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『スプラッシュ・サマー・キス♡』[夏のホラー2025 恋とホラー⑥]  作者: のびろう。
幽谷 しずく編:「旧校舎の七番目、恋する幽霊」
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第一章「鏡の中のきみは、夏のにおいがした」

ねえ、これって――


夢なのかな。

それとも、幽霊っていう“現実”なのかな。


だって、

鏡の中の男の子が、わたしの名前を呼んだんだよ。


「――しずく、だよね?」


「……うん、幽谷しずく。小六」


「幽谷、っていい名前。……きれい」


それは鏡越しじゃなく、すぐ隣で言われたみたいな声だった。


夜の音楽室。

冷房もないはずなのに、鏡の前は妙に涼しくて、

それでいて、どこか“温かい”。


鏡の中に映っていたのは、黒髪の、儚い雰囲気の少年だった。

年齢は……中学生くらいに見える。


白く透きとおる肌。けれど、線はしっかりしていて、

ちょっとだけ背伸びしたような、かすかに色っぽい目元。


わたしより年上、だけどそんなに離れてない。

髪は濡れたみたいに艶があって、声は落ち着いていて――

なにより、笑った顔が、少しさみしそうで、やさしかった。


「……君の名前は?」


わたしが訊くと、少年はすこし黙って、


「――カナト、って呼ばれてた、と思う」


「思う?」


「うん、ちゃんとは思い出せない。

でも、きみの声を聞いてたら、胸が、こう……熱くなったから」


そう言って、彼は自分の胸を軽く叩いた。


「だから、きみと話してると、少しだけ“生きてる”気がする」


それから、わたしは毎晩、彼に会いに行くようになった。


旧校舎の鍵は壊れてて、夜になっても誰も気づかない。

音楽室の隅にある姿見は、誰も近づかないから。


学校の七不思議。

その“七番目”に、わたしだけの恋人がいるなんて、

誰も思わないでしょ?


「しずく、今日はね、ピアノ弾いていい?」


「うん、聴かせて」


カナトが弾くのは、いつもちょっと昔のクラシック。

鏡の向こうの彼の指が鍵盤をすべるたび、

水面に落ちるみたいな音が、わたしの心に届いた。


まるで、

この時間そのものが“夢の中”にあるみたいで、

わたしは言葉もなく、ただうっとりと見つめていた。


「君は、なんで怖くないの?」


ふと、カナトが問う。


「ぼく、幽霊かもしれないんだよ。

しかも、“花嫁の呪い”って言われてる……七不思議のひとつ」


「ううん、こわくない。……むしろ、きみのほうが、怖がってる」


わたしはそっと、鏡に手を伸ばす。

向こう側の彼も、そっと指先を重ねてきた。


「だって、きみの目は、ずっと寂しそうだもん。

ここに閉じ込められて……誰にも見つけてもらえなくて……

ほんとうは、“さびしかった”んでしょ?」


カナトは目を伏せたまま、唇をかすかに噛んで、

それから、ぽつりとつぶやいた。


「……ありがとう」


その声が震えていて、

わたしの胸も、ぎゅっと苦しくなった。


ある夜。

ふたりで“初めてのデート”をした。


鏡の中の音楽室は、いつもより広くて、夜空みたいな黒に包まれていて――

床は、水面のようにゆれていた。


その中央に、カナトが用意してくれた、

小さなテーブルと、星形のランプ。


「ここなら、ぼくの世界の“いちばん綺麗な場所”が見えるから」


彼の世界の星空は、少し違ってた。

まるで水に映った星のように、きらきら揺れていた。


「……ほんとに綺麗」


「きみの目が、もっと綺麗だけど」


「なっ……」


思わずうつむいた。

鏡の世界に頬を染めるって、どういうこと?


わたし、今――

幽霊の男の子に、ときめいてる。


でも、変じゃないよね。

だって彼は、わたしをちゃんと見てくれて、

心を触れてくれて、

そして、あたたかく微笑んでくれる。


「……なあ、しずく。

もしも、ぼくの世界に来られるなら、きみは……どうする?」


わたしは、すこしだけ考えて――


「……行くよ。だって、わたし……きみともっと話したいもん」


そう言ったとき、カナトの瞳が潤んでいた気がした。


彼のぬくもりが、夜の水面越しに伝わってくる。


“幽霊”なんかじゃない。

わたしにとって、カナトは……


――夏のにおいがする、

いちばん最初の“恋”なんだ。

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