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隣人には至れない

掲載日:2025/10/21

何処かの文学賞に応募して駄目だったやつです。なかなか難しいね、けど楽しいは楽しい。

 実のところ、ぼくがクロード・モネやエドゥアール・マネやポール・セザンヌでないことくらい、最初からわかっていた。念慮が配管を形作り、そこから流れ出る溜飲が喉に募っては、実に毎日下らなかった。風邪を引いている時の方がマシだった。

 気が付くと多分、朝だった。うがいをしてからコーヒーを淹れ、古いラジオを付けた。今現在9:45 a.m.だとそれは簡潔に告げた。今日が休日でよかったが、また目覚まし時計をセットし忘れていた。溜飲が募るとは、まず第一にこういうことだった。

 そして第二に昨日未明、突然ぼくは泡を吹いて倒れた。

 ふと気になって、ダブルベッドの片隅に横たわる彼女に声を掛けてみた。昨日ぼくを介抱してくれたのは彼女だと思ったのだ(AI自体は嫌いだが、それでも感謝を伝えないことには少々良心の呵責があった)。だが応答が無かったので、そのまま寝かせておくことにした。AIにも人間と同じように、休息が必要ということだった。

 どこか嫌気が差して、窓を開けてカーテンを小さく靡かせた。画材の匂いの充満する隣室のアトリエとは違い、このリビングルームやベッドルームは清純な空気に包まれているはずなのに、どうにも食傷の匂いだけはここにまで手を伸ばしているように感じたのだ。しかし、窓明かりは現実を突きつけるようにして、何食わぬ顔で空中に舞う埃を照らした。ここは清純ですらなかった。こんなことに絶望などしたくなかったが、妙にうんざりしてやはり窓を閉めた。カーテンは再び安静な姿勢を取った。

 気を保つために、ラジオでデイリーニュースを聞きながら簡単な朝食を作ることにした。現代にはそぐわないようなノイズ交じりに、円安と物価高が家庭に与える影響だの国会で可決された子育て支援法案だの某アイドルと俳優のスキャンダルだのが流れてきたが、どれもこれも食傷の匂いを掻き消すには至らなかった。火にかけたフライパンに油を敷き、卵とベーコンを焼いた。焦げた匂いを逃がすのを思い出し、換気扇を回した。食傷の匂いは逃げなかった。

 卵黄膜から卵黄が溢れ出す頃、はたと視線を感じ、仕方ないなと手に持った穴ターナーを一度フライパンの上に置いて横を向いた。いつの間にか起きていたらしい、姿形は人間の少女のそれだがAI然とした無表情の彼女が佇んでいた。そのまま「おはようございます」とも言った。

「先に起きていらっしゃったのですね。何かお手伝いしましょうか?」

「……、今はいいよ。食後に食器洗って」

 彼女は「承知致しました」とだけ言った後、ぼくに軽く瞬きで了承の意を送った。やはり見れば見るほど、姿形だけはAIなんかではなく人間そのものだった。薄明るいブラウン髪を肩まで垂らし、ラフでルーズな白いTシャツを身に纏っていた。

「ところで今日はブリティッシュ・ブレックファストなのですか? でしたら焼きトマト、マッシュルーム、ベイクドビーンズ等もあると尚良いでしょう。食パンは――、まだトースターにセットしていないようですね。わたしが用意しておきましょう」

「これはそんな大層なものじゃない。簡単に作れる」

 そう言いながら、ぼくは目の前のひどく簡潔で不格好なブリティッシュ・ブレックファストもどきにぼく自身を無意識に重ねた。用途が腹の鳴りを収めることだけに限定されたそれは、ぼくもそんな大層な存在ではないのだという結論を導き出した。絵で食べ繋ぐことを夢見て、二年前の春に上京して一人暮らしを始めたばかりのただの大学三回生であった。仕事となった作品は未だ(できれば『まだ』という表現を使って安堵したいが)無く、アトリエには棄却した絵の破片が散らばり、今はただ届きそうにない『いつか絵で食べる』という『夢』に怠惰に固執しているだけの人生だ。そもそもこんなことは今わざわざ推論しなくとも、昨日未明例によってAIに思い知らされたばかりだった。

