追放された彫刻家~愛と技巧で元家族を打ち砕くのは最高のエンターテイメントなのですね?教えてくださりありがとうございます。あなた達は見なくていいのでお帰りください~
泡のように弾けた。夢をみる。何度夢見たことか。
「いつまでもここへ居られると思ったら大間違いだ。なにをしている?さっさと外へ出て行け」
冷たい声がエミリアの背中に突き刺さった。ふるりと怖気が走る。兄である騎士団長のギルベルトの目は氷のように冷たい。隣に立つ妹のソフィニアも憐れむような視線を向けてくる。
「お前のような出来損ないが、この名門貴族の家にいる価値はない」
理由など、分かりきっていた。気色ばむ周り。魔法の才能が皆無なエミリアは家族の中でただ一人、異質な存在だった。
常に異物扱い。幼い頃から兄妹は優秀な魔法使いとして周囲にもてはやされ。両親の愛情を一身に受けてきた。太陽のように。
一方、エミリアは常に日陰者。使用人同然の扱いを受け、辛うじて屋敷の隅で生きてきた。暗闇の影のように。
「……分かりました」
エミリアは震える声でそう答えるのが精一杯だった。今更、彼らに何を言っても無駄。諦めとほんの少しの安堵が胸に広がった。この冷たい檻から解放されるのだと。
ボロ布のような僅かな荷物を抱え、エミリアは屋敷を後にした。行く当てもなく、ただひたすら歩く。冷たい風が吹きつけ、心細さが募る。
「こんなことになるなら……」
ふと、前世の記憶が鮮明に蘇った。そうだ、現代で彫刻家をしていたのは。石と対話し、形を与え、魂を吹き込む。あの時の情熱と指先に残る感触が、今のエミリアの心を微かに温めた。
(そうだ、私にはまだ、あの時の記憶がある。彫刻なんて聞いたことがないけれど……彫刻家だったんだ私)
絶望に沈んでいたエミリアの心に小さな希望の光が灯った。どれくらい歩いただろうか。
疲れ果て、人気のない森の中で力尽きかけた時、優しい声が聞こえた。
「大丈夫ですか、お嬢さん?」
顔を上げるとそこに立っていたのは見慣れない美しい青年。びくりと肩が揺れ。深い藍色の瞳は優しさに満ち、風に揺れる銀色の髪が月明かりに照らされている。まるで幽霊に見えてしまう。
「は、はい。少し、道に迷ってしまって」
掠れた声で答えると、青年は心配そうに眉をひそめた。いい人なのかもしれない。
「こんなところで一人とは、危ない。もしよろしければ私の家で休んでいきませんか?」
彼の申し出に警戒しながらもエミリアは頷いた。他に頼る人もなく、疲労困憊だったのだ。休みたい。
青年に案内されたのは、森の奥深くにある、温かい光が灯る小さな家だった。彼はサーナスラと名乗り、この森で静かに暮らしているという。
サーナスラはエミリアに温かいスープと寝床を用意してくれた。久しぶりの温かい食事に、エミリアの体は徐々に力を取り戻していく。
「あの……ご迷惑をおかけして、すみません」
食後、エミリアは申し訳なさそうにサーナスラに言った。
「気にしないでください。困っている人を見過ごすことはできませんから」
サーナスラは微笑んだ。
「もしよかったら、しばらくここにいても構いませんよ」
彼の優しさがエミリアの凍てついた心を溶かしていく。
数日後。エミリアはサーナスラに、自分が家族に追い出された身の上であることを打ち明けた。サーナスラは驚きながらも、優しく耳を傾けてくれる。
「そんな酷いことを……エミリアさんに、何の落ち度もないのに」
彼の言葉に、エミリアは堪えていた涙が溢れそうになった。
「あ、ありがとうございます。サーナスラ様のおかげで、少しずつ元気を取り戻せています」
「様付けは止めてください。サーナスラと呼んでください」
彼は照れたように笑った。
「それに、もしよかったら、僕の家で何か手伝ってくれませんか?庭の手入れとか、簡単な家事とか……なんでもいいので」
エミリアは喜んで彼の申し出を受けた。サーナスラとの穏やかな日々の中で、エミリアはそうして、笑顔を取り戻していく。
ある日、エミリアは庭の隅に放置されたままの石を見つけた。何気なく手に取ってみると、不思議な温かさが伝わってくる。
(この石……なんだか惹かれる)
前世の記憶が蘇る。石の質感、重さ、どこを削ればどんな形になるのか頭の中に鮮明なイメージが湧き上がってきた。
いてもたってもいられずエミリアはサーナスラに頼んで、簡単な道具を借りた。見よう見まねで石を削り始めると、指先が覚えているかのように滑らかに石を削っていく。
最初は小さな花を彫ってみた。不格好ながらも確かに花に見える。サーナスラは目を丸くしてそれを見つめていた。
「これは……すごい!エミリアさんは、こんな才能があったんですね!」
彼の驚きと称賛がエミリアの胸にじんわりと広がった。初めて自分の存在を肯定されたような気がする。それからというもの、エミリアは時間を見つけては石を彫るようになった。
前世の記憶を頼りに様々なものを生み出していく。動物、風景、サーナスラの優しい笑顔。エミリアの彫刻はサーナスラの村でも評判を呼ぶようになった。
「できた」
素朴ながらも温かみのある作品は人々の心を惹きつけた。
そんなある日、村に訪問者が現れた。豪華な装飾を施した馬車に乗り、傲慢な態度で村人たちに話しかけている。エミリアの兄、ギルベルト。最悪。
「この村にエミリアという女はいないか?魔法の才能もない、出来損ないの妹だ」
村人たちは顔を見合わせ、誰も何も答えようとしない。エミリアがこの村で穏やかに暮らしていることを知っているからだ。
