1
藤の花が咲く季節だった。庭園いっぱいに咲き乱れる紫の花。
「サツキがいなくなって、もう五年か」
墓の前でしゃがんで手を合わせている男がいた。川上龍太郎高校二年生。ごく普通の男子学生である。誰かの墓参りに来ているようだった。
風が吹いた。藤の花片が空高く舞い上がる。
「ただいま」
聞き覚えのある、可愛らしい声。
龍太郎の目の前にある墓石の後ろから十歳くらいの少女が顔を出した。肩まであるさらさらの髪がふわりと揺れる。
誰がいるのかすぐに分かった。毎日のように見ていた顔だったからだ。
「うわあああああ」
龍太郎は驚き尻餅をついて、目の前の少女を震える手で指さした。
「お、おばけ!」
それは五年前に行方知れずになった幼なじみの姿そのものだった。
「オバケじゃないよ、生きてるよー」
少女はクスクスとおかしそうに笑っていた。笑い方も声もサツキだった。
「さ、サツキなのか?」
信じられない思いで、龍太郎は幼なじみの名前を口にした。
「もちろん」
サツキは龍太郎に微笑んだ。
開いた口が塞がらなかった。実際疑う想いしかなかった。五年もいなくなっていた人間が突然姿を見せたのだ。しかも年を取っていない以前の子供の姿のまま。それをはいそうですかと受け入れるほうがどうかしている。
「ま、まだわからん! お前の誕生日は!」
そうだ、これはサツキを偽った別人かなにか、はたまた物の怪の類いかもしれない。サツキに関することを質問してみようと龍太郎は思った。
「五月一日」
「好きな食べ物は!」
「塩ラーメン!」
「兄貴の名前は!」
「啓介」
「いつも履いているパンツの柄は」
「くまさんパンツ!」
「本物だ……」
紛れもなく本物だった、こんなことを知っているのはサツキ本人しかありえなかった。でもどうして、居なくなった頃のままの姿なのだろうか。生きているのだとしたら、俺と同じ十六歳になっているはずなのに。
「って龍ちゃん、なに言わせんのよ!」
「そりゃあ、スカートめくりしてた俺とお前の共通認識っていったらくまさんパンツしかないだろ」