N3_BABY STEP
「朔たーーーーんっ!」
目が合った、その瞬間だった。
少女は一目散に、僕に向かって駆け出してくる。タックル。もはやタックルだ。日大ラグビー部が見ていたら、思わず拍手しかねない勢いの。
「痛って!」
身長百四十五センチの小さな体は、四年前からほとんど伸びていない。一方で僕の背は、今でもわずかずつだが成長を続けている。
体格差だけで言えば、そこまで衝撃があるはずはない。——はずなのに。
このエネルギーの塊みたいな少女は、毎度毎度、僕を吹き飛ばす勢いで抱きついてくるのだった。
……いや、「少女」と呼ぶのは少し違うかもしれない。
彼女はこう見えて十八歳。高校三年生。僕より一学年上で、れっきとした『年上』だ。
「えへへ〜、おはよう! 朔たん! 今日も朝日を受けてなびく髪が、蜂蜜の琥珀みたいでとっても綺麗だよ!」
「どういう物質なんだよ、それ……」
周りの目もあるし、引き剥がそうと腕を伸ばす。けれど彼女は、僕の手をするりと躱し、そのまま腕を組んできた。
「地球誕生規模の奇跡みたいな色って意味。生命と悠久の時のマリアージュ。蜂蜜の甘さと、古い本みたいな渋さの混合物。甘渋ミックス?」
「なんだその、原宿でも流行らなそうな甘味のカテゴリーは……」
腕を振りほどこうとすると、彼女はまたもやするりと躱し、今度は反対側の腕にしがみつく。
そんな攻防を繰り返していると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「まーた、イチャイチャしてる……」
「いつもの化学部カップルだ。」
反射的に否定したくなって、周囲を見回す。けれど彼女は、そんな視線などまるで気にも留めず、にこにこと笑いながら、なんなら手まで振り返してしまう。
「やめてよ、茉莉花」
そう言うと、彼女は昔から変わらない、子どもみたいな笑顔で舌を出した。
——彼女は、榎本茉莉花。
高校の先輩で、化学部の部長で、そして、僕の幼馴染だ。




