで髪型もしっかりセットしているが、それとは対照的に鷹羽さんはパーカーで粟飯原さんはセーターとラフな格好だ。
「すみません遅れました」
「いや、時間通りだ。問題ない」
「あのところでどうしてお二人も……?」
「それはな――」
話し出した岩藤さんの前を横切り、鷹羽さんが俺の前に来たと思ったら背伸びして俺の頭を突然撫で始める。
「おい、芙雪。基樹はお前より年上だぞ」
「えーいいじゃん別に。鳥村君はさーオレの後輩なんだよ? しかもオレの紹介で入った。頑張ってこんな大変な仕事続けてるんだからさー先輩として褒めてあげなきゃ」
「それはわかるがもう少しやり方を選べ」
そう岩藤さんが言ったものの鷹羽さんが手を止める気配はない。
むしろ対抗するようにエスカレートして、俺の髪が作りかけの鳥の巣みたいにボッサボサになっていく。
もはや止めても手遅れだ。
もうどうにでもしてくれ。
「はぁ……まあいい。これで全員揃ったから状況と作戦を説明する。基樹は既に知っていると思うが今回の特別浄化対象者は、ここの本屋でアルバイトをしている高校生の卯月 海音さんだ」
「はい、質問! どんな子ですか!」
鷹羽さんが挙手して質問してくれたおかげでようやく撫で地獄から解放される。
「眼鏡をかけた女の子だ。黒髪で芙雪と背は同じくらいだな」
「りょうかいです!」
と元気よく鷹羽さんが敬礼する。
「どうやらまだ銭湯には行ってないらしく、また朧人を生み出すほどの穢れが溜まっているのを確認している」
「またそんなに溜まってるんですか?」
「あぁ」
たったの三日しか経ってないはずなのに。
霧影体質ってほんとヤバいんだな。
「では話を続けるぞ。これから彼女を白銀郷と呼ばれる特殊な白界へと招き、そこで特殊な湯に浸かってもらう。だがその時に朧人が多数出現するはずだ」
多数ねぇ。どれくらいの数が出るんだろう。
一人二、三体と考えて……十体くらいかな?
「朧人の対処役が三名。彼女の護衛兼付き添い役が一名の編成で行く予定だ。性別を考えると、護衛役は芙雪か粟飯原さんのどちらかになるが、経験を考えて俺は粟飯原さんが適任だと思う。粟飯原さんはどう思われますか?」
岩藤さんが粟飯原さんの方に顔を向ける。
「そうですね。私が担当した方がいいんでしょうけれど、ここは芙雪「ちゃん」に護衛役の経験を積ませてあげた方が良いかと思います」
なぜかやたらと「ちゃん」を強調して粟飯原さんが言った途端。鷹羽さんがギラッとした目つきで粟飯原さんを睨む。
それを見て粟飯原さんは、驚くわけでもなくただニッコリと微笑み返すだけ。
よくわかんないけど二人の間で何かあったみたいだな。
少なくともあまり良い事ではない何かが。
「わかりました。芙雪、今回は護衛役を頼む。芙雪?」
「え? あぁ、うん。もちろんいいよ! でも経験なら鳥村君にも積ませてあげた方がいいんじゃないの?」
鷹羽さんが首をかしげる。
「お前、ちゃんと俺の話を聞いてたか?」
「うん、当然でしょ仕事だもん」
「今回の護衛対象は女の子だと言っただろう。浄化力を最大限発揮するためには護衛役も一緒に湯に浸かる必要があるからな。事情があるとはいえ、男の基樹が一緒に入るのはまずい」
チラっと横目に俺を見ながら岩藤さんが言った。
「えっ、でもオレは別に鳥村君と一緒でも気にしないけど? あっ、そうだ! 鳥村君、今度一緒に温泉いこーよ。実は最近いい宿見つけたんだー」
「お、俺と一緒にですか!?」
「うん!」
俺、いつの間にそんな鷹羽さんからの好感度高くなってんだ?
もしかして俺のことが……。
いやいやいや焦るな焦るな。
小学校の頃もこういう事があったじゃないか。
自分から誘っといて結局女の子は集合場所に来なかったんだよな……。
今回も……いや流石にそれはないよな?
ま、まあ鷹羽さんは可愛いと思うけど、俺はどっちかっていうと胸が大きくてお淑やかな女性が好きだ。
だから仮に今回も約束破られたとしても別に気にしないけどさ。
「あと粟飯原さ――師匠も一緒に来る? ……それと岩藤も来たかったら来ていーよ」
「今はそんなことより作戦の話だ。とにかく今回は芙雪、お前が護衛を担当しろ。わかったな?」
「はーい、で来るの? 来ないの?」
「……俺も行く。では作戦開始だ。まずは白銀郷へ彼女を招く。皆、これが今日、白銀郷へ行くための言霊だ」
まあ二人なわけがないですよねー。
はぁ……。一人で勝手に盛り上がってた自分が恥ずかしくなるわ。
で、巻物なんて仰々しいけど何が書いてんだろ。
受け取った手のひらサイズの小さな巻物にはこう書かれていた。
『白銀の世界に存在する穢れを払う魂浄乃湯が湧く、現実と神の世の狭間に在りしかの地へ繋がる入り口を築き、我ら四人の使者と浄化を待ちし少女を導きたまえ』
なんだこれ? もしかして岩藤さんが考えたやつか?
いやでも鷹羽さんはともかくとして、粟飯原さんも真面目な表情して見てるし、マジっぽいな。
「巻物を見ながらでもいい。ただし四人で同時に唱える必要がある。多少ズレても構わないが誰か一人でも間違えたら最初からやり直しだ。では行くぞ」
えっ? もう本番!?
「白銀の――」
「待て。最初は白銀ではなく白銀だ」
「あ、はい。すいません」
「ではもう一度行くぞ」
白銀郷に行くのにそこの読みはしろがねなのかよ。罠だろ。
「――魂浄乃湯が湧く……」
「待て。今回そこはこんじょうではなく、『たまきよ』だ。ふりがなが振ってあるだろう」
「えっ? あっ、ホントだ……」
小さすぎて気づかなかった。
大体なんでさっきから俺だけミスって……。鷹羽さんとかこういうの間違えそうなんだけど、案外しっかりしてるんだな。
「ではもう一度行くぞ」
「はい」
「「「「白銀の世界に存在する穢れを払いし魂浄乃湯が湧く、現実と神の世の狭間に在りしかの地へ繋がる入り口を築き、我ら四人の使者と浄化を待ちし少女を導きたまえ」」」」
完璧だ。
すぐ見慣れてきた白い世界が訪れる。
ただいつもとは異なり、この空間には何もなかった。
訂正。
一つだけ存在した。それもひと際目立つ物が。
空間の端に顔を向ける。
そこにはどこまで続いているかわからない巨大な階段が、俺たちを見下ろすかのように存在していた。




