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『スプラッシュ・サマー・キス♡』[夏のホラー2025 恋とホラー⑥]  作者: のびろう。
幽谷 しずく編:「旧校舎の七番目、恋する幽霊」
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エピローグ「恋が終わり、恋が始まる」

八月三十一日。

夏休み最後の日。

夕焼けに染まる雲が、風のように流れていく。


わたしは、ひとりで旧校舎の音楽室にいた。

静かで、少しだけひんやりしていて、

あの日と、なにも変わらないはずの風景。


でも、あの日の彼はいなかった。

カナトは――あの夜、鏡の奥の世界に消えてしまった。


彼の想いを抱いたまま、

わたしはこの世界に戻った。


彼の“存在”は、わたしの胸の奥に宿ったまま。

もう会えなくても、その想いがある限り、

わたしは前を向いて、生きていけると思っていた。


……でも、本当は。


――もう一度だけでいい。触れたい。

あの声を聞きたい。

あの唇に、もう一度キスをしたい。


そのときだった。


鏡の表面が――音もなく、揺れた。


水面に風が吹いたように、

ひとしずくの光が波紋を描いて、

そこから――彼が現れた。


「……カナト?」


涙が一気にあふれた。


夢じゃない。幻じゃない。

ちゃんと彼のぬくもりが、そこにある。


「迎えにきたよ、しずく」


彼は、微笑んで手を差し出した。

前よりも、大人びた顔。

でも、あの夏の夕暮れに見せたあの目と、変わらない優しさ。


「どうして……?」


「君がずっと想ってくれたから。

君の中の“ぼく”が、消えずに残ったから。

そして……今日が、“法要の日”だから」


「……法要?」


カナトは、小さく頷いた。


「七不思議の花嫁は、“一度だけ現世に戻る”とされている。

想いを捧げられ、祈りを捧げられた日。

それが、今日。八月三十一日。

――ぼくと、きみが“再び出会える日”」


わたしの心は、涙と一緒にあふれていった。


「ねえ、しずく」


「……うん」


「もう一度、恋してくれる?」


彼の言葉に、わたしは微笑んだ。


「……もう、“もう一度”どころじゃないよ。

きみに何度恋したって、また恋したくなるんだから」


そう言って、わたしは彼に飛び込んだ。

胸に顔をうずめて、しがみつく。


彼の手が、そっと背中にまわる。

細くて、少し冷たくて、でもちゃんと温かい。


そして――唇が、重なった。


小さな、でも確かなキス。

再会の証。恋の証明。

――そして、これからふたりで歩む未来の扉を開ける合図。


校舎の外では、夏祭りの打ち上げ花火が最後の音を鳴らしていた。


空が赤と青に染まり、

星がゆっくりと顔を出す。


「これからは、もう消えない?」


「うん。きみが“ぼくの居場所”を作ってくれたから。

……今度は、こっちで生きていける」


「それなら……よかった」


カナトの頬に手を添えて、

もう一度、ゆっくりと口づけた。


彼の胸に耳を当てると、微かな鼓動が聞こえた。

生きている。想っている。

この瞬間が、本当の奇跡。


「カナト、あのね――」


「うん?」


「この夏、わたし……ほんとうに、恋を終わらせて、生まれ変わったんだ」


風が吹き抜けた。


二人の髪が重なり、影が伸びる。


世界に、たったひとつの愛がここにあって。

それを知る者は、もうふたりしかいない。


それでもいい。


それが、わたしの――


「“スプラッシュ・サマー・キス”」


そう、そっと口にしたとき、

わたしたちの夏が、永遠になった。


(幽谷 しずく編・完)

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