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巻き込まれた幼馴染みと、古代語の残響

刹那が、黒コートの男から奪った通信端末を手に、自宅の部屋のベッドに倒れ込んだのは、学校を飛び出してから三時間後のことだった。

奪った端末は、手のひらに収まるほどの薄い金属板で、表面には微細な螺旋の回路が刻まれている。電源ボタンすら見当たらないが、仄かな青白い光を発し続けていた。

(これが『オービター』の通信ツール。時間軸の外側から、ターゲットの位置情報を交換するための道具……)

刹那は端末をあらゆる角度から調べたが、解除する方法はおろか、電源の切り方すら分からない。迂闊に触れば、彼自身の位置を逆探知される可能性もある。

彼は机の奥から、祖父が遺した羊皮紙の暗号文を取り出した。

「『螺旋のコア』の設計図……。こんなものが、本当に紀元前二千年に作られたというのか」

図形と古代語の羅列は、明らかに現代の言語体系とはかけ離れている。この暗号を解読するためには、古代語、特に地中海文明の歴史に精通した専門家の知識が不可欠だ。

(古代語の権威……。高校生がそんな人物にどうやって接触する? 下手に動けば、オービターに目をつけられる。奴らは、俺が今、何を考えているかさえ、予測しているかもしれない)

刹那は、『クロノス・シフト』で得た時間軸の知識と、追跡者から奪った未来の技術を比較し、その圧倒的な技術力の差に絶望しかけていた。

一方、幼馴染みの風見 律は、自宅のリビングで、頭を抱えて唸っていた。

「くそ……、まただ」

律の目の前には、テレビから流れるごく普通のニュース番組がある。アナウンサーが、都心での軽い交通渋滞について報じている。

しかし律の脳内では、そのニュースの数秒前、まるで霧のかかった映像のように、**『別の光景』**がフラッシュバックしていた。

それは、ニューススタジオの照明が一瞬、明滅する映像。アナウンサーが原稿を読む直前、わずかに咳払いをする音。

「……刹那が唐揚げ食う前の、三秒前の光景と同じだ」

律は、昼休みの教室での出来事を思い出していた。刹那が唐揚げを掻っ攫い、直後に巨大な銀杏の枝が窓を突き破った、あの異常な事件。

あの時、刹那は、律の命を救うために、二つの異なる行動をとった。一つ目の行動(銀杏を警告)は、刹那の記憶の中で**「失敗した時間軸」**として消えたはずだ。

だが、刹那の極めて強力な**『クロノス・シフト』は、周囲の人間、特に物理的に接触していた律の「時間軸」**にも、消しきれない残響を残していた。

律の脳は、**「現在の現実」と、刹那が体験し、「上書きしたはずの過去」**の二重の記憶を、不規則に再生し始めていたのだ。

律は水を飲み、不安げに天井を見上げた。

「俺、おかしくなったのか? 事故でもないのに、デジャヴが止まらねえ……」

彼の脳裏に、昼休み、刹那が窓の外の銀杏の木を見つめながら発した**『三秒前のパラドックス』**という、聞き慣れない言葉が蘇った。

(刹那は何かを隠している。あの時、俺の命を救ったのは、偶然じゃない。奴は、未来を知っていた)

律は、この異常な現象の真の原因を、刹那に問い詰めることを決意した。彼の行動は、無意識のうちに、刹那の秘密、そして時間軸を巡る戦いへと、深く巻き込まれていくことになる。

古文書学の異端児

その夜遅く。

刹那は、祖父の遺品の中に、一冊の古い大学の広報誌を見つけた。それは、祖父がかつて在籍していたとされる**「東洋国際大学」**のもので、片隅に、祖父のメモ書きが残されていた。

時野ときの――古代語(クレタ語)の研究、異端児。助けになるはず』

刹那は、この**「時野」**という名前が、唯一の手がかりだと直感した。

翌朝、彼は高校を仮病で休み、広報誌に記載されていた東洋国際大学へと向かった。古めかしい建物が並ぶ、静かなキャンパス。

刹那が辿り着いた**「古文書・古代文明研究室」**の扉には、殴り書きのような手書きの紙が貼られていた。

『本日、休講。教授は遺跡発掘現場へ行きました。用件は時間泥棒に関すること以外で』

刹那は、その**「時間泥棒」**というワードに、思わず息を飲んだ。これは祖父のメモと同じ、古代文明の時間の概念に関する専門用語だ。

研究室の扉は開いており、中には大量の古文書と、積み上げられたカップ麺の空き容器が散乱していた。その研究室の隅、照明もつけずに太陽光だけで、分厚い本を読み込んでいる一人の少女がいた。

彼女は、歳の頃は刹那と同じくらい。真っ黒なロングヘアを一つに束ね、縁の太い丸眼鏡をかけている。その姿は、まるで時間軸から切り離された図書館の亡霊のようだった。

刹那が足を踏み入れると、少女は顔を上げた。彼女の目は、刹那が持つ**「螺旋の懐中時計」が収められた胸ポケットを一瞬、正確に捉えた**。

少女は、手元の古文書から目を離さずに、静かに、そして確信に満ちた声で言った。

「あなた、**クレタ文明の『螺旋語スパイラル・ランゲージ』**を解読しに来たのでしょう? それ、あなたの祖父、時永賢治から預かったものですね」

刹那は驚愕に言葉を失った。この少女が、祖父のメモにあった**「時野」**なのか。そして彼女は、刹那が何も話していないのに、祖父のこと、そして暗号のことを知っている。

「どうして……それを?」

少女は眼鏡を直し、古文書から一枚のボロボロの羊皮紙を取り出した。

「私は時野 ひまり(ときの ひまり)。古文書と古代文明を専門にしている、異端児です。そして、あなたの祖父は、この暗号の解読の鍵を、私に託していました」

彼女が取り出した羊皮紙には、刹那の持つ暗号文と全く同じ幾何学的な図形が描かれていた。そして、その図形の真ん中には、**刹那の懐中時計の「螺旋の文様」**が、寸分違わず描かれていたのだ。

「祖父は、あなたのような**『時間跳躍者クロノス・ジャンパー』が、いつか現れることを予測していました。そして、その時、あなたがこの歴史を書き換える危険な力**に巻き込まれることも」

ひまりの眼差しは真剣だった。彼女こそが、刹那の冒険を支える、**歴史と暗号の『知恵袋』**となる人物だった。

刹那の目の前には、オービターとの戦い、巻き込まれた律、そして古代の暗号という、三つの大きな課題が立ちはだかっていた。

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