三人の共闘と、未来への逃走経路
ひまりが発動させた古代の電子戦は、戦場を一時的な**無秩序**へと変えた。
通信端末の自爆による衝撃波と土煙が、駅前の裏道を覆い尽くす。**『操作者』**の佐藤梓は、予期せぬ爆発に一瞬、視界を奪われた。
「ちっ……! 小賢しい真似を!」
佐藤梓は、憤怒の表情で、煙の中に消えようとする刹那たちに向かって、**三色の光の円盤**を連続して投擲した。
ヒュン、ヒュン、ヒュン!
赤、青、緑の三色のディスクは、逃走経路を遮断するように、三次元的な檻を構築しようとする。しかし、通信回線の混乱から立ち直りきれていない**『封鎖者』の制御が乱れ、ディスクの起動がわずかに遅れた**。
その一瞬の遅れこそ、刹那たちが待っていたチャンスだった。
「ひまり、律! 俺に続け!」
刹那は、自らの疲弊しきった肉体へ、再び螺旋の懐中時計を通じて**『クロノス・シフト』**の最大出力を叩き込んだ。
グンッと、彼の主観的な時間が四倍の速度に跳ね上がる。視界に入る佐藤梓と封鎖者の動きが、まるで蝋人形のように鈍化する。
「行くぞ!」
刹那は、隣を走る律と、その背後から続くひまりの腕を掴み、三人の時間軸を無理やり一つの加速流に乗せた。
ドォォォッ!
三人は、佐藤梓の目の前で残像となって消えた。ディスクが起動し、三色の光が交差した**「時間流の交差点」**は、既に空だった。
錨となる男
彼らの逃走は、刹那の能力だけでは持続不可能だった。
一分間、加速した時間流を維持した刹那の肉体は、極度のオーバーヒートを起こし、視界が砂嵐のように乱れ始めた。
「くそっ……! これが限界だ……!」
彼が加速を解除し、通常の時間軸へと戻った瞬間、強烈な吐き気に襲われた。
彼らが辿り着いたのは、細い裏道に面した、廃墟のガソリンスタンドの影。
「律、ひまり、ここで一瞬、息を整える!」
刹那が喘いだ時、彼らの背後から、静かな殺意を伴う、冷たい時間流が迫っていた。
封鎖者だ。彼は、通信不能というハンディキャップにもかかわらず、自身の固有能力である**『時間遅延フィールド』**を、本能的な追跡によって再構築していた。
ズゥゥン……
ガソリンスタンドの空間全体が、分厚いゼリーにでもなったかのように、重く、粘つく。律の身体が、鉛の塊を背負ったように、一気に重くなった。
「う、重い……! これが、奴の時間操作か!」
「律、動くな! これは**『時間の圧力』**よ! 無理に動けば、関節が破裂する!」ひまりが警告する。
刹那は、懐中時計に手を伸ばそうとしたが、既に精神力は底を尽き、指一本動かすのも困難だった。
その時、律は自分の役割を悟った。
彼は、刹那の『クロノス・シフト』の残響により、時間軸の歪みを肉体で理解できる、唯一の非能力者だ。
律は、口元に血の筋をにじませながら、時間遅延フィールドに敢えて抗う。
「動くな、だと? ふざけるな!」
彼は、己の純粋な闘志を、肉体の力へと変換した。それは、超能力ではない。ただの、人間の意地だ。
ガッ!
