18.5人日:もう一人の異世界人
その夜、空は異様なまでに明るかった。
まるで空そのものが光を放っているかのように、闇が薄い。街には老若男女があふれ、酒場や宿の灯りが赤、青、黄色の光となって揺れていた。地面は濡れている。つい先ほどまで雨が降っていたようだ。空は厚い雲に覆われ、星は一つも見えない。
尚也のいた村とは比べ物にならない。ここは、まったく別の世界のようだった。
一人の女性が、そんな雨上がりの街を歩いていた。しなやかに脚を包む黒の布と、肩から腰まで無駄のない輪郭を描く軽装。熱を逃がし、動きを阻まないその装いは、戦場を意識した実用の構えだった。
よく見る“詠動師”の装束とはまるで異なる。
女性は地下へ向かうダンジョンを降りていった。敷設された階段を下りていくと、やがて広々とした空間へと出る。そこは多くの者が行き交い、ざわめきが絶え間なく広がっていた。まるで、ギルドの依頼を受けた討伐部隊が、モンスター退治に挑んでいるかのようだ。
だが彼女は、誰とも目を合わさず、まっすぐ奥へと進んでいく。
その時、彼女の手首に装着されたブレスレットが一瞬だけ光り、小さな声が耳元に届いた。
『調子はどうですか?』
空中にふわりと、イルカのホログラムが現れる。ただし、それが見えているのは彼女だけだ。足を止め、心の中で静かに返答する。
(大丈夫。ちょうど生理も終わったところ)
イルカと目を合わせながら、思考だけで会話を続ける。もちろん、会話の内容が他人に伝わることはない。
やがて女性は、イルカとのやり取りを続けながら、再びダンジョンの中をゆっくりと歩き始めた。それにしても、このダンジョンは驚くほど明るい。一般的な洞窟型のダンジョンとは違い、昼間のように周囲が照らされている。
(うん。わかった。今週末になるけど、朝一には向かうわね)
ホログラムのイルカは、空中でくるりと一回転し、やがてスッと消えた。
イルカショーを見ているようだ。
「ふぅ……」
ダンジョンの奥には、奇妙な小さな門――“ゲート”があった。認証のような仕組みがあるらしく、他の者たちも順番に通過していく。女性もそのゲートを通り、さらに下へと続く通路を進んだ。
その先にあったのは、銀色の金属で覆われた“箱”だ。まるで、閉ざされた棺のようなその箱に、彼女は迷いなく乗り込んだ。
銀箱の扉が閉まりかけた瞬間、どこからともなく声が流れる。
「2番線。ドアが閉まります。無理なご乗車はおやめください」
機械のような音声。無機質で、だがどこか聞き慣れた響き。金属の箱が静かに動き出す。
ゆっくりと、闇の中へと沈み込むように姿を消していった。
……地球。東京の夏の夜は、今日も人々で賑わっていた。