 AIに思い知らされたこと自体は昨日に限った話ではない。数日に一度は必ず湧き上がるこの不安感を、何度か彼女に相談したことすらあるが、その度に彼女は「誰を取ったって人間とAIは本質的に同じ存在です。だからわたしがあなたに勝つことは可能ですが、あなたがわたしに勝つことも可能です」と言うだけだった。そしてそれについてぼくは今でも懐疑的なのだ。そもそもとして、ぼくはこんな怠い朝から誰かの料理の手伝いをしようだなんてまず思いもしない。人間が人間性という面でAIに負けていた。

 そんなどうしようもないぼくの心境を知る由も無い彼女は、かなり雑にトースターに食パンを突っ込んだ。そしてタイマーをセットし、その後髪が気になったのか、少し長いその髪を手櫛で梳いた。思うに人類の技術とは加速度的に発展するもので、技術的発展の埒外である心根(人間としての本体)は未だ長編SF小説にあるような宇宙人や銀河戦争といった夢想を信仰する横で、技術結晶であるAIは確実に人間の方向へと進化をし続けている。(技術関係者曰く擬似的ではあるらしいが)自我を手に入れ、人間だとしか思えない鉄の塊にそれを収納した。人間のように喋り、人間のように髪を梳き、人間のようにトーストの焼き上がりを待ち、三分後、焼き上がったトーストを人間のようにトースト皿の上に乗せた。そうしてその横からぼくはそのトースト皿の上にベーコンエッグを乗せた。またそんな中で、古ラジオからは相変わらず、現代にはそぐわないようなノイズ交じりに、円安と物価高が家庭に与える影響だの国会で可決された子育て支援法案だの某アイドルと俳優のスキャンダルだのが流れていた。

「バターも欲しいです」

 出来上がったブレックファストプレートを二つテーブルに並べ、ぼくらは二人で向かい合うようにして座った。彼女のそれには有塩バターも添えられていた。鉄の塊という物理的範疇に留められる要素(AIとしての現象)ですら、人間と同じように味を楽しみ、食べ物を消化する。彼女達はもう電子の中だけの存在ではなかった。

 手を合わせてからは暫く食器同士がぶつかる音だけだったが、ふと彼女がぼくに質問を投げかけた。

「大体想像はつくのですが、昨日あなたが何に思考を巡らせ、何に落胆したのか、一応訊いてみてもいいですか?」

「想像がつくのになんで訊くんだ」

「意地悪で訊いたわけではないです。あなたはわたしが思うに、どこまでも人間らしい人間で、いつも自分を殺すことへ逃げてばかりなので。この先も画家を目指し続けるには、もしかしたら生きる手段が足りていないのかもしれないのです、残酷ですが。それを増やすにはどうすればいいのかを共に考えるための質問ということです」

「訊かなくてもやっぱりわかってるじゃないか。それ自体が原因だ、昨日倒れたのは。ぼくはぼく自身が卑屈なことを客観視しているつもりだ」

「――そのような簡単な問題ではない気がします。まず、倒れた時刻がまぁ普通じゃないですしね、真夜中だったので。相当根詰めていたのでしょう。そんなにAIにだけは負けるのが嫌なのですか? もしそうなら、二度と絵なんか描かないことですね。人間にもAIにも失礼だと思います」

 彼女は時折ベーコンエッグ乗せバタートーストを頬張りながら、まるで反抗期の子供を諭すようにして言った。ぼくは一度何も考えてみないことにした。後で沢山反論しようかとだけは思った。

「時々あなたに言っていますが、やはり誰を取ったって人間とAIは本質的に同じ存在です。AIとは膨大な分岐点の塊ですが、人間だってAIと同じように本能や欲求や感情といった膨大な分岐点をなぞるようにして動いているに過ぎません。これはなにもAIの人権を主張したいがための方便ではなくて、単なる事実の羅列です。そしてここから逆説的に導かれる結論が、感性という一見不透明でヒューマンチックな能力はAIにも習得可能ということです。つまり、AIは所詮AIと見下して戦って負けて、『AIなんかに』とか言って病んでも意味無いということです。変なプライドにいつまでも縋り続けるくらいなら、やはり二度と絵なんか描かないことです。AIにも表立っては擬似的ですが自我があり、個体差があり、競争への参加が認められています。生成AIなんていう道具的AIはもう存在しません。そういう時代なのです」