ギルベルトは諦めなかった。村の家々を強引に捜索し始める。
エミリアはサーナスラの家の裏に隠れ、恐怖に震えていた。まさか、こんなところまで追いかけてくるとは。流石に怖い。
その時、サーナスラが悲痛な表情でエミリアの手を握った。
「大丈夫です。僕が守ります」
彼の温かい手に、エミリアは少しだけ勇気をもらう。ギルベルトがサーナスラの家に踏み込んできた時、エミリアは覚悟を決めて前に出た。
「私が、エミリアです」
ギルベルトは信じられないものを見るような目でエミリアを見つめた。
「貴様!こんなところに隠れていたのか!」
「私は!あなたたちの所有物ではありません!隠れてないです!」
エミリアは、以前の弱々しい自分とは別人だった。
「自分の足で立ち、自分の力で生きています!」
ギルベルトは激怒し剣を抜こうとした。
「貴様ぁ!」
サーナスラが静かに前に立った。
「彼女に手を出すなら私が相手になります」
サーナスラの瞳には強い光が宿って、普段の優しい彼とは全く違う男の顔。ギルベルトはサーナスラの雰囲気に気圧されたのか、一瞬躊躇した。その隙に村人たちがギルベルトを取り囲んだ。
「村の者に手を出すな!」
「出て行け、よそ者!」
村人たちの強い言葉にギルベルトは舌打ち。全ての人間を切るとなると罪に問われる。罪状もないものを切ると罪に問われるだろう。すごすごと馬車に戻っていった。騒動の後、エミリアはサーナスラと村人たちに感謝する。
「ありがとうございます!」
彼らの温かさがエミリアの心を深く癒してくれた。
「いーってことよ」
エミリアは決意した。この穏やかな日々を守りながら自分の才能を磨き、いつか必ず、自分を追い出した家族を見返してやると。簡単に己をくれてはやらない。
数年後。エミリアの彫刻は王都でも評判を呼ぶようになっていた。繊細で力強い作品は見る者の心を捉え、多くの人々を魅了する。
王族や貴族からも注文が舞い込むようになり、エミリアは一躍有名芸術家となった。祈願は叶ったのだ。
ある日、王都で開催された美術展にエミリアの兄、ギルベルトと妹のソフィニアが訪れた。彼らは噂のエミリアの作品を見ようと、興味本位で足を運んだらしい。
会場に飾られた数々の美しい彫刻を見て、二人は息を呑む。生きているかのような動物たち、壮大な風景。
作品の中で最も目を引いたのは優しい微笑みをたたえた、サーナスラの胸像だ。胸像の作者の名前を見た瞬間、ギルベルトとソフィニアは愕然とした。
「エ……エミリア……なぜ、ここに?」
信じられない思いで二人は会場の係員に尋ねた。
「この作品の作者であるエミリアは、どのようなお方なのですか?」
係員は誇らしげに答えた。
「エミリア様は我が国の宝です。その才能は専門家達も認められており、近々、賞が贈られる予定です」
ギルベルトとソフィニアは言葉を失った。青く顔を染めていく。自分たちが「役立たず」と蔑んでいた妹が、今や国を代表する芸術家として尊敬されているその事実に。
その時、会場にひときわ美しい女性が現れた。陽光に輝き、優しく微笑んでいる。それは、見違えるほど美しくなったエミリアだ。
「なっ」
隣には優しげな眼差しで見守るサーナスラの姿が。エミリアは兄と妹に気づくと、勝ち誇ったような表情で近づく。
「お久しぶりです、兄様、妹様」
その声には過去のような怯えは微塵も感じられない。
「なんで……」
他人行儀。自信と勝気な思いに、満ち満ちていた。ギルベルトとソフィニアは苛立ちを押し殺し、ぎこちなく挨拶をした。
「あ……ああ、エミリア……こんなところで、一体……えっと」
震える声音。
「私は今、彫刻家として生きています」
エミリアは微笑んだ。
「そ、それはっ。その」
笑う。
「おかげさまで、多くの方に私の作品を愛していただけるようになりました」
二人はエミリアの才能と成功を目の当たりにし、昔の自分の行いを深く後悔。あの時、少しでも優しくしていればこんなことにはならなかったのに。
女の栄光を自分たちのものにできたかもしれない。醜く歪む表情。しかし、エミリアの心は彼らの元に囚われてはいなかった。理不尽な扱いを受けた過去は彼女を強くし、新たな才能を開花させるための踏み台。
「そ、そうですか……り、立派になられて……は、ははは」
ギルベルトは絞り出すような声で言った。くすり。
「ありがとうございます」
エミリアは義務的な笑顔を返す。
「ですが、あなたたちに認めてもらわなくても幸せです。サーナスラと私の作品を愛してくれる人たちがいれば、それで十分です」
家族との決別を意味していた。エミリアの言葉にはねっとりしたような恨みはなく、ただ、距離を置きたいという思いだけがある。
「っ!そ、んな」
「あ、あ」
ギルベルトとソフィニアは何も言い返すことができなかった。自分たちが犯した過ちの大きさを、今更ながら痛感。
「うぐっ、お、お前のせいだっ」
「兄様っ、私だけのせいではありません!」
「お前がまだ優しくしておけばっ」
背後から擦り付けが聞こえる。エミリアはサーナスラと手を取り合い、誇らしげに会場を後にした。彼女の背中には山を乗り越え、道を切り開いた者の気迫が溢れている。傍らにはいつも優しい眼差しで見守る、最愛の恋人の姿。
「エミリア、帰ったらどうする?」
「決まってる。作業の続きをする」
後に、元家族達は誉高い芸術家をこの世から消そうとしたとどこかから噂が流れて、人知れず消えていくことになったという。
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