律は、地面にアンカー(錨)を打つように両足を踏ん張り、時間遅延の渦の中心で、無理やり姿勢を維持した。彼は、時間流の圧力に耐え、**刹那とひまりを庇う『壁』**となった。
「刹那は、もう限界だ。これ以上、力を振り絞らせるわけにはいかねえ!」
律の全身から、まるで内なる炎が噴き出すかのように、皮膚が赤く染まる。彼は、未来のテクノロジーの圧力を、肉体の根性だけで押し留めていた。
封鎖者は、律の規格外の抵抗に、驚きを隠せない。
「馬鹿な……! 単なる人間が、私の時間遅延を……!? 彼の**『時間感覚』**は、既に異常だ!」
知識による脱出ルート
封鎖者が律の抵抗に気を取られている三秒間。
ひまりは、自爆した端末の残骸から得られた、最後のデータを頭の中で計算していた。
「刹那! 南東へ五百メートル! 『地下鉄の換気口』を探すのよ! あそこは、地中を通る高速鉄道の磁場の影響で、**一時的に時間流が乱れる『天然のノイズスポット』**になっている!」
ひまりは、祖父のメモにあった、古代のエネルギー理論と、現代の都市インフラを瞬時に結びつけ、唯一の脱出経路を割り出したのだ。
「そのノイズスポットに入れば、奴らの時間操作は無効化される!」
刹那は、その知識の提示によって、僅かながら精神力を回復させた。彼の顔に、再起の光が宿る。
「律! 南東だ! あと少しだけ、耐えてくれ!」
律は、封鎖者の圧力に耐えながら、片手で刹那の身体を掴み、まるで岩を動かすように一歩、二歩と前進した。
その時、『操作者』の佐藤梓が、煙の中から姿を現した。彼女の右腕には、律が投げた金属片の小さな傷が残っている。
「あなたたち……! その古代の知識を、私に渡すつもりはないようね」
佐藤梓は、新たな光の円盤を手に取り、静かに笑った。
「いいでしょう。あなたたちが**『逃走経路』を選んだなら、私は『帰還場所』**を狙う」
彼女は、ディスクを地面に叩きつけた。ディスクは、光の塵となって空中に舞い上がり、一つの巨大な青い光の渦を形成した。
その光の渦が示すベクトルは、彼らが来た方向、そして刹那の自宅や母校がある方角を正確に指し示していた。
「時永刹那。あなたにとって、時間軸を乱されると最も困る場所はどこかしら? あなたの**『現在』**を構成する、**日常**そのものよ」
佐藤梓の言葉は、無慈悲な宣告だった。
「私たちは、あなたを追うのを一旦止める。その代わり、あなたの**『帰る場所』**を、**時間的に隔離**する」
それは、刹那の人生の基盤そのものを、過去の、あるいは未来の、どこかの時間軸へと、強制的に『切り離す』という、最も悪質で、個人的な報復だった。
刹那は、全身の血の気が引くのを感じた。
「やめろ! 俺の学校や、家族に手を出すな!」
「後悔なさい、時間軸の癌細胞。あなたをこの世界に留めておく**『錨』を、私たちが一つずつ引き抜いていく**わ」
佐藤梓は、封鎖者に合図を送った。封鎖者は、律の抵抗に驚嘆しつつも、任務を優先し、時間遅延フィールドを解除した。彼らの目的は、コアの回収であり、今は追跡のフェーズではない。
オービターの二人は、その場から光と共に一瞬で姿を消した。彼らは、未来のテクノロジーによって、時間軸の外側へとリコールしたのだ。
律は、地面に崩れ落ちた。彼の全身は、時間の圧力に抗ったことで、激しい筋肉の痙攣を起こしている。
「刹那……! 奴ら、学校を……!」
「分かってる!」
刹那は、ひまりが指し示した南東の方向へと、律の肩を借りながら、全速力で走り出した。
彼らの逃走は成功した。しかし、それは新たな、より深刻な戦いの始まりを意味していた。
刹那の**『時間軸のアンカー』である、大切な日常が、オービターの標的となったのだ。彼は、コアの解読と日常の防衛**という、二つの時間軸を股にかけた使命を負うことになった。
彼の顔に、決意の螺旋が刻まれる。
「ひまり、律。急ぐぞ。奴らが俺の**『現在』**を破壊する前に、俺たちが、**奴らの『未来』**を止めるんだ!」




