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10人日:興味と期待と

陽がやや傾きかけた頃、村を包む緑の草原と森の輪郭がぼんやりと夕闇に溶け始めていた。白石とステラはドーム内の詠動陣櫃の前に立っていた。青白く輝く詠動陣が二人の姿を幻想的に照らし出している。


白石は詠動陣を前に、自分が異世界に来てからまだ日が浅いことを実感していた。彼の世界では電気や機械が動力だったが、ここでは詠動と呼ばれるエネルギーが全ての基盤となっている。その違いに戸惑いながらも、エンジニアとしての好奇心が彼を突き動かしていた。


「念のため確認しておきます」


ステラは静かに言うと、手にしていた杖をそっと床に置いた。静かに膝を折り、ホログラムが浮かび上がるのと同時に、両手を地面へと添える。


(俺は手をかざしただけだが、やり方は人それぞれだな)


そう思いつつ、白石はステラを見つめる。彼女が目を閉じ"詠線顕現(ネイヴァルン)"と唱えると、どこからともなく弱い風が吹き始めた。まるで出現した詠動陣に呼応するかのように、彼女の身に着けたローブと翡翠色の長髪が、ふわりとなびいて彼女を美しく照らし出す。日没前の柔らかな光と詠動陣の幻想的な輝きが彼女の横顔を神秘的に彩っている。


(きれいだな……)


白石は彼女の姿に魅了されていた。現代社会から突然この世界に迷い込んだ彼にとって、ステラの佇まいはまさに物語の中の魔法使いそのものだった。彼の世界では失われてしまった神秘と調和が、この場には確かに存在していた。


ステラは詠動陣から立ち上る光の筋を慎重に観察し始めた。まるで詠動そのものと対話しているかのように神秘的で、その背後に隠された力の深さを感じさせた。しかし、観察を続けるうちに彼女の表情が次第に曇っていった。美しい眉が寄り、唇が引き結ばれる。


「回復はしているようですが……」


彼女は立ち上がり、手をかざして詠動陣櫃を開いた。杖の宝玉が淡く輝く。詠動陣櫃に設置されている二台の詠動基盤を見て眉をひそめた。通常なら青い光を脈打つように光っているはずだが、今は暗いままだった。


「やはり……陣櫃の輝きが他の村と違っていたので……こちらの詠動基盤の二台が動いていませんね」


ステラの声には僅かな困惑が混ざっていた。


白石は当然のように答えた。彼の口調には、異世界にいることを忘れさせるような日常の気安さがあった。


「そうなんだよね。とりあえず第三供給路とやらが異常だったみたいだから、それを応急処置したんだよね」


異世界の技術に対して、彼は自分の専門知識を応用して対処していた。彼の持つエンジニアとしての経験が、この詠動の世界でも”若干”役立つことに白石自身が驚いていた。


その言葉にステラは過敏に反応した。彼女の青い瞳が大きく見開かれる。


「第三供給路、とおっしゃいましたか?」


彼女は素早く腰のポーチから小さな手帳を取り出した。その動作には緊迫感があり、白石も思わず身を乗り出す。精緻な詠動流路の図面を広げ、白石に見せた。図面は薄い羊皮紙のような素材に描かれ、端が少し擦り切れていた。図面には複雑な回路のような線が何重にも重なり、色分けされた矢印が流れを示していた。


「この村の詠動基盤は、三系統の供給路で構成されています」


ステラは説明を始めた。彼女の声には専門家としての誇りと責任感が感じられた。指先で図面の主要な流れを示しながら、彼女は続ける。


「第一供給路は、住居や灯火など、生活圏を対象としています、第二は村の農地を担当しています」


彼女は一呼吸置いて続けた。その間、白石は図面に集中し、この世界の技術体系を理解しようと努めていた。


「そして第三は……本来、緊急時の補助路にすぎないのです。通常は使われることもない、あくまで最終手段の経路です」


図面を覗き込んだ白石は、指で循環の矢印をたどりながら眉をひそめた。彼の頭の中では思考が急速に働き始めていた。別の世界の管理者としての経験が、この状況の理解を助けている。


「ということは、第三供給路が稼働しているのは、本来なら何かがおかしいってことか?」


二人の周りでは、村の生活音が聞こえ始めていた。夕食の支度をする家々から漂う料理の香り、子供たちの笑い声、家畜を囲いに誘導する村人たちの声。だが二人は、目の前の謎に没頭していた。


ステラは静かに頷いた。彼女の表情には不安が浮かんでいた。長い睫毛に影が落ち、青い瞳の色が深まる。


「システムがフェイルオーバーしている状態というわけか」


白石は独り言のように呟いた。彼の言葉は、この世界の人間には聞き慣れないものだった。


「二台死んで、縮退側で二台分の負荷を補っていたわけだな」


続けて彼は思索に耽った。彼の視線は遠くを見ているようだったが、実際には頭の中で回路図を描いていた。彼の表情がさらに真剣さを増す。


「なるほど、他の根本原因がまだ潜んでそうだね」


ステラは首を傾げた。彼女の長い髪が肩先で揺れる。夕日の名残りが彼女の髪に赤みを加え、一層美しく見せていた。彼女の表情には純粋な好奇心が浮かんでいる。


「フェイルオーバー……よくわかりませんが、縮退と同じ意味であれば、たぶん……そういうことだと思います」


彼女の声には戸惑いと、同時に新しい知識への渇望が感じられた。聞きなれない白石の言葉に新鮮な驚きを感じているようだ。


「んー、どうでしょう」


白石は長嶋監督のものまねをして、曖昧な返事でごまかした。自分の世界の常識が、ここでは通用しないかもしれないという警戒心が働いたのだ。だが、ステラの真剣な眼差しが白石の目に飛び込んできた。彼女の瞳には興味、驚き、そして希望が混じり合っていた。その瞳は、白石が持つ知識への純粋な渇望を映し出している。白石はその視線に内心動揺した。


(しまった……また余計なこと言ってしまった……黙ってればよかった……)


白石は自分の不用心さを悔やんだ。異世界の技術について深入りすることで、余計揉め事に巻き込まれるかもしれない。それは避けたいことだ。それでも、彼の頭の中では様々な仮説が次々と形作られていた。


そんな白石の葛藤を他所に、ステラの視線は更に熱を帯びていった。彼女は何か大切なものを発見したかのように白石を見つめている。その視線は純粋な好奇心に満ちていて、白石の不安をさらに掻き立てた。


(うわぁ……)


白石が内心で苦悶していると、


『おっほん!!おっほん!!』


と、サエコがわざとらしく咳払いをした。白石の思考を読んだらしい。彼女は少し離れた場所で二人を観察していたのだ。彼はハッとして我に返った。


白石は徐々にサエコが二人の間に入る様子に、彼女が保護者のような役割を担い始めていることを感じていた。今では白石の心の動きをいち早く察知し、適切なタイミングで介入してくれる。真剣に向き合うステラと、それを茶化そうとする白石の間で、サエコは絶妙なバランサーとなっていた。


夕暮れが深まる頃、村人たちから夕食の誘いを受けた三人は、調査を翌日に持ち越すこととした。