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『スプラッシュ・サマー・キス♡』[夏のホラー2025 恋とホラー⑥]  作者: のびろう。
幽谷 しずく編:「旧校舎の七番目、恋する幽霊」
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第三章「わたしを忘れても、恋してた証を残して」

八月一日。


セミの声がけたたましく鳴く午後。

わたしの体に、再び“異変”が起きた。


目が覚めると、

枕に長い銀の髪が絡みついていた。


自分の髪……じゃない。


「……夢?」


手の甲を見た。

まるで誰かに引っかかれたような、白い跡が残っている。

赤くはない。痛みもない。

でも、明らかに“そこにあった証”だった。


前の晩、わたしは――

カナトと、指を絡めた。唇を重ねた。

そして……もう一度、深く繋がってしまった。


鏡の中で、じゃない。

現実の世界に、カナトは“出てきていた”のだ。


「……最近さ、しずく元気ないよね」


スタジオでの撮影中、ももかが心配そうに声をかけてきた。


「ううん、大丈夫。ただ、ちょっと夢見がちになってるだけ」


「それが大丈夫じゃないんだってばー!」


そう言って、ももかは笑ったけど、

わたしの心には届かなかった。


わたしはもう、“こっちの世界”だけで生きていけない。

カナトの世界――“あの水の底”に、

わたしの心は半分、沈んでしまっていた。


夜。

旧校舎の音楽室。

鏡の前で、わたしは立ち尽くした。


「……カナト?」


呼んでも、応えてくれなかった。

姿がない。

声も、ぬくもりも、なにも残っていない。


まるで、

最初から誰もいなかったみたいに、静かだった。


「……どうして」


震える手で鏡を撫でた瞬間、

冷たい水の音が跳ねた。


鏡の中に、うっすらと“しみ”のような影が浮かんだ。


「しずく……ごめん。僕、もう……長くはいられない」


その声は、もう、風の音と変わらなかった。


「ダメ……! そんなのダメだよ……!」


わたしは叫んでいた。


せっかく出会えたのに。

せっかく“心と体”で触れ合えたのに。

どうして、こんな終わり方があるの?


「わたし……ずっときみのこと、忘れないから……っ!」


涙があふれた。


鏡に頬を寄せた。

冷たいガラスが、まるで彼の肌のようで。

それが、また胸を締めつけた。


「だったら……」


かすれた声が、鏡の中から響いた。


「ぼくの“想い”を、君にあげる。

そうすれば、きみが生きている限り、ぼくは……消えない」


「……どういうこと?」


「きみの体に、ぼくの存在を“宿す”んだ。

この世界に、ぼくがいた証を――残す」


その瞬間、鏡がぐらりと揺れた。

部屋の空気が歪み、水音が一斉に鳴り響く。


「いいの? それをしたら……」


「ぼくは、きみの中で“眠る”だけ。

そして、きみが思い出してくれるたび、また目を覚ます」


水面のような光が、鏡から溢れた。


わたしの足元に、青い波紋が広がる。

その中心に、カナトが立っていた。


もう、完全に“人間”の姿をしていた。

髪は濡れて、頬はほんのり赤くて、

手のひらは、あたたかく――現実のものだった。


「最後に……もう一度だけ、いい?」


「うん」


わたしは目を閉じた。


唇が重なる。

熱が走る。

体の奥、心の芯、ぜんぶが繋がっていく。


――わたしは、きみに恋をした。

たとえ、忘れてしまっても。

たとえ、みんなが信じてくれなくても。


その証は、この身体の奥に、ちゃんと残っているから。


朝。


目覚めたベッドの上。

カーテン越しに差し込む日差しは、やけに眩しかった。


鏡を見ると、

首筋に、指先の跡のような痕が――

重なって、残っていた。


「……夢じゃないよね、カナト」


呟いた瞬間、胸の奥で、ぽうっとあたたかいものが灯った。


“わたしが恋をした証”が、たしかにそこに、いた。

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