苦痛の共鳴と、時間軸の防衛壁(アーク)
古文書研究室は、未来のテクノロジーによって、今まさに**『時間軸から圧殺されよう』**としていた。
黒コートの**『封鎖者』が発動させた時間遅延フィールドは、研究室の空気全てを超高密度の液体**に変えたかのように、律とひまりの身体を押し潰す。壁はミシミシと音を立て、窓ガラスには歪みが走っていた。
「くそっ……! 重い……!」
律は、意識を失った刹那と、起動ケーブルを握るひまりを背に庇い、歯を食いしばって立ち塞がる。彼の肉体は、時間の重圧で悲鳴を上げていたが、彼の瞳には、時間流の歪みを示す青い波紋が、警告の光となって輝いていた。
「時間遅延フィールドは、秒速で収縮している! 今、後退したら、私たち全員、時間軸の塵になるわ!」ひまりが叫んだ。
『操作者』の佐藤梓は、白い杖を静かに回し、その冷徹な青い瞳でひまりの動きを観察していた。
「無駄よ、時野ひまり。あなたたちの**『知識』は、『力』がなければ、ただの紙束に過ぎない。この少年は、もう動けない。あなたの『防衛壁』は、永久に『未完成』**のまま沈むわ」
佐藤梓の合図と共に、二人のオービターのエージェントが、**光の円盤**を律めがけて投擲した。
ヒュン!
律の頭の中で、ディスクが迫る一秒前の光景が、クリアな残像となってフラッシュバックする。
(来る! 奴らのディスクは、時間流を静止させて、俺を切り裂く!)
律は、覚醒した時間センサーの力で、**ディスクが通る『未来の軌道』を予測し、咄嗟に身体をひねった。光の円盤は、律の頬をかすめ、彼の背後にあった本棚を、一瞬で『時間の静止塊』**に変え、粉砕した。
「馬鹿な……! 静止時間の軌道を、肉眼で予測した!?」封鎖者が唸った。
「その少年こそ、時間軸の異質なアンカーよ。彼を先に排除しなさい!」佐藤梓が命じる。
最後の数センチと、苦痛のパスワード
律の抵抗で、ひまりは数秒間の猶予を得た。彼女は、床に横たわる刹那へ、最終起動信号のケーブルを繋ごうと、必死に手を伸ばす。しかし、時間遅延の圧力で、ケーブルの先端と、懐中時計の接続口のわずか数センチが、遥かなる距離となって立ちはだかった。
「くそっ……届かない!」
ひまりの額には、脂汗がにじむ。彼女の知識は未来の脅威を打ち破るが、彼女の肉体はただの人間だ。
その時、佐藤梓が、ひまりのすぐ目の前に、**光と共に『シフト』**した。
「終わりにしましょう。あなたの古代語は、子供の遊びよ」
佐藤梓は、ひまりの首筋に、冷たい白い杖の先端を突きつけた。
「さあ、コアの解読情報を全て吐き出しなさい。それが、あなたの**『知恵』の最後の使い道**よ」
ひまりは、死の恐怖に直面したが、その目に宿る知的な輝きは消えなかった。彼女は、刹那の懐中時計を、ただ見つめた。
「あなたたちには、分からない。このコアは、知識だけでは起動しない。**『力』**だけでもない……」
ひまりは、震える唇で、起動パスワードの最後のピースを呟いた。
「それは、『苦痛の回転』……! 時間軸に引き裂かれる、覚悟の共鳴よ!」
彼女は、渾身の力を込めて、最後の言葉を叫んだ。
「コアは、**『時間跳躍者の魂』**を要求している! あなたがたには、決して持ち得ないものを!」
コアの覚醒:時間反転の防衛壁
佐藤梓は、ひまりの言葉を敗者の戯言として冷笑した。
「馬鹿げている。感情など、時間軸のデータにすぎないわ」
彼女が、白い杖に力を込め、ひまりを時間の流れから抹消しようとした、その瞬間。
律が、人間を超えた雄叫びを上げ、時間遅延の結界を肉体の力で無理やり打ち破り、封鎖者めがけて体当たりを敢行した。
ドォォォンッ!
律の絶望的な特攻は、封鎖者の時間操作をわずかに乱した。その一瞬の隙。
ひまりは、白い杖の先端から放出される時間遅延のエネルギーを、最後の起動信号として利用することを瞬時に閃いた。
「起動!」
ひまりは、白い杖の先端を、刹那の懐中時計の接続口へ、無理やり誘導した。
キィィィィィィィィィィィン!!
刹那の**『苦痛のノイズ』、ひまりの『知識の信号』、そして佐藤梓の『時間遅延エネルギー』。三つの異質な周波数が、螺旋の懐中時計の内部で完璧に共鳴**した。
懐中時計は、青白い光を放つのではなく、全ての色を吸収したかのような**『絶対的な無色』**の光を放った。
ゴォォォォォォォォォ……!
研究室全体を押し潰していた時間遅延フィールドが、**一瞬で『逆回転』**を始めた。
それは、時間を過去に戻すのではない。**オービターが仕掛けた『干渉』**そのものを、**発生源へと強制的に『反転』**させる、コアの防衛機能だった。
封鎖者と、残りの二人のエージェントの身体が、コマのように回転を始めた。彼らの時間軸の基盤が、強制的に揺さぶられている。
「な……何だ!? この時間の反発は!?」封鎖者が悲鳴を上げた。
佐藤梓も、白い杖から伝わる制御不能なエネルギーに、目を見開いた。
「コアが、完全起動した……! **時間反転の防衛壁**よ!」
オービターのエージェントたちは、能力を強制的に停止され、時間流の激しい吐き気に襲われ、研究室の壁に叩きつけられた。彼らは、未来のテクノロジーが、古代の叡智によって完全に封鎖されたことを知った。
『お前たちは、俺の時間を弄ぶな』
意識を失っていたはずの刹那の口から、地を這うような、低い声が響いた。彼の瞳は固く閉じられたままだが、彼の『魂』が、コアを通じて、オービターに最後の警告を発していた。
佐藤梓は、敗北を認めざるを得なかった。彼女は、残ったエージェントたちと共に、光と共に研究室から強制的にリコールされた。
静寂が戻った研究室で、ひまりは、螺旋の懐中時計を握った刹那の手を、そっと握った。
**『クロノス・コア』は、完全な防衛システムとして起動した。彼らの作戦基地**は、今、オービターの追跡から、一時的に守られたのだ。
しかし、刹那の生命力は、コアの維持に吸い取られ、風前の灯火だった。
「刹那……! 助かったわ……。でも、あなたは、このコアの**『錨』**として、永遠にこの場所を離れられないかもしれない」
ひまりの目から、一筋の涙がこぼれた。時間の戦いは、命の代償を要求していた。




