共鳴の反撃と、友の誓い
螺旋の懐中時計が、刹那の左手首で青白い光を放ち、共鳴周波数を叩き出した瞬間、廃墟の公園全体が、高圧のプラズマに包まれたような静寂に覆われた。
黒コートの**『封鎖者』が投擲した三枚の光の円盤は、刹那の周囲の時間流を極限まで圧縮し、彼を時速ゼロの「時空の檻」**に閉じ込めようとしていた。
刹那は、肉体が飴細工のように捻じ曲がる激痛に耐えながら、歯を食いしばる。彼の意識だけは、時計の増幅作用により、一秒の間に数万回もの思考を回転させていた。
(止められる! この光のディスクは、時間を極限まで遅延させているだけだ! 俺のシフトで、ディスクの「起動前」に戻すしかない!)
しかし、光のディスクが展開した後の時間流の歪みは、あまりにも強大だった。刹那の精神力が、その巨大な歪みに呑み込まれそうになる。
「無駄よ! 封鎖者の時間封鎖は、数千回の干渉によって構築されている! あなたの未熟なシフトでは、これを突破できない!」
『操作者』の佐藤梓が、冷たく言い放った。彼女の青い瞳は、刹那の苦痛をデータとして記録している。
その時、刹那の手首で輝く懐中時計が、三度目の共鳴周波数を打ち鳴らした。
キィィィィィン!
刹那の脳裏に、祖父が遺した羊皮紙の古代クレタ語の図形が、鮮烈な光となって焼き付いた。それは、**「時間とは、流れる水ではなく、回転する螺旋である」**という、コアの設計思想だった。
刹那は悟った。時間を**「戻す」のではない。「回転を加速させる」**のだ。
「――加速!」
刹那は、自身の『クロノス・シフト』の出力を、過去の経験を遥かに超えるレベルで**『螺旋の懐中時計』**に叩き込んだ。
ドォォォンッ!
彼の周囲を覆っていた時間封鎖の結界が、ガラスの破片のように弾け飛んだ。時間流の遅延が一瞬で解除され、刹那は通常の時間軸へと解放された。
三枚の光の円盤は、時間封鎖を失ったことで、ただの金属の塊へと戻り、地面に激しく衝突し、火花を散らした。
「バカな!? 時間封鎖が解除されただと!?」
封鎖者(黒コートの男)が、初めて動揺の声を上げた。彼の顔は、能力を強制的に遮断されたことで、苦痛に歪んでいる。
「コアの防御機能が、あなたのシフトと同期したのね……! しかし、その反動で、あなたの肉体も限界でしょう!」
佐藤梓は、刹那の体から立ち昇る湯気のようなもの、すなわち時間流の過負荷による影響を見逃さなかった。
刹那は、片膝をついた。全身の関節が軋み、目の前がチカチカする。あと数秒で、彼の意識は焼き切れるだろう。
友の覚醒
その刹那、混乱から立ち直りかけた律が、刹那に向かって叫んだ。
「刹那、時計を外せ! そのままじゃ、お前が死ぬ!」
律の脳は、偽りのメッセージと、友を救いたいという純粋な意志の衝突から、奇跡的な正常化を果たしつつあった。しかし、彼の身体は、佐藤梓の残響の影響で、まだ完全に制御できていない。
佐藤梓は、律のその行動を、ノイズの再発と認識した。
「制御不能な干渉者は、予備パーツでも不要よ」
彼女は、素早くブリーフケースから二枚目の光の円盤を取り出し、律めがけて投擲しようとする。
「律!」刹那が叫ぶ。
律は、デジャヴに襲われた。『ディスクが自分を切り裂く、別の時間軸の光景』。しかし、今回は逃げない。
律は、地面に転がっていた円盤の残骸を拾い上げた。刹那の時間加速で破壊された、ただの金属の破片だ。
そして、彼は、**佐藤梓の動作の『三秒前』**の記憶を頼りに、全力でその破片を、佐藤梓の右腕めがけて投げつけた。
キン!
それは、奇跡的な命中だった。律の投げた金属片は、佐藤梓の光の円盤が起動する直前の右腕に当たり、彼女の投擲をわずかに狂わせた。
円盤は律を外れ、背後の廃墟の建物の壁に激突し、爆発した。
「馬鹿な……ただの高校生が、私の時間予測を狂わせた!?」佐藤梓は、初めて苛立ちを見せた。
律は、全身の力が抜け、地面にへたり込んだが、その瞳には、**明確な『正気』**が戻っていた。
「俺は……、お前らなんかに、刹那を渡さない……! お前が何を言っても、俺の親友は、お前の言う**『時間軸の癌細胞』**なんかじゃねえ!」
律は、刹那の秘密を完全に理解したわけではない。だが、友を守るという強い意志が、時間操作の術という未来の技術を打ち破ったのだ。
古文書の叫び
同じ頃、東洋国際大学の古文書研究室。
ひまりは、刹那が飛び出した直後、螺旋の懐中時計が発した共鳴周波数を、研究室の高精度レコーダーが緊急で記録していたことを確認した。
「この周波数……! 間違いない! コアの防衛システムが、オービターの干渉に反応して、**『緊急起動』**を試みている!」
しかし、その周波数は不安定だった。刹那の未熟な精神力だけでは、コアの真の力を引き出せない。
ひまりは、すぐに**『古代の警告』**を記した分厚い古文書を広げた。
『螺旋のコアは、二つの力(時間跳躍者と知識の守り手)が結びついた時、完全なる防衛壁となる』
ひまりは、自分が**『知識の守り手』**として、刹那を助けなければならないことを理解した。しかし、彼女は古文書学者であり、戦闘の訓練など受けていない。
「馬鹿な……私が行っても、足手まといになるだけだ。でも、刹那が、あのままコアの力に飲まれたら……!」
ひまりは、机の上にあった緊急用の信号発信機を掴んだ。それは、祖父が**「もしもの時」**のために遺した、特定周波数の電波を発する装置だ。
「この周波数は……! オービターの通信端末が、強制的に『ホームベース』へリコールされる周波数!」
刹那が奪った通信端末を、この信号で強制的に遠隔地へ転送できれば、オービターは連携を失い、一時的に混乱する。
ひまりは、意を決した。彼女は、知識と古代の技術を武器に、戦場へと向かうことを決意したのだ。
「待ってなさい、刹那! 今、古代語の叡智で、あなたの**『時間軸』**を援護する!」
ひまりは、古文書研究室の扉を勢いよく開け、東洋国際大学の静寂を打ち破り、夜の街へと駆け出した。彼女の背負う知識こそが、未来のテクノロジーに対抗する、最強の武器となる。




