表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『スプラッシュ・サマー・キス♡』[夏のホラー2025 恋とホラー⑥]  作者: のびろう。
幽谷 しずく編:「旧校舎の七番目、恋する幽霊」
18/39

第四章「扉の向こうで、もう一度恋をする」

八月七日。

夏祭りの夜、校舎の窓からは遠くの花火が見えた。


わたしは、制服のまま、誰もいない旧校舎の廊下を歩いていた。

夜の校舎は、もう怖くない。

むしろ、心が落ち着く場所になっていた。


あの日――

カナトと交わした約束は、夢だったのかもしれない。

でも、あの熱も、痕も、感触も、全部が本物だった。


わたしは、彼を宿して生きている。


でも、ここ数日。

彼の“声”を感じなくなっていた。


体温が下がっていくような、

静かに終わっていくような、寂しさが胸に広がっていた。


だから、わたしはもう一度、鏡の前に来た。

扉を開けるように、

眠る彼に、語りかけるように。


「カナト……ねえ、もう一度、会いたいの」


「わたし――もう一度、恋がしたい」


言葉が、静寂に吸い込まれていく。


でも、その瞬間だった。


ぴちょん……


床に、水音が落ちた。


足元を見ると、光る水のしずくが広がっていく。

まるで、鏡の中の世界が逆流してきたように。

空気が波打ち、温度が変わる。


「……しずく」


その声は、心の奥から響いた。


鏡の中に、再び彼が現れた――

けれど、今度は“鏡の中”ではなかった。


鏡の表面が、ひとつの“扉”のように、

音もなく開いたのだ。


「――ようこそ、僕の世界へ」


彼は手を伸ばしていた。

前よりもはっきりと、温かく、現実に近い存在だった。


「ほんとうに、行ってもいいの?」


「うん。きみの心が扉を開けてくれた。

今度は、きみの意思で来てほしい」


わたしは、彼の手を取った。


光が、わたしを包んだ。


水の中のような感触。

でも、苦しくない。むしろ、懐かしい。


そして、次の瞬間――


世界が、反転した。


そこは、見たことのない風景だった。


校舎のようで、校舎ではない。

静かで、ぬくもりに満ちていて、

どこまでも青い、光の海のような空間。


「ここは、魂の記憶が漂う場所。

ぼくは長い間、ここにいた。

でも、きみが来てくれたから……もう、ひとりじゃない」


カナトの瞳が、わたしを見つめる。


「ずっと、言いたかった。

……しずく、きみに恋をした」


わたしは、息をのんだ。


胸の奥が、ぎゅうっと熱くなって、

気づいたら、涙がこぼれていた。


「……わたしも……恋してる。

きみが幽霊でも、記憶でも、想いの残りでも、

わたしは、きみを好きになったの」


カナトがそっと近づく。

唇が、重なる。


あたたかく、深く、

魂と魂が触れ合うような感触。


わたしの心が、震える。

彼の想いが、波のように押し寄せてくる。


「――もう、戻れないかもしれない」


彼は、呟いた。


「この世界に来たら、きみは“人間”としては戻れないかもしれない。

時間も、記憶も、姿も……いろんなものが変わっていくかもしれない」


「それでもいいよ」


わたしは、微笑んだ。


「だって、きみと一緒にいたいから。

それが、“恋を選ぶ”ってことなんでしょ?」


カナトの目が潤んだ。

彼は、わたしを強く抱きしめた。


「ありがとう……ありがとう、しずく」


そして、わたしたちは

光の中に、溶けていった。


水面がきらめき、空間が揺れる。

ふたりの心が、ひとつになって、

新しい形に生まれ変わる。


それは、“幽霊”と“人間”という垣根を超えた、

まったく新しい――魂の恋。


目を覚ましたとき、

わたしは、自分の名前を忘れていた。


でも、隣にいた男の子が、

わたしの手を握って言った。


「……しずく」


その名前に、胸がぎゅっと締めつけられた。


わたしは、きっと、

もう一度、彼に恋をする。


――扉の向こうでも、

わたしたちの恋は、何度でもはじまる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