エピローグ:「命のとなりで、キミを愛した」
あの日のことを思い出すと、いまでも心が熱くなる。
わたしの手の中にあった、彼の鼓動。
恐怖の中で交わしたキス。
体の奥に届いた、熱とやさしさ。
それはたしかに、命と命が結ばれた瞬間だった。
小学生アイドルのわたしが、
無人島で、命がけで、
恋をして、愛し合った――なんて言ったら、誰も信じないかもしれない。
でもそれでいい。
あれはわたしたちだけの夜。
真実は、ふたりだけが知っていればいい。
九月になって、ライブのリハーサルが再開された。
メンバーたちは、いつものように笑っている。
ももかは図書館の撮影のことでテンションが高くて、
しずくはダンスの構成にうるさくて、
りりあは新しい衣装に夢中で、
ななせは振り返りで感極まって泣いていた。
わたしは……ただ静かに、いつも通りだった。
でも、きっと顔は少しだけ違ってたと思う。
みんなが気づかないくらいの変化――でも、彼にはわかる変化。
「……また、会える?」
リハ終わりの廊下で、そう聞いた彼に、わたしは少し照れながらうなずいた。
「うん。今度は、ステージじゃなくて、ふたりだけで」
わたしたちの関係は、“大人”から見ればまだあいまいなものかもしれない。
だけど、あの夜、
わたしは彼を選んだ。
心も体も――全部、彼に預けた。
それは、夢なんかじゃなかった。
あの夜を知らないまま、大人になるなんて、きっとできなかった。
あの夜を知らなかったら、わたしは、
ただ“強がってるだけの子ども”で終わってた。
だけど今のわたしは、もう違う。
わたしは、知ってる。
死ぬほど怖い夜を。
愛した人のぬくもりを。
心と体がつながることの、意味を。
だからこそ、わたしは歌える。
この夏、ひとりの男の人を、本気で愛したって。
たとえそれが、
“命のとなり”でしか叶わなかった恋だとしても。
ライブ本番、ステージのライトがわたしを照らす。
客席の奥で、彼が手を振っているのが見える。
誰にも気づかれないように、小さく笑ってうなずいた。
――ぜんぶ、ありがとう。
もう一度、恋をしよう。
今度は、命の隣じゃなくて。
もっともっと、平和な明日で。
だけど、どんなに穏やかな世界でも。
あの夜ほど、強く愛せる自信は――
たぶん、ない。
だって、あの夏は奇跡だったんだ。
それが、わたしの“スプラッシュ・サマー・キス”。
わたしは、命のとなりで、
確かに、あなたを愛したのだから。
(水無月あおい編:完)