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『スプラッシュ・サマー・キス♡』[夏のホラー2025 恋とホラー⑥]  作者: のびろう。
水無月あおい編『ゾンビの島と、たったひとりの夜』
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第四章:「夜が明けたら、これは夢になると思ってた」

朝日が、海から昇る瞬間――

わたしは、静かに涙を流していた。


わけもなく泣いていた。

ようやく終わった。

生きてる。

彼も、わたしも。


でも一番大きかったのは、「あれが夢じゃなかった」って、やっと信じられたことだった。


それは突然の、救助だった。


島の外周を回っていた救命艇が、わたしたちを見つけた。

カメラマンのひとりが、かろうじて発信していた遭難信号が届いたらしい。


「無人島でスタッフが体調を崩し、撮影が中止になった」と報道された。


真相は、語られなかった。

ゾンビも、感染も、島の水も。

“なかったこと”になった。


関係者は沈黙を強いられ、アイドルであるわたしは特に――“語ってはいけない”と口止めされた。


でも。


「なかったこと」になんて、できるわけがない。


あの夜、彼と逃げたこと。

震える手を握ったこと。

触れ合って、涙を流したこと。

身体の奥まで結ばれて、彼の熱を感じたこと。


全部が、生きてる証だった。


「本当に、だいじょうぶ?」


病院で検査を受けた隼人くんは、ウイルスの反応は“陰性”。

つまり、奇跡的に助かった。


「水、飲ませてくれてありがとう。

……それよりも、俺を信じてくれてありがとう」


わたしは首をふる。


「違う。信じたんじゃない。

――いっしょに、死ぬつもりだっただけ」


彼の目が見開かれて、それからやさしく笑った。


「そっか。それ、あおいちゃんらしいな」


帰りの船の甲板で、

わたしたちは、なにも言わずに並んで座っていた。


風が涼しくて、潮の香りがくすぐったい。


「今でも……あの夜のこと、夢みたいに思う?」


「……思う。

でも、君の手を握るたび、ちゃんと現実だってわかる」


隼人くんが、そっとわたしの手を取った。


もう何度目だろう。

でも、何度でも思う。


この手を握ってくれた人が、

あの夜を共に生きた“恋人”なんだって。


それから数日後。

撮影は“別の場所”で仕切り直しになった。

りりあやももかたちは何も知らず、笑い合っていて、

わたしはひとり、その光景に、ひどく距離を感じた。


だけど、いい。

これは、わたしたちだけの“秘密”だから。


心も、身体も、あの夜でしかつながれなかった恋。


でも、それはたしかに、ここにある。


夕方。帰り道の公園。


「……あおいちゃん」


ベンチに座ると、隣には隼人くんがいた。


「ねえ、来年の夏さ」


「うん?」


「今度は、ふたりきりで島に行こう。

今度はちゃんと、恋人として」


「……うん」


迷いなく、即答だった。


わたしはそっと、ラムネ味のアイスを彼の口に差し出す。

「食べる?」

「いまは寒いよ」

「関係ない。これは儀式」


笑いながら、アイスをかじる彼の口元に、わたしは唇を寄せた。


もう一度、キスをする。

あの夜みたいに、ゆっくり、熱く、確かに。


夢みたいだと思ったことが、本物だった。

怖くて、死にそうだったのに、

その中で“誰かを愛した”自分が、たしかにいた。


だから。


この恋は、ちゃんと現実にしていく。

命の隣で始まった恋だからこそ、

わたしはこの先、何があっても――


彼の手を離さない。

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