表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『スプラッシュ・サマー・キス♡』[夏のホラー2025 恋とホラー⑥]  作者: のびろう。
水無月あおい編『ゾンビの島と、たったひとりの夜』
10/39

第二章:「きみの体温で、わたしは戦える」

わたしは、ひとりじゃない。

そう思えるだけで、息ができる。


それが“恋”ってやつなのかどうか、わたしにはまだわからない。

だけど――彼の手のぬくもりだけは、嘘じゃなかった。


夜が明けはじめていた。


でも、まだ明るくはない。

ぬかるんだ地面と、もやのかかった森。

湿った空気の中に、“あれ”らの気配が残ってる。


わたしたちは、洞窟を抜けて高台へと向かった。

ボートがあるのは、反対側の浜辺。そこまでたどり着ければ、助かるかもしれない。


でも、その途中――


「……っ、いった……」


隼人くんが倒れ込んだ。


「どうしたの?」


「さっき、転んだとき……多分、足やった」


見ると、ふくらはぎから血がにじんでいた。

切創と打撲。骨は大丈夫そうだけど、動ける状態じゃない。


「だめ、無理しないで。ここで……休もう」


あおいらしくもないと思った。

でもそのときのわたしには、彼を置いて進むなんて考えられなかった。


木陰に身を寄せ、応急手当をする。


消毒液がしみて、彼がわずかに眉をひそめた。


「痛いの、我慢しないで」


「……いや、泣きそうなんじゃなくて、感動してた」


「は?」


「……君がさ、アイドルなのに、サバイバル能力高すぎて」


「べつにアイドルだからって、弱いとは限らないでしょ」


「いや、なんか……安心する」


わたしの指先を見つめる彼の目が、やわらかく揺れていた。


「君がいて、ほんとによかった」


心臓が、跳ねた。


ふたりで身を寄せた廃屋の中。

壁も床も湿ってて、でも風を避けられるだけで、天国に思えた。


「熱……ある?」


わたしは、隼人くんのおでこにそっと手を当てた。


あったかい。いや、熱い。

でもこれは、発熱じゃない。

おそらく、緊張と疲労と――わたしと同じ、気持ちのせい。


「君は?」


「平気。でも……冷たいかも」


「うん。手が、すごく冷たい。ほら、こうして……」


彼が、わたしの指を両手で包み込んだ。


あたたかい。

心臓の音が、手のひら越しに伝わってくる。


「さっきの夜、洞窟でさ。ほんとは、怖くて、泣きそうだったんだ」


「……うん、わたしも。あのまま死ぬんじゃないかって」


「でも、生きてた。君がそばにいてくれたから」


目が合う。

その瞬間、わたしは――たぶん、恋をした。


ちゃんと、はっきりと、自分の意思で。


「隼人くん……」


名前を呼んだ瞬間、彼の唇が近づいた。

でもわたしは、逃げなかった。

逆に、そっと目を閉じた。


そして、キスをした。


初めてだった。


なのに、不思議と自然で、

怖くなくて、くすぐったくて、

身体がふわっと浮かんでいくみたいだった。


唇が離れても、しばらく呼吸が戻らなかった。


「ごめん、いきなり……」


「……嫌じゃなかった。

ていうか、たぶん……したかったの、わたしも」


もう、隠さなくていいと思った。


だって、わたしたちはこの島で、

お互いを“生き延びる理由”にしてる。


だから、ほんの少しだけ、

彼の首に腕をまわして、そっと顔を寄せた。


その先にあるものが何か、わからなかったけど――

怖くなかった。


彼の身体は、熱かった。

でもそれは“命”の熱で、わたしの冷えた心を溶かしていく。


わたしたちは、互いの体温を確かめるように、何度も唇を重ねた。

額をくっつけて、手を握って、

ゆっくりと身体を重ねていく。


服の上からでも、鼓動がわかる。

手をつないだだけで、涙が出そうになる。


彼の指が、わたしの髪にふれて、首筋に触れたとき、

わたしの肌はぴくっと跳ねた。


でも、逃げなかった。

「こわくない」って、そう言ってるように、

彼の目が、ちゃんとわたしを見ていたから。


夜の終わりが近づくころ、

わたしたちは、ぎゅっと抱き合っていた。


外から、雨音が聞こえる。


――これはきっと、祝福の雨。


「ありがとう……生きててくれて」


「君が、生かしてくれたんだよ」


それだけで、全部が報われる。


わたしは、もう怖くない。


だって、彼の体温を知ってしまったから。

心の奥で結ばれた、その確かさが、

わたしのすべてを強くしてくれる。


生きて、もう一度朝を迎える。

わたしたち、ふたりで。


夜が明ける。

雨にぬれた廃屋の屋根に、朝日がにじんでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