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わらう若き哲学者たち(本編)  作者: 白髪書生
N1-1 恋の薬はプラセボに留めよ
5/5

N3_BABY STEP

「朔たーーーーんっ!」

 目が合った、その瞬間だった。

 少女は一目散に、僕に向かって駆け出してくる。タックル。もはやタックルだ。日大ラグビー部が見ていたら、思わず拍手しかねない勢いの。

「痛って!」


 身長百四十五センチの小さな体は、四年前からほとんど伸びていない。一方で僕の背は、今でもわずかずつだが成長を続けている。

 体格差だけで言えば、そこまで衝撃があるはずはない。——はずなのに。

 このエネルギーの塊みたいな少女は、毎度毎度、僕を吹き飛ばす勢いで抱きついてくるのだった。

 ……いや、「少女」と呼ぶのは少し違うかもしれない。

 彼女はこう見えて十八歳。高校三年生。僕より一学年上で、れっきとした『年上』だ。


「えへへ〜、おはよう! 朔たん! 今日も朝日を受けてなびく髪が、蜂蜜の琥珀みたいでとっても綺麗だよ!」

「どういう物質なんだよ、それ……」


 周りの目もあるし、引き剥がそうと腕を伸ばす。けれど彼女は、僕の手をするりと躱し、そのまま腕を組んできた。


「地球誕生規模の奇跡みたいな色って意味。生命と悠久の時のマリアージュ。蜂蜜の甘さと、古い本みたいな渋さの混合物。甘渋ミックス?」

「なんだその、原宿でも流行らなそうな甘味のカテゴリーは……」


 腕を振りほどこうとすると、彼女はまたもやするりと躱し、今度は反対側の腕にしがみつく。

 そんな攻防を繰り返していると、どこからともなく声が聞こえてきた。


「まーた、イチャイチャしてる……」

「いつもの化学部カップルだ。」


 反射的に否定したくなって、周囲を見回す。けれど彼女は、そんな視線などまるで気にも留めず、にこにこと笑いながら、なんなら手まで振り返してしまう。


「やめてよ、茉莉花」


 そう言うと、彼女は昔から変わらない、子どもみたいな笑顔で舌を出した。

 ——彼女は、榎本茉莉花。

 高校の先輩で、化学部の部長で、そして、僕の幼馴染だ。

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