救ひ
〈修司忌の陽光思ふ秋淋し 涙次〉
【ⅰ】
(俺は今、何処にゐるのだらう? カンテラの事務所‐ 故買屋Xとやらに憑いてゐたんだ‐ そしてカンテラに斬られた...)‐ 前回參照。
【ⅱ】
テオの4匹の連れ子、文・學・隆・せい。「お外」解禁である。それには条件があつた。石田玉道の処方してくれた、良く利くと評判の蚤除け首輪を嵌める事である。これには、石田の故郷、へびつかひ坐・某恒星系惑星の進んだ科學力がものを云つてゐる。
外に出ると、だうしても野良と交はる事になる。自然、蚤を伝染される。事務所内に蚤は嚴禁だ。彼らは、蚤除け首輪を嵌めて貰ひ、恐る恐る外氣に触れた。事務所内に籠つてゐたのでは味はえない刺激‐ 次第に生き生きしてくる。
【ⅲ】
せいは4匹の中で唯一♀。彼女は野代ミイが嫌ひだつた。*「父ちやんを誘惑して、母ちやんを淋しがらせる」‐それが理由だつた。ミイは然し、時折事務所に招かれ、饗されてゐる。その度に嫌な氣持ちになる。テオは彼らにとつての、最も身近なヒーローであつたから、当然、「ミイを取るか、あたしたちを取るか」と、テオに撰択を迫りたくても、畏れ多くて、出來ない。
* 当該シリーズ第12話參照。
【ⅳ】
ミイがやつて來た。テオは、他人の目を憚りながらも、だうしてもやに下がる自分を抑へる事が出來ない。何度も繰り返すのはだうかと思ふが、猫に近い人間、として彼女ほど完璧な者はゐない。尻尾が生えて、所謂猫耳なのに、胸が膨らみ、腰つきも悩ましい。エロ漫画に出て來る猫人間の女その儘だ。
【ⅴ】
冒頭の獨白は、勿論【魔】のもの。然も、魔界に帰れぬ、はぐれ【魔】になつた【魔】である。‐憑依出來る人間さえゐれば、この人間界に留まれる。それを見付けないと、彷徨へる魂としての、当てどもない放浪の每日が待つてゐる。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈淋しさを分け持つ黑い半球よ童は見たり黑薔薇一輪 平手みき〉
【ⅵ】
テオはミイの隣りに坐を占め、悦美の作つたご馳走を食べてゐた。でゞこ、連れ子たちは、いつもの餌置き場で、「猫缶」を食べてゐる。なんたる差別! せいからして見ると、ミイとでゞこの間に横たはる闇は、途轍もなく廣い。
「別にご馳走はだうでもいゝけど、母ちやんが可哀相」。然し、テオはそれに頓着せず、一坐の主として振る舞ひ、でゞこを顧みない。
【ⅶ】
ミイからすれば、せいにこんなふうに思はれてゐる自分の、「惡女」振りは理解出來なかつた。このギャップはだうにも埋め難い。‐こゝで、前述の【魔】の出番、である。せいに怨まれてゐるミイは、「怨み」を媒介として、【魔】にとつての好餌となつてゐた。
ミイ、憑依された自覺はない。が、次第にせいが目障りになつて來た。自分でも譯も分からず、たゞ「殺セ! 殺セ!」と云ふ聲に從ひ、せいをがぶり、嚙んだ。せいは死んだ。
【ⅷ】
かうなると、文・學・隆は黙つてゐない。テオに泣き付く。「父ちやん、せいが‐」テオは口から血を滴らせ、四つん這ひで歩いてゐる、ミイを見付けた。「ミイちやん...」絶句。
【ⅸ】
哀れ、せい。自分に憤りを感じつゝも、どこかミイを許してしまふ、そんな己れに、テオは直面しなければならなかつた。と云つて、たゞぼうつと突つ立つて(?)ゐる譯にも行かない。「僕にはミイちやんを斬ることが出來ない」‐書斎に置いてあるテオ・ブレイドが泣いてゐる。
【ⅹ】
ミイをカンテラが見付けた。その惨狀たるや、まさに地獄繪圖である。まだ齡若い猫を、猫人間が嚙み殺すと云ふ‐
結局、ミイは「我が事務所内の者を殺害した」罪に依り、カンテラに斬られた。「しええええええいつ!!」
【ⅺ】
テオの茫然自失は暫く續いた。「ご免よ、せい、ミイちやん。僕が至らなかつたせゐで」‐彼にそんな自分が許せただらうか? 答へは、否、である。だが、こゝで自死の道を撰んだら、それこそ待つてゐるのは魔道だ。
「濟みません、カンテラ兄貴」‐暫し冷却期間が必要さうだ。カンテラは思つた。
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〈モルフォ蝶の鱗粉指に愁思する 涙次〉
じろさんが云つた。「誰にでも過ちはある。たゞ、云へてゐるのは、それを乘り越えて、パワーアップ、スケールアップして甦る事が、出來るかだうかだ」‐武道の達人らしい、含蓄ある言葉である。
だがそれは、今のテオには、途方もなく髙い障害であつた。作者としてのカウント法、「エピソオド」單位となるが、數エピソオドはテオを休めませざるを得なさゝうだ。
この回は、特に救ひらしい救ひもなく、お仕舞ひとなる。ぢやまた。