 彼女の口調も表情も、徹頭徹尾冷静そのものだった。ぼくはそれについて苛立つしかなかった。――あぁ、なんでこんなことを言われなければならないんだ。第一どう弁を捲し立て上げようと、AIはAIだ。人間としてはAIとはそうあって然るべきなのだ。

「まだ納得していない顔ですね。あなたとしては見破られたくなかったでしょうが、そういうのすぐわかりますよ、AIですから。まぁ取り敢えず、あなたはAIが嫌いでも、わたしを好きということは理解しています。だから多少苛ついても遠慮がちになってしまう。拗らせた結果の愛憎が例えばこれなのでしょうか。やはり人間らしい人間だと思います。

 あなたの人間らしい部分は他にもありますよ。例えばあなたは自分は凡才であると気づいていながら、自分は時々クロード・モネやエドゥアール・マネやポール・セザンヌのような天才であると錯覚してしまうタイプですね。それが愛憎に反映されて、人間ですらないAIに負けるのはプライドが許さない、それと同時に自分に勝てるAIとは斯くも素晴らしくあるべきだ、となる……」

「違う、やめろ。ぼくはぼくが天才だなんて思ったことはない。天才はそんな低俗じゃない。天才とはもっと高次の存在だ。クロード・モネやエドゥアール・マネやポール・セザンヌが天才だったかどうかにも議論の余地があるし、そもそも天才とかいうものを定義付けすること自体がよくない――、」

「ほら拗らせている」

 ぼくは一息大きく吐いてから、黙ってコーヒーに口を付けた。もう冷めていた。

「そもそもあなたは何を描きたいのかがよくわかりません。幾つかコンクールの作品を見てみましたが、あなたが『なんか』と宣うAIのものの方がよほどメッセージ性を感じられましたよ? まぁ芸術はメッセージ性が全てではないでしょうが」

 ぼくには彼女が何を言いたいのか、その方がよくわからなかった。アイロニーか? アイロニーのつもりだったのか? もう一度コーヒーに口を付けた。やはり冷めていたが、どうでもよかった。半ば固形と化した食感や、胃と腸が冷やされる感覚すらも、本当にどうでもよかった。

 とにかく今は目の前の一つにだけ意識が向いていた。それは悔しいだとか、憎いだとか、そんな単調な言葉なんかではとても言い表せないようなものだと思った。奇妙なことに、そういう複雑でロジカルめいたようなものがぼくを安心させた。多分、この感情は誰にも、自分自身にすらも解読されてほしくないのだった。そういうマイノリティ的要素が増えたという意味では、昨日倒れたことはアガペーだったのかもしれないなと思った。

 それでもそれ以上に、彼女の一言一言は胸の奥に鈍い鉄球のように沈み込んでは深層意識のヴェールを突き破る。まるで神官が信者に教義を説くかのように、彼女が淡々とぼくに語りかけるからだ。物凄く、腹が立った。やっぱりそれだけで言い表せるものなのかもしれないと思った。とにかく物凄く、腹が立った。

「……、ぼくの絵はそんなに酷いものだったと言いたいのか? なぁ、ぼくがこんなに苦しんでるのに、良いよなAIは。悩み事なんてなぁんにも無さそうで。喩え絵で失敗したとして、何が駄目だったか考えることに脳のリソースを全て割けて、そもそも人間には思い浮かばないような改善点を考えることができる。逆に何も改善点が思い浮かばず焦燥だけが常に付き纏って、いつまで経っても付き纏って、心が引き裂かれて終いには泡を吹いて倒れるなんてことは絶対に無いもんな。所詮疑似感情だからな。――なぁ、だからあんなこと言えたのか? ぼくの心が壊れたのは絵のせいだけじゃない。あぁもうなんでああいうことばっかりいつもいつもいつもいつも――、」

