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『スプラッシュ・サマー・キス♡』[夏のホラー2025 恋とホラー⑥]  作者: のびろう。
春風ももか編『夏の図書館と、最後のナゾ』
3/39

第一章:「閉じこめられた午後と、雨の匂いの少年」

――閉じこめられた。


その言葉が頭をよぎった瞬間から、胸の奥がきゅっと苦しくなった。


「えっと……冗談だよね……」


わたしの声は、静まり返った図書館の空気に吸い込まれていく。

扉はピクリとも動かない。窓の鍵も、外からかかってるみたいだった。


でもおかしい。だってさっきまでは、風が吹いてたんだよ? 人の気配だって、あった。

あの“来館者ノート”だって、あの新聞の切り抜きだって――全部、わたしに向けられてるみたいだった。


「……なんで、わたしの名前……?」


怖い。でも、目をそらしちゃいけない気がした。

そう思っていると、背中にひやりとした風が触れた。


「君、けっこう度胸あるんだね。泣かないんだ?」


振り返ると、また、彼がいた。

白いシャツに、濡れたような黒髪。

あのときと同じ笑顔で、古い本を手に持って。


「うわ、びっくりしたっ……!」


わたしが後ずさると、彼は「ごめん」と言って笑った。

でもその笑い方が、どこか――やさしくて、くすぐったくて。


「図書館で閉じ込められたの、はじめて? この時間になると、出られなくなるんだよ。潮の満ち引きみたいにさ」


「……あなた、誰?」


わたしの問いに、彼は少しだけ首をかしげてから答えた。


「この図書館にずっといるんだ。……“見守る係”ってとこかな」


「職員さん……じゃ、ないよね?」


「まあね。たぶん、君が思ってるより昔からここにいる」


その言い方、気になったけど、なんとなく聞き返せなかった。


「それより――“七つの問い”って、なに?」


わたしが持っている紙片を、彼がのぞきこむ。


「それはね、君がここから出るために、答えなきゃいけないものだよ」


「答えなきゃ、帰れないの……?」


「うん。でも、簡単なことじゃない。……たとえば、最初の問い。“この夏を終わらせたいか”――君は、どう思う?」


わたしは口をつぐんだ。


夏を、終わらせたいか。


ライブ、ロケ、撮影、レッスン。めまぐるしい毎日。

大変だけど、大好きな仲間たちと笑い合える、最高にキラキラした夏。

だけど、わたしは……。


「まだ、わかんない」


彼が少しだけ目を細めた。


「それが、正直だね。……ももかちゃんって、素直な子なんだ」


名前を呼ばれた瞬間、胸がドキンと鳴った。


「なんで、名前……?」


「ノートに書いてたよ。春風ももかって。昔から、よく来てた名前なんだ」


「昔から……?」


わたしが問い返す前に、館内のどこかで、水音がした。

ぴちょん。ぴちょん。


「……なんか、濡れてる?」


「下の階があるんだ。地下書庫。最近、水が湧いてて……立入禁止なんだけどね」


彼が歩き出す。わたしも無意識に、彼の背中を追いかけていた。

知らない図書館の中。なぜか、その背中だけは信じられる気がして。


階段を降りると、空気が一気に冷たくなった。

コンクリート打ちっぱなしの壁。古い棚に、紙のにおい。

そして、床には……確かに水がたまっている。


「この部屋、変なんだ。昔の記憶が、染み出すみたいに」


彼が呟くように言った。


「思い出とか、気持ちとか……水に溶けるんだよ。ゆっくり、ゆっくりと」


「思い出が……溶ける?」


「うん。ここでね、誰かを待ってた記憶も、名前を呼ばれるのを願った声も、全部……水になってる」


わたしは彼の横顔を見た。


まつげが長くて、きれいな横顔。

どこか切なくて、寂しげで――でも、安心する。


「君が来たとき、嬉しかったよ。……もしかしたら、やっと“君”に会えた気がしたから」


「“君”? わたしのこと?」


彼はこくりと頷いた。


「もう何年も、何十年も……君の名前だけが、消えなかった」


その言葉が、胸の奥にぽちゃんと落ちて、波紋を広げた。


名前を、呼ばれた。

この夏に、はじめて、ちゃんと。


わたしは気づいた。


この図書館は、ふたりだけの秘密基地だ。

この夏が、今ここから始まってるんだって。


そして――

この少年に、恋をしてしまったってことに。

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