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1話 始まり

「ふぅ。今月のノルマ完了っと」


 今年に入ってから気分転換に始めた週一のランニングを終え、いつものように公園にあるベンチに社長みたいにふんぞり返って座る。


 昼間の公園ならこんな独り言を言いながらくつろげないが今はド深夜だ。

 なんならベンチに寝転がることさえ出来る。まあいつの間にかベンチに仕切りが複数出来てしまったので物理的に厳しいが。


「どうかこの指輪を貰ってくれないかい?」

「っ!?」


 この声…下から!?

 飛び跳ねるようにベンチから距離を取る。


 びっくりした……あー心臓いてー、なんだよもう。

 うわーマジでベンチの下に誰か居るわ。生きてる人…だよな。


 顔が赤くてスーツ着てるし、酒に酔った仕事帰りのオッサンってところか?


 ベンチの上で寝れないからってまさか下で寝てるとは。その発想……別に感心はしないな。まだそこまで寒くはないとはいえ、もうすぐ秋だ。それなりに夜は寒くなるから、このままだと下手したら命の危険がある。


 怖いけど、このまま放っておいて明日ニュースとかになったら嫌だしな。

 もうちょっとだけ様子見とくか。


 距離を取って観察していると、オッサンは転がる様にベンチの下から這い出てのそっと立ち上がる。そしてスーツに付いた汚れを払い、ひび割れた眼鏡を直しながら俺の方を見てニコっと笑った。


 うん。めちゃくちゃ気味が悪い。


 見た感じ俺よりちょい低いから百六十センチ前半ってところか? でも太ってるせいか結構威圧感がある。

 

「そんなに警戒しなくてもいいじゃないか……。この指輪を貰ってくれるだけでいいんだよ。あっ、もしかしてお金のことを心配しているのかい? 安心して、タダだよ、タダ。君に必要なのはこれを受け取る勇気だけさ」

「いや、結構です」


 逆に怪しいわ。

 いやそれ以前に怪しさしかなかったが。

 俺がいくらニートだからって流石に騙されないぞ。


 舌をこねくり回したみたいなねちっこい喋り方といい、多分絶対関わっちゃいけないタイプ人だこの人。

 

「なぁ…そんなこと言わずにおじさんを助けると思ってさ。悪いものじゃあないから。きっと気に入るよぉ」


 そう言いながらオッサンは自分の薬指から黒い指輪を抜き取り、じりじりと近づいて来る。


「いや、マジでいいんでそういうの」


 両手を突き出して全力で拒否する。


 せめて女にやってくれよ。下手なホラーより怖いわ。

 通報ものだろこれ。


 スマホは……。あーそうだ。走るのに邪魔だからって持ってきてないわ。

 こんなことならスマホ持って来れば良かった。


 いや、それ以前に気分転換とか言わずに家にあるルームランナーで走っとくべきだった。


 今日でやめるか外ラン。


「あーもしかして知らない大人から物を貰っちゃいけないって、子供の頃に教わった感じかな? でもさぁ一辺倒にそう判断するのは楽だけど、それでいいと自分自身の考えで君は思ってる?」


 そう言ってオッサンは、喉から空気を押し出すような気味の悪い笑いを見せる。


「人生まだ長いんだから自分で考えてこれからは行動した方が良いと思うよ……。あっ、ところで僕はね山田 厳善(げんぜんって言うんだ。君は?」

「えっ、あー鳥村(とりむら 基樹(もときですけど…」


 あ、やべ。反射的に答えちゃった。

 急にまともなトーンに戻るなよな。


「鳥村君か。よし、お互いの名前を知った仲だしこれでもう僕たちは知り合いだね。知り合いになった記念にもう少し詳しく教えてあげよう」


 オッサンは言いながら、数字の八を描くような動きで俺に指輪を見せびらかす。


「この指輪はね、ただの指輪じゃあないんだ。これからの君の人生をより素晴らしい物にしてくれる奇跡の指輪なんだよ。そう、君が今着ているオシャレな青の芋ジャージにもお似合いだと思うな僕は」