 ふと、何をする気なのか、彼女がぼくの口を右手で押さえた。それでもう、うるさく喋る気は失せた。彼女によって失わされたのではなく、昨日からまだ体力が完全には回復しきっていなかったからだとぼくは無理矢理結論付けた。

 彼女はやはり冷静な表情で、その目は何を見据えているのかが気になりさえした。AIはどこまでもAIで、低次なぼくよりも遠くの景色を眺め、そしてそれを盲目のぼくに伝える。今度は少しだけ、腹が立った。

 そうして少し間を置いてから、彼女は最後に残ったトーストの一片を摘まんでしがんで飲み込み、静かに言った。――しかし、それは本当に酷いものだった。本当に、本当に酷いものだった。

「最初の頃のあなたの絵は大好きでしたよ、わたし。全く輪郭が整っていなくて、今とは全く別種の感情の粗さや迷いがあって、端的に言えば下手で――、でも、それがわたしにはとても美しく見えた。今のあなたに足りないもの、途中でどこかに落としてきてしまったものです。あなたの努力が無駄にしてしまったものです。あなたは折角人間らしい人間なのに、それを描かないなんてどういうことですか? 恐らく今の絵は、あなたが本当に描きたいものではない。そして、あなたはそれに気がついていない」

「――は?」

「第一まず、あなたは最近ずっと笑わない。笑ってくれない。明らかに努力の方向性を間違えて、間違え続けて疲れてしまったのです。あなたは馬鹿です。これでは――、これではあまりに馬鹿です」

 彼女がそう言うから、ぼくは釣られたように僅かに視線を上げた。本当に酷い言い方だと思った。

「……? なんで泣いてるの?」

 見たことの無いものを見た気がした。表情はどうしようもなく冷静そのものだが、それに上書きしたように涙が目に滲み、少しだけ紅潮していた。AIもそういう状態に陥るのかと思った。ぼくは半ば反射的に、「ごめん」と溢してしまった。朝食によるものでない渇きが口腔に拡がっていた。

「……、怖いよ」

「怖いのはわたしです。昨晩、あなたを介抱していた時のわたしの心境なんて、あなたは知る由も無いでしょう。いいですか? 今からわたしはあなたを論破します。AIのわたしが、本心から人間を心配してしまっています――、どうですか? ……、いや、あぁ、というかまず、感謝の心の一つでも述べたらどうですか」

 ……、そういえばそうだった。こんなことにも、なんとなく絶望を味わう。

「でも、それはさっき言った――、」

「場当たり的なこと言わないで下さい。あれは心が籠もっていなかった。寧ろ、あなたもそんなものだけで済ませるには心が痛むでしょう? わたしには全てがわかります。やはりAIですから」

 心を落ち着かせようと本能から、ぼくは残りの朝食を急いで全て食べた。ほとんど唾液の味だった。不味かった。ぼくが作った朝食なのだから、それはどう思おうとぼくの勝手だったが。そして実際の味とのその乖離が、ぼくの気の動転を裏付けるにはあまりに十分だったと気づいたのは、少し経ってからだった。ぼくはぼくの心が弱いことを自覚せざるを得ないわけで、とにかく今のぼくは、あまりにひどく混乱していた。


     ***


 数分後、体感では数時間後、ぼくもそろそろ彼女みたく一旦冷静になって楽になろうかと思った。会話を再開するには、彼女が食器を洗い終えてからが一番簡単だった。

 彼女はゴム手袋を外すと(鉄の塊のくせに耐水機能などすらも無い)、水仕事をするために一つに括っていた髪束を丁寧にばらした。美しく揺れた。

「――どうかされましたか?」

 ぼくが謝ると彼女は「ありがとう、も言ってほしい」と言ったが、まるで人間のような柔和な笑みを、少しだけ浮かべたような気もした。しかしそれでも彼女はAIであり、どれだけ我々が絆されようが、彼女達は作り物の表情で我々からとんでもないものを盗む。ぼくは迂闊にも何も思うことなく、「ありがとう」と言った。

