第四章:「夜が明けたら、これは夢になると思ってた」
朝日が、海から昇る瞬間――
わたしは、静かに涙を流していた。
わけもなく泣いていた。
ようやく終わった。
生きてる。
彼も、わたしも。
でも一番大きかったのは、「あれが夢じゃなかった」って、やっと信じられたことだった。
それは突然の、救助だった。
島の外周を回っていた救命艇が、わたしたちを見つけた。
カメラマンのひとりが、かろうじて発信していた遭難信号が届いたらしい。
「無人島でスタッフが体調を崩し、撮影が中止になった」と報道された。
真相は、語られなかった。
ゾンビも、感染も、島の水も。
“なかったこと”になった。
関係者は沈黙を強いられ、アイドルであるわたしは特に――“語ってはいけない”と口止めされた。
でも。
「なかったこと」になんて、できるわけがない。
あの夜、彼と逃げたこと。
震える手を握ったこと。
触れ合って、涙を流したこと。
身体の奥まで結ばれて、彼の熱を感じたこと。
全部が、生きてる証だった。
「本当に、だいじょうぶ?」
病院で検査を受けた隼人くんは、ウイルスの反応は“陰性”。
つまり、奇跡的に助かった。
「水、飲ませてくれてありがとう。
……それよりも、俺を信じてくれてありがとう」
わたしは首をふる。
「違う。信じたんじゃない。
――いっしょに、死ぬつもりだっただけ」
彼の目が見開かれて、それからやさしく笑った。
「そっか。それ、あおいちゃんらしいな」
帰りの船の甲板で、
わたしたちは、なにも言わずに並んで座っていた。
風が涼しくて、潮の香りがくすぐったい。
「今でも……あの夜のこと、夢みたいに思う?」
「……思う。
でも、君の手を握るたび、ちゃんと現実だってわかる」
隼人くんが、そっとわたしの手を取った。
もう何度目だろう。
でも、何度でも思う。
この手を握ってくれた人が、
あの夜を共に生きた“恋人”なんだって。
それから数日後。
撮影は“別の場所”で仕切り直しになった。
りりあやももかたちは何も知らず、笑い合っていて、
わたしはひとり、その光景に、ひどく距離を感じた。
だけど、いい。
これは、わたしたちだけの“秘密”だから。
心も、身体も、あの夜でしかつながれなかった恋。
でも、それはたしかに、ここにある。
夕方。帰り道の公園。
「……あおいちゃん」
ベンチに座ると、隣には隼人くんがいた。
「ねえ、来年の夏さ」
「うん?」
「今度は、ふたりきりで島に行こう。
今度はちゃんと、恋人として」
「……うん」
迷いなく、即答だった。
わたしはそっと、ラムネ味のアイスを彼の口に差し出す。
「食べる?」
「いまは寒いよ」
「関係ない。これは儀式」
笑いながら、アイスをかじる彼の口元に、わたしは唇を寄せた。
もう一度、キスをする。
あの夜みたいに、ゆっくり、熱く、確かに。
夢みたいだと思ったことが、本物だった。
怖くて、死にそうだったのに、
その中で“誰かを愛した”自分が、たしかにいた。
だから。
この恋は、ちゃんと現実にしていく。
命の隣で始まった恋だからこそ、
わたしはこの先、何があっても――
彼の手を離さない。