最終周波数と、アークへの総攻撃
千堂高校の廃墟となったプールサイド。倒れ伏した刹那の元へ、夜明けの街を全力疾走してきた律とひまりが、ようやく辿り着いた。
「刹那!」
律は、地面に横たわる刹那の姿を見て、思わず叫んだ。刹那の肌は高熱を帯び、血管は浮き上がり、彼の左手首の螺旋の懐中時計は、まるで内部で溶けているかのように蒸気を上げていた。
律は、震える手で時計を外そうとしたが、ひまりが鋭く制した。
「触らないで! それは今、彼の**『時間流の循環器』と一体化している! 無理に外せば、彼の時間軸が永遠に停止**する!」
ひまりは、すぐにブリーフケースから冷却ジェルと特殊な医療キットを取り出し、刹那の額と首筋に貼り付けた。彼女は、祖父の資料から、時間跳躍者が能力を過剰に使用した際の**『時間軸疲弊』**の症状を知っていた。
「コアの共鳴周波数が、彼の肉体を**『加速させすぎた』のよ。もう一度あんなシフトを使えば、彼の存在そのもの**が、時間軸から抹消される」
律は、悔しさに拳を握りしめた。彼は**「アンカー」**として、刹那に力を振り絞らせてしまった。
「くそっ……俺は、ただのお荷物かよ!」
「違うわ、律くん」ひまりは冷静に言った。「あなたが**『青い波紋の消滅』を報告したおかげで、私たちは彼を助けに来られた。それに、刹那が限界を超えたシフト**を使ったことで、最も重要なデータが手に入った」
ひまりは、医療キットに組み込まれた小型レコーダーを起動させた。それは、刹那の懐中時計が白い杖に接触した瞬間に発した、新たな共鳴周波数を記録していた。
「見て! これよ! **『防衛システムの最終起動パスワード』**の、最後のピース!」
苦痛(痛み)が示す最終解読
彼らはすぐに、大学の研究室へと戻った。刹那は意識を失ったままだが、呼吸は安定している。
ひまりは、机に散乱した羊皮紙と、レコーダーのデータを並べた。
「祖父は、このコアの起動パスワードを**『三つの音階』で構成していると記していた。一つ目は、『孤独な観測』の周波数。二つ目は、『共闘の決意』**の周波数」
ひまりは、三つ目の音階、すなわち最後の周波数を示す暗号図形に、深く集中した。その図形は、他のものよりも複雑で、**『螺旋語』では「苦痛の回転」**と訳されていた。
「これまでは、この**『苦痛の回転』**が、どんな周波数を示すのか分からなかった。でも、今、分かったわ」
ひまりは、レコーダーが記録した、白い杖との接触時の周波数を指さした。それは、不規則で、激しい、破壊的なノイズだった。
「このノイズこそが、『苦痛の回転』よ。刹那が限界を超え、肉体が時間流に引き裂かれそうになった時の、魂の叫び。コアは、単なる技術ではなく、**時間跳躍者の『覚悟』**を要求していたの」
祖父・賢治は、**『クロノス・コア』**の起動には、能力者の精神的な極限が必要だと知っていたのだ。
ひまりは、羊皮紙、二つの既知の周波数、そして刹那の**『苦痛のノイズ』を、一つの巨大な数式**として統合した。
「完成よ。これが、時間軸の防衛システム、『クロノス・コア』の完全起動パスワード!」
彼女は、その三つの音階を、一つの電子信号へと変換した。残すは、この信号を螺旋の懐中時計へと入力するだけだ。
「これで、私たちのアークが完成する。オービターの干渉から、刹那の時間軸を守る盾が」
オービターの総攻撃
その瞬間、研究室の窓ガラスが、ビリビリと震え始めた。
律が、鋭く顔を上げた。彼の時間センサーとしての瞳が、警告の青い光を放っていた。
「やばい! 波紋だ! 尋常じゃない! 研究室全体を、青い波紋が巨大な津波みたいに覆い尽くしている!」
律の視界には、大学全体が、分厚いゼリーのような時間遅延フィールドに包まれていく光景が見えていた。
電話が鳴った。ひまりが震える手で取ると、それは、外部回線から送られてきた、佐藤梓の冷徹な声だった。
『時野ひまりさん。あなたの**『知識』と、時永刹那の『力』**の位置を、特定しました。あなたの研究室は、時間軸から切り離された『孤立した島』として、まもなく永久に封鎖されます』
「あなた……!」
『私たちは、あなたたちがコアの解読を急いでいることも予測済みです。だからこそ、この最終段階で、全てを回収する。私たちオービター**『第二監視班』は、総力を挙げて、あなたの研究室を制圧**します』
ドォォォンッ!
研究室のドアが、外側から強力な時間遅延エネルギーによって叩き割られた。
立ちふさがったのは、**黒コートの『封鎖者』**と、白い杖を構えた佐藤梓。彼らの背後には、さらに二人のオービターのエージェントが、**光の円盤**を手に控えていた。
「これが、私たちオービターの**『本気』よ、ひまり。あなたたちのアーク**は、今、時間の大海に沈む」
佐藤梓は、白い杖を研究室の床に突き立てた。
時間遅延フィールドが、研究室全体を、重力のように押し潰す。
律は、激しい圧力に耐えながら、刹那とひまりを庇うように立ち塞がった。
「くそっ……! 来るなよ!」
ひまりは、顔に汗をにじませながら、解読を終えた起動信号を、手に持ったケーブルで、意識を失っている刹那の懐中時計へと繋ごうとした。
「間に合って……! アークを起動させれば、私たちは守られる!」
知恵(Knowledge)と力(Power)の最後の接点。しかし、黒コートの封鎖者が、そのわずか数センチの距離を、時間遅延の壁で隔てた。
「させない」
絶体絶命の窮地。 刹那は、意識を失ったまま、時間軸の最深部で、最後の共鳴を待っていた。




