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魔族との邂逅

洞窟の外は、薄い霧に包まれていた。


光量は十分だが、色が鈍い。木々の緑はくすみ、風に揺れる葉も、どこか重たい。

この地域全体が、強い感情に晒されている証拠だった。


――感情残留値、平均以上。

――感情の長期滞留を確認。


「……外、久しぶり」


リュカが小さく呟く。

彼女は洞窟内の探索を命じられていたらしく、5日ほど洞窟に籠っていたらしい。

洞窟内は比較的移動の早い獣人の足でも踏破に4日はかかるらしく、奥地で目覚めたオルドを異常事態と判断し、探索の途中で荷物を置いて駆けつけたらしい。


環境をスキャンしつつ最適ルートで奥地から外に出るのに3日ほどかかった。



洞窟の入口を背にしながら、周囲を警戒する視線は鋭い。先ほどまでの荒々しさは影を潜めているが、怒りが消えたわけではない。内側で静かに燃えている。


――怒り値、安定範囲内。


オルドは、その背中を一歩後ろから観測する。

同行を拒否する理由はなかった。むしろ、今の世界を理解するためには、強い感情を持つ存在との行動データが必要だ。


単体感情の観測は、すでに完了している。

次に必要なのは――集団環境下での変動。


「この森、あんたの縄張りか」


「あんたじゃない、リュカ。…正確には“見張り場”だよ。獣人の集落が北にある。

魔族がちょっかい出してくるから」


魔族。

情報としては既知だが、観測の履歴はない。


「感情が強いほど、魔族は寄ってくる。私は特に()()の強い獣人だから……抑えられるのは助かる」


言いながら、リュカはちらりとこちらを見る。

敵意ではない。警戒と、わずかな期待が混じった視線。


――感情変動、微量検出。

【期待】+0.01


数値は小さいが、確かな上昇だ。


「ゼロ……、あたしと会ったとき、怒りを“使った”よね」


「模倣した」


「真似したってこと?そんなこと…」


疑念はあるが、否定の感情はない。

獣人族は感情に正直だ。理屈よりも、結果を見る。


歩き始めてしばらくした時だった。


――感情反応、複数。

――濃度、中。方向、前方。


オルドが足を止める。


「止まれ」


「……来るね」


リュカも気づいていたようで、尻尾がピンと張り、耳が前を向く。

霧の向こう、地面を踏みしめる音は重く、規則的。


現れたのは、二体。人間のような姿をした"何か"だった。

皮膚は黒く、感情の色が歪んで滲んでいる。怒りと恐怖が混ざり合い、不快な魔力波を放っていた。


「あれが、魔族か」


道中にリュカから聞いた特徴と酷似した姿に、半ば確信をもって聞く。


「そう……数が少ない。斥候。」


リュカが低く唸る。


「私が引きつける。ゼロは——」


「不要」


言葉を遮り、オルドは前に出る。


――怒り、再模倣。

【怒り】+0.18

合計値【怒り】0.34


瞳が赤に染まり、手元に白い球体が再構築される。

今度は先ほどのような短剣ではない。形状が分解され、より重量感のある刃へと変化していく。


長剣。


先ほどよりも長く、重い。刃は鋭く、淡い赤光を帯びていた。


怒りは、破壊の感情だ。

だが同時に、真っ直ぐで、迷いのない衝動でもある。


魔族が唸り声を上げ、突進してくる。

オルドは一歩、踏み込んだ。


剣を振るう。

余計な動きはない。力任せでもない。


ただ、怒りの方向だけを定めて――断ち切る。


赤い軌跡が空を裂き、魔族の魔力構造に干渉する。

肉体ではなく、感情そのものを斬った。


肉体は崩れない。だが、魔力が散逸する。

一体目が崩れ落ち、二体目は踏みとどまろうとして――膝をついた。


――怒り値、収束。

【怒り】0.34 → 0.21


霧が、少しだけ薄れた。


「……は?」


リュカは目を見開いていた。


「倒してない……殺してないのに、止まってる」


「感情を無力化した」


「……そんなの、聞いたことない」


獣人族の知識体系に存在しない事象。

だが、目の前で起きた“事実”が、それを上書きする。


リュカは改めて木偶のように行動を停止した魔族に視線を移し、深く息を吐いた。


「……これ、普通なら何人も死んでる」


その声に、微かな震え。

恐怖と、安堵が混ざっている。


――恐怖、減衰。

――安堵、発生。


「ねえ、ゼロ…」


「魔族は…」


遮る。

何を聞こうとしたのかは予測可能だが、まだ答えるのは合理的ではない。


「感情の偏りが進み変質した存在…感情が肉体と魂を侵食した存在だったか」


「あ、うん。それであってる…」


感情が均されると、無力化できることは確認できた。今はそれでいい。



「この先、集落がある。

あたしだけならいい。でも……子供もいる」


あなたを連れて行ってもいいかと暗に語る瞳に演算結果をはじき出す。


――集団環境。

――高感情の集合体。

――感情安定への介入、実行可能。


「問題ない」


即答だった。


「安定させるのが、目的だ」


リュカは一瞬だけ黙り、やがて笑った。


「じゃあ決まり。

ゼロは、あたしの国……じゃないけど、あたしの居場所、気に入るといいな」


居場所。

国。

拠点。


国、という概念が内部で演算される。


――将来的拠点への形成、可。

――感情安定効率、向上見込み。


「肯定」


その言葉に、リュカの尻尾が大きく揺れた。


――信頼、増加。

【信頼】+0.05


白い存在と、怒りを宿す獣人の少女。

二人の同行は、やがて“国”と呼ばれるものの起点になる。


だがその時点では、まだ誰も知らなかった。


感情を持たない存在が、

感情の世界に、確かな影響を与え始めたことを。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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