「はぁ…、そうっすか」


 もう怪しさがとっくに限界突破してるんだが。

 でも断るのも面倒だし貰っちまうか? タダらしいし。


 いやでも指輪自体はタダで後で紹介料とか別料金を請求される可能性も……。それか特典としてヤバイ宗教とかのパンフレットとか押し付けられそうだ。


 やっぱ逃げるか。


 バレない様に足をジリジリとちょっとずつ移動させる。


「おっと逃げるつもりかい? 残念だけどもう手遅れなんだなこれが。このベンチに座った時点でね!」


 オッサンはそう言って手をゆっくり上げ、素早く振り下ろした。

 その瞬間、俺の薬指に鋭い痛みが走る。

 まるで何か鋭利な物で皮膚を切った時のような痛みだ。


 そして気づけば俺の薬指に、オッサンが散々見せつけていた黒い指輪がすっぽりとハマっていた。


「いって……。いきなり何すんだ! この……! あれ?」


 指に嵌った指輪を投げ返そうとするが、まるで皮膚に縫い付けられているかのようにビクともしない。


「はは、もう手遅れだよ。その指輪はね着けたらそう簡単に外すことは出来ないんだ。でも安心するといい、悪いものじゃあないからね。しばらくすればその指輪に隠された秘密に気づいて、この僕に感謝したくなるだろうさ」

「感謝ってそんなんするわけ――」

「あ、そうだ最後にもう一つアドバイスをあげよう。これからは家に引きこもらず人が多い場所に出歩くことだね!」

「あ…おい!」


 オッサンは俺の声に振り返ることなく、一見けんけんぱでもしているようにも見える下手くそなスキップで遠ざかっていき、そのまま暗闇の中に消えていった。


(くっそ。なんだったんだよ。あのオッサンは)

 

 指がヒリヒリしてマジ痛いし。


 うわ、どうやって俺の指に嵌めたのかと思ったらこれ俺の指に糸が付けられてたのか。あのオッサンもしかして手品師かなんかか?


 あー…そんなことより、結局いい様にやられたっぽいのが一番心に来るわ。


 ってかさっきの言葉はなんだよ。もしかして俺がほとんど家に引きこもっているニートだってことがバレてたのか?


 いやいやそんなわけ……。


「……帰ろう」


 この糸は……外せそうにないな。

 とりあえず巻き付けて家に帰ったらハサミで切るか。

 

 家に帰ってすぐ糸をハサミで切ろうとしたが、逆にハサミが負けて、敗北。

 翌朝、半泣き状態で近所の病院に駆け込むことになった。




――――



 

 一週間後、俺は大通りにある本屋まで買い物に来た。


 これはあのオッサンのアドバイスの影響を真に受けての行動ではない。

 五年の沈黙を経て発売されたとあるSF小説の最新刊を一秒でも早く読みたかったからだ。


 実店舗だと運が良ければ前日入手も可能だしな。


 昔はもっと近所の人がいない場所に本屋があったのだが、去年くらいに店長が突然に田舎に帰ると言い出してそのまま閉店してしまったらしい。


 だから今日ここに来るのは仕方がない事なのだ。


「ありがとうございましたー」


 そして無事に本を入手したわけだが……。


(俺が引きこもってる間に世の中の人達はオーラでも身に着けたのか?)


 さっきから五人に一人くらいの頻度で、黒い(もやっぽいオーラを纏った人を見かける。大抵の人が、たまに姉が使っているの見かけるアロマ加湿器から出る薄い水蒸気程度。


 だけど中には真冬の露天風呂の湯煙くらい濃い人もいる。


 そして一番の問題がオーラを纏った人が俺が近づくと、そのオーラがあの指輪に吸い込まれて消えるということだ。


 風呂の栓を開けた時の水のように吸い込まれていくので、見てて一種の気持ちよさみたいな物もなくはない。だが安全かどうかもわからないしその原理も不明だ。だから段々と気持ち悪さの方が勝ってきた。


 それにこの指輪もどこか普通じゃない。

 

 昨日までは漆黒といっていいくらい黒に染まった指輪だったのに、今日の朝には骨のような無機質さを感じる白に変わっていた。


 今のところ体調に変化はないが、黒いオーラを吸うたびに指輪が僅かに黒ずんでいっているような気がする。だからなるべくさっきからオーラを纏った人には近づかない様にしている。


