命の螺旋(スパイラル)と、最後の防御壁
古文書研究室の中央で、律とひまりは、静かに命を懸けた儀式の準備を整えていた。
床には、古代の導体が円形に配置され、その中心には、意識を失ったままの時永 刹那が横たわっている。彼の左手首には、螺旋の懐中時計が繋がれていた。
ひまりは、古代の導体の片方の先端を、自分の右手に握りしめた。律は、残りの先端を強く掴む。
「律くん。いい? 私が生命のエネルギーを流し始めると、**コアの防衛壁**の力が、全て刹那の修復に回される。バリアは一時的に消滅するわ」
ひまりの声は震えていたが、その瞳には揺るぎない覚悟が宿っていた。
「その瞬間、オービターが必ず総攻撃を仕掛けてくる。彼らの時間遅延の圧力で、この部屋全体が時間軸から切り離されそうになる」
律は、刹那の顔を一瞥し、深く頷いた。
「分かってる。俺の役割は、『錨』だ。俺の時間センサーの目と根性で、俺たち全員を、『今、ここにいる』という現実に繋ぎ止める」
「お願い。『友情』という名の強力なアンカーで、刹那を時間の闇から引き戻して!」
アガペーの逆流
ひまりは、目を閉じ、古代の導体に集中した。彼女の全身の生命エネルギーが、刹那の螺旋の懐中時計へと、逆流を始めた。
キィィィィィィン……
研究室全体を包んでいた無色のバリアが、パッと消えた。同時に、周囲を覆っていた時間反転の力が失われ、大学全体を覆う巨大な重圧が一気に研究室に押し寄せた。
ドォォォォンッ!
時間遅延の圧力だ。天井が軋み、律の身体が潰されるかのように重くなる。彼の視界には、青い波紋(遅延)が巨大な津波となって押し寄せてくるのが見えた。
『見つけたわ! コアのバリアが消滅した! 全員、最終時間隔離を開始!』
**『操作者』**の佐藤梓の冷徹な声が、研究室の外側から響いた。
『封鎖者』が、時間遅延フィールドの出力を最大にした。律の肉体は、全身の血液が逆流するような激しい痛みに襲われた。
「ぐっ……! 重い……! でも……負けるか!」
律は、地面に爪を立てるかのように、導体を握った手に力を込めた。彼の覚醒した時間センサーが、現実の時間軸に**強力な『杭』**を打ち込む。
「俺は、お前たちを、この時間に『留める』!」
一方、ひまりは、生命エネルギーの流出で、顔が蒼白になっていく。彼女の心臓が、激しい拍動を打つのを感じる。
その代償として、螺旋の懐中時計を通じて、優しく、温かい光が、昏睡状態の刹那の身体へと注ぎ込まれていった。それは、「愛」という名の生命の螺旋。
刹那の身体を覆っていた冷たさが、微かな温もりに変わり始める。
刹那の覚醒と、修復モード
ひまりの意識が、時間の深淵へと沈み込もうとした、その刹那。
螺旋の懐中時計が、最後の共鳴を叩き出した。
キン……
刹那の身体から、温かい光と共に、青白い光が逆流し、ひまりの手に戻ってきた。
その光には、**『感謝』の感情が込められているように感じられた。それは、『愛』が、『友情』**として、時間流を循環させた証拠だった。
刹那は、ゆっくりと、しかし確実に、瞳を開いた。
「ひま……り……律……」
彼の声は弱々しいが、その瞳には、時間軸の戦場を生き抜いた強い意志が戻っていた。
刹那の意識の覚醒によって、螺旋の懐中時計は、**完全な『修復モード』**へと切り替わった。
ゴォォォォォォォォォ!
研究室から、新たなバリアが展開した。それは、以前のような無色の反転バリアではない。
それは、**優しく、そして力強い『生命の螺旋』**の光を帯びた、温かい黄金色のバリアだった。このバリアは、外からの干渉を防ぐだけでなく、内側の生命活動を促進する力を秘めている。
オービターの時間遅延フィールドが、この黄金色のバリアに接触した瞬間、まるで熱湯に氷を投じたかのように、青い波紋が一瞬で蒸発した。
「時間遅延が、修復されている……!?」
佐藤梓が、信じられないという表情で叫んだ。
「馬鹿な! コアが、防衛ではなく、『回復』の機能に……! これでは、時間の圧力をかけるほど、バリアが強化される!」
彼らの時間操作は、**コアの『修復機能』**にとって、単なる燃料にすぎなくなってしまったのだ。
封鎖者は、自分の能力が逆利用される事態に、戦慄した。
「撤退! 直ちに撤退せよ! コアは、我々の常識を超えた!」
佐藤梓と封鎖者は、憤怒と屈辱に満ちた表情を残し、二度目の敗北を喫して、光と共に消滅した。
静寂が戻った研究室で、律は、時間遅延の圧力から解放され、安堵と疲労で地面に崩れ落ちた。
ひまりは、ぐったりとしているが、その顔には確かな満足感があった。
刹那は、自力で起き上がると、律とひまりの顔を見つめた。
「すまない……。俺のせいで」
「馬鹿言え!」律は、笑顔で涙を拭った。「お前を一人で戦わせるのが、一番の時間の無駄なんだよ!」
ひまりは、導体のケーブルを外しながら、静かに言った。
「コアは、修復モードに入ったわ。もう、あなたの命を吸い取らない。でも、このコアは、私たち三人の『友情』という名のエネルギーがなければ、真の力を発揮できない」
**『クロノス・ジャンパー』**は、一人で時間を跳ぶ者ではない。三人の絆で、時間軸を守る者なのだ。
刹那は、立ち上がり、窓の外の夜明けの光を見つめた。日常は守られたが、戦いは終わっていない。
彼の螺旋の懐中時計は、微かな黄金色の光を放ち、時間軸の修復を静かに続けていた。




