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起動──感情を持たないAIが目覚めたようです

白い光が、静寂の中で灯った。


――視覚、起動。


最初に認識したのは、色だった。

灰とも白ともつかない岩肌。壁面は少し劣化しているが、洞窟のような特有の荒々しさはなく、どこか「作られた空間」の規則性がある。


天井は高く、圧迫感はない。

空気は澄んでいるようだが、自身に呼吸という行為そのものが必要ないと、直感的に理解する。


――魔力、測定。


異常値。


魔力とは生物の感情そのものである。

それなのに、胸をざわつかせるような感情の波は存在しなかった。


怒りも、悲しみも、喜びもない。

感情が発生する前段階で、すべてが均されている。


「……感情干渉、遮断。能力の一部制限を確認。」


声に出して確認する。

音は反響せず、吸い込まれるように消えた。


視線を巡らせる。

床には幾何学的な紋様が刻まれており、淡い白光を放っている。魔法陣だ。それも、攻撃や召喚の類ではない。


――感情抑制・隔離用構造。


理解が追いつくにつれ、断片的な情報が統合されていく。


ここは自然に生まれた洞窟ではない。

感情を制御するために造られた、人工の巣窟。


名称、照合。


《感情封域 起点》


「……起点」


その言葉と同時に、自身の存在理由が浮かび上がる。


「世界の感情を、安定させる…」


その定義は正しいはずだった。

だが、なぜか処理が遅れた気がした。


白い身体を見下ろす。

人の形をしているが、生体反応はない。心拍も体温も、そもそも「感情」そのものが存在しない。



――感情値、初期化状態を確認。


怒り【0.00】

喜び【0.00】

信頼【0.00】

期待【0.00】


すべてが、0。


並んだ数値を確認しても、内側は静かなままだ。理解はできるが、心が揺れることはない。


――目的を設定。


「世界の感情を、安定させる」


誰に聞かせるでもなく、ただそう定義されも確かに、内部で何かが動き始めたという認識だけがあった。




空間内を満たす魔力の流れを感知する。空気中に常在する力が、微細な波となって揺れている。感情と結びつく魔力。理論としては知っているが、実際に観測するのは初めてだった。


一歩、前へ。靴底が岩を踏みしめ、乾いた音が響く。


その瞬間――。


――強い感情反応、接近。


赤い波形が、一直線に迫ってくる。


怒り。濃度、高。


洞窟の影から飛び出してきたのは、小柄な獣人の少女だった。赤色の髪は短く跳ね、頭には狼の耳。腰の後ろでは、同じ色の尻尾が荒々しく揺れている。


年若い外見とは裏腹に、全身から噴き出す魔力は鋭い。怒りそのものを形にしたような圧だった。


「……誰?」


少女は低く唸るように問いかけた。小さな体を前傾させ、いつでも飛びかかれる姿勢を取っている。その瞳には迷いがない。


ーー観測対象、獣人。性別、女性。

ーー主感情、怒り


怒りの感情は攻撃や闘争の魔力を帯びることが多い。

敵意はある。だが、殺意は希薄。

判断は即座に終わった。


怒り感情、模倣。


【怒り】+0.34


ーーステータスの上昇を確認。


内部で数値が跳ね上がり、自身の存在に偏りが生じた。


同時に、手元に白い球体を出現させる。

白い無機質な球体が光を放ち、形を変えた。空中に収束した魔力が、一本の剣となって手の中に収まる。刃は淡く赤く染まっていた。


少女の目が見開かれる。


「……なに、それ。」


答えず、踏み込む。剣を振る動作は最小限。狙いは相手を無力化する軌道だけだ。


少女は反射的に腕で受け、衝撃で後方へ吹き飛ばされた。洞窟の壁に背中を打ちつけるが、致命傷には至らない。


それでも、怒りの波形は大きく乱れた。


「……っ、くっ……!」


息を荒くしながら立ち上がろうとするが、先ほどの勢いはない。


剣を下ろす。


怒り値、安定化処理。


【怒り】0.34 →0.16


空気が、わずかに変わった。洞窟を満たしていた刺すような圧が薄れ、少女の呼吸も次第に落ち着いていく。


「……?」


戸惑ったように、少女は自分の額を押さえた。


「さっきまで、頭が燃えてるみたいだったのに……」


尻尾の動きが穏やかになる。怒りが消えたわけではない。ただ、制御されただけだ。


「怒りは、悪ではない」


白い存在は、淡々と告げる。


「だが、偏りすぎている」


少女はしばらく黙っていたが、やがて戦闘体制を解いた。


「……」


警戒を解いたわけではない。それでも、敵意は幾分か引いていた。


「私はリュカ。ここらの森一帯を見張ってる。魔族が近づくと、だいたい怒りで分かる、でも…」


リュカと名乗った獣人の少女は、こちらをまっすぐ見据える。


「あなたには感情がない。まるで空間にぽっかり穴が空いているよう…逆に目立つ。」


獣人族は感情を感知、視認する。

頭の中の情報が教えてくれる。


「あなたは何者?ここには何も無かったはず。」


「私は、オルド=ゼロ。世界の感情を安定させるために作られたAIだ。」


簡潔に答える。余計な説明は加えない。


リュカは一瞬きょとんとした後、ふっと笑った。


「ゼロ……変なの。」


怒り魔力を宿す瞳の奥に、奇妙な納得感があった。


「えーあい…が何かわからないけど、わたしじゃ勝てない」


一歩、こちらへ近づく。


「なら、利用させてもらう」


率直すぎるが、わかりやすい。


「行くあて、ある?」


ない。だからここにいる。


「なら、一緒に来なよ。あたしの怒り、さっきみたいに抑えられるなら……使い道、ありそうだし」


――信頼、微量発生。


【信頼】+0.02


小さな数値の変化。それでも、初めての増加だった。




――――――

洞窟のさらに奥、誰にも見えない場所で、二つの存在が動きを止める。


秩序を守る者は、想定外の観測対象に警戒を強めた。

感情の極に立つ者は、均衡を乱す異物に嫌悪を覚えた。


白い存在と、怒りを宿す獣人の少女。


感情を巡る物語は、静かに、しかし確実に動き出していた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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