 おかげでさっきからずっとシンボルエンカウントの敵キャラを避けるゲームキャラの如く、非効率的で不自然な動きを強いられ続けている。


 例えば渡ろうとした横断歩道をまたすぐ戻るだとか、急に立ち止まって道の端限界まで寄って人が通り過ぎるのをじっと待つみたいな感じだ。


 傍から見れば不審者どころか、異常者としか思えない動きだろうが仕方がない。


 最初は流石に人目が気になり普通に歩き黒いオーラを受け入れていたが、一度気にしてしまうと駄目だった。念のためにパーカーのフードを被っているからまあ大丈夫だろう。


 それにそこまで人は他人に興味がないから、周りの目を気にせずもっと自由に生きろって高校の時の担任も拳を震わせながら力説してたしな。


(ねえ君もそう思うよねーさっきから後ろから付いて来る霧人間さん)


 後ろに振り返る。

 あーうん。やっぱり間違いなくいるわ。


 灰色の霧みたいな物で構成された人型のナニカ。

 顔のパーツがなく、見た目は性別の特徴が一切ないマネキンが近い。


 けど何もないかと言えばそうではなく、顔に本来付いてるはずの口が両手のひらについていて、そこから透明の液体がポタポタと垂れている。


 そんな奴がさっきからずっと俺の後を付き人のように、ピッタリと後ろを付いてきているのだ。


 身体全体がボヤっとしていて最初は幻覚かと思った。

 だけど残念ながら後ろからうめき声みたいなものがたまに聞こえてくるので、それはないだろう。


 とりあえず手が届くか届かないくらいの絶妙な距離を保たれているので、さっきから圧がヤバイ。俺が止まれば止まるし、進めば進むみたいな感じで襲ってくるわけでもない。完全に目的が不明だ。


 ちなみにこの霧の元ははっきりしている。

 さっき行った本屋でレジをしていた店員の女の子だ。


 男女の区別どころか人かどうかもわからないくらいモヤってたから本当は回避したかった。


 けど流石にレジやってる店員さんは不可避だった。


 他の店員さんに変わるまで待てば良かったんだろうけど、十分待っても変わんなかったし、新刊を早く読みたい欲求には勝てなかったんだよね。


 最悪どうせ指輪に吸収されるだろうとも思ったし。


 だけど結果は吸収されずに、その場に影を置き忘れたかのように靄だけ本人から離れ人の形になって、そのまま俺にずっと付いて来ている。


 今のところ何かしてくるわけでもなく、ただただ付いて来るだけ。


 そして周りの人の様子を見るに恐らくこの人は周囲の人には見えていない。

 俺がニートをやっている間に、こういう人が当たり前に存在する社会になっていた。


 なんて可能性も極わずかにあるのかもしれない。

 だけどマトモに考えたらそんなわけないしな。


 さーてどうするか。


 決定事項なのは、こんな謎めいた存在を唯一の安息の地もとい自分の部屋まで連れ帰るわけにはいかないという事だけ。


(とりあえず…… 走って振り切る作戦でいってみるか)


 大通りから人影がほとんどない脇道に入ったと同時に、本が入ったビニール袋をしっかり握りしめていつものランニングの要領で走り出す。


 これで引き離せればいいんだけど…駄目か。


 後ろをチラリと見れば、子供のみたいなバタバタとした走り方でピッタリ付いて来ている。でも凄い必死感があるので、もっと早く走れば突き放せそうな雰囲気はある。


 ただ本気で走って駄目だった後が怖いから、ある程度体力を残しておきたい。

 そうなると攻撃…… いや無理だ。


 攻撃してどんなことが起こるか分かんないし、そもそも今のところ付いて来るだけで危害を加えられてるわけでもない。


 それに小さい虫とかならともかく、一応見た目が人っぽい相手に何かするのは、良心が咎めるっていうか普通に抵抗感があるし単純に怖い。


 こんなことになるんだったら素直に通販で頼むべきだったかな……。

 いやでもやっぱ新刊は早く読みたいからこの選択に後悔はない…!


 そんな風に気を紛らわすため、色々考えながら数分間同じ通りをぐるぐると走り続けてみたが、一向に離れてくれる気配がない。


 流石にそろそろ疲れてき――うぉっ!? 


 通りにあった家から突然二本杖使いのおじいさんが飛び出してきた。

 回避には成功したが、おかげで派手に転んでしまう。


 っつ、いってぇ……!

 でも俺が止まったらアイツも止まって…ないわ。あっ、終わった。


 飛びかかってきた人型の化け物を認識して自分の死を覚悟する。


「穢れし者をオレが作った狩場(フィールドに誘い込め!」


 そんな言葉が突然耳に届いたと思ったら、周りの世界が駒をひっくり返したみたいにして流れるように白に染まった。

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