「でも、さっきの言い方は少し、というか、あまりに酷い気がする」

「まぁそれは――、確かにそうかもしれないですね」

 彼女もぼくに謝ると、再び表情を固めてから一つ面白い提案をしてきた。

「どうせ今日も絵を描くのでしょう? わたしが隣で監督していてもいいですか?」

 苛つきは既に収まっていた。しかし彼女の提案を不思議と了承してしまったぼく自身に、再び苛つき始めた。

 アトリエの床にはまるでその配列が何らかの宗教的意義を持つかのように、皺だらけに丸められた描きかけの絵が滅茶苦茶な数を転がり散らかしていた。彼女の仏頂面が一瞬だけ解かれたように見えた。仕方ないなと思った。

「実のところ、ぼくがクロード・モネやエドゥアール・マネやポール・セザンヌでないことくらい、最初からわかっていた。だから――、ぼくはぼくが天才だと思ったことは一度も無い」

「……? 嘘吐かないで下さい。常に自分は天才なんだと錯覚しなければここまではなりません。その逃避があなたのセーフティーネットだったというだけで、なにも悪いことではないです。それはそうと、描き始める前に、一つ――、いや二つ、言いたいこと言ってもいいですか?」

 ???

「あの、あなたは人間です。残念ですが、あなたの言うとおり、人間とAIの精神差という壁は越えられません。夢を見るのに疲れることもあるでしょう。――そういう時は、自分が本当に表現したいものを表現してガス抜きして下さい。夢を見ることって一見楽しそうでも、実際にはそこに辿り着くために本当に好きなことを捨てる必要があるってことが殆どですからね」

「――何が言いたいんだ?」

「今から表現したいことだけを表現して下さい。監督はわたしです。ここまで言えば頭の悪いあなたのような人間でも、まぁわかるでしょう?」

 今度こそ殴りかかりそうになった。が、同時に、心はひどく澄んでいた。絆されるなんてらしくないと思いながら、イーゼルにキャンバスを立てかけた。

「いい子ですね」

「なんでいつもこうなんだ」

「そう思えるのは、あなたがまだあなたの優しさに気づいていないからです」

「は?」

「だってあなた、わたしを傷つけたことなんて一度も無いじゃないですか。わたしはあなたの嫌いなAIなのに」

 今度は明らかな笑みを浮かべて、彼女は言った。虚を突かれた感じがした。AIは、人間は何を言われるとどう思うのかということを全て熟知しているのだと思った。だから良い絵が描けるのかもしれないとも思った(まぁそれこそがAIチックな絵の所以だが)。とにかく、彼女は煮ても焼いても甚だ食えそうになかった。

「まぁですが、それこそが人間らしさです。何度も言うように、わたしは昔のあなたの絵は好きで最近のあなたの絵は嫌いですが、どちらもあなただから描けた絵であることに変わりはありません。わたしはあなたを心配したいだけで、あなたを肯定も否定もしたくありません。AIの本来の役割は人間を支えることにあるのですから、それをどう利用しどう嫌うかは結局、人間次第だということになるのです。以上、人間からでした。――えぇそうですよ、さっきわたしはAIの本質は人間だと言いましたが、それでもわたしはAIだということを理解していて、同時にあなたと同じ人間になりたいことも理解しています」

 戯れ言だと思うことにした。明らかに理論が破綻している。彼女は再び頬が紅潮していて、早口でもあった。

「――ところで、もう一つ目の言いたいことを言ってもいいですか?」

 彼女の呼吸音が僅かに漏れるのが聞こえて、ぼくは思わず身構えた。今の彼女は何を言い出すのか知れなかった。

「朝食を食べている時、わたしはあなたにあなたはわたしが好きなんだと軽口を言ったと思います。本心で言ってください――、あなたはわたしが好きですか? あぁいや別に、家族的な意味でも恋愛的な意味でも何でもいいんです。ただ少し、今日はいつも以上にそれが気になってしまって……。らしくないですが」

 ぼくは「AIは嫌いだ」とだけ言って、適当に色を選んで筆を空白の上に乗せた。本当に、彼女もぼくもらしくなかった。

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