表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『スプラッシュ・サマー・キス♡』[夏のホラー2025 恋とホラー⑥]  作者: のびろう。
水無月あおい編『ゾンビの島と、たったひとりの夜』
11/39

第三章:「嘘だったら、君を信じないですんだのに」

朝がきて、わたしは彼の腕の中で目を覚ました。


その瞬間、最初に浮かんだ感情は――安堵。

生きてる。

彼も、わたしも、ちゃんとここにいる。


だけどその次に、胸の奥にわずかなざわめきが生まれた。


彼の額に触れた指先が、はっきりと“熱”を感じたから。


「ねえ……なんか、ちょっと熱っぽくない?」


「ん……そうかも。少しだるいな」


彼は微笑んで、わたしの手を取る。

でも、その笑顔の奥に、わずかな“気づいてる顔”があった。


わたしはそのとき、自分の心臓が、静かに凍っていくのを感じた。


彼が感染しているかもしれない。

それは、きっと昨日から――いえ、もっと前から始まっていたのかもしれない。


あのとき、彼の足にできた傷。

あのとき、濡れた床を通り抜けた彼の身体。

そして……わたしとキスを交わした、あの瞬間。


もし、あの熱がウイルスの兆候だったとしたら。

もし、あの夜で“彼の何か”が変わってしまっていたとしたら。


わたしは、どうするんだろう。


「ねえ……」


「うん?」


「もし、もしだよ? もし君が、“向こう側”になっちゃったら……わたし、どうしたらいい?」


彼は一瞬だけ目を閉じたあと、

静かに言った。


「――殺してくれ」


息が止まった。


「……そんなの、できないよ」


「でも、あおいちゃんがやらなきゃ、誰がやるの?

俺が“それ”になったら、君に危害を加える。

絶対、そうなりたくないんだ」


「だったら、生きててよ。変わらないでよ!」


感情があふれた。


怖くて、悔しくて、苦しくて。

わたしは、彼の胸にしがみついて泣いた。

子どもみたいに、ぐしゃぐしゃに。


「……信じてるよ。でも、もし嘘だったら……君を信じないですんだのに……!」


感染はまだ進んでない。

そう、思いたかった。


わたしは、残っていた“ミネラルウォーター”をすべて彼に飲ませた。


「島の水はだめ。たぶん、あれが原因……。これなら、まだ止められるかもしれない」


「君、ほんとに……なんなんだよ。強すぎる」


「強くなんかないよ。

君を、失いたくないだけ。わたし、初めてだったから……こんなふうに、誰かのことで泣くの」


彼が、静かに目を伏せた。


「じゃあ……俺も、強くなる」


その日、わたしたちはずっと手をつないでいた。

彼の熱は、夕方には少し落ち着いた。

でも油断はできない。


体温計も検査キットもない。

この島では、“鼓動”だけが頼りだった。


夜、ふたりで空を見上げた。

星が滲んで見えたのは、きっとわたしがまた泣いてたから。


「……あおいちゃん」


「なに?」


「俺、君に出会えてよかった。

死ぬ前に、君に触れられてよかった。

キスして、抱きしめて――君の“全部”を感じられて、ほんとによかった」


「やだ……やめて……遺言みたいに言わないで……!」


「でも、本当に……ありがとう」


彼がわたしを強く抱きしめる。

わたしの胸の奥が、ギュウって音を立てて、割れそうだった。


「君が“終わり”をくれたとしても、俺はぜんぶ、幸せだったから」


わたしは、彼の口を塞ぐように、もう一度キスをした。


黙って。

もう何も言わないで。

まだ終わってない。

まだ、生きてる。


このキスで、わたしは“彼の命”を、ここに引き止める。


明け方、彼は目を覚まし、穏やかに笑った。


「……あおいちゃん。俺、大丈夫かも」


その額には、もう熱がなかった。

汗がひとすじ、こめかみをつたって落ちた。


わたしはその涙みたいな水を、そっと指でぬぐった。


「うん。きっともう、大丈夫。

だってわたし、“感染”より深く、君のこと……愛してるから」


彼が照れくさそうに笑って、

「告白、ズルい」って言った。


そうしてふたり、朝日を迎えた。


もう一度、生きられる。

ふたりで、また明日が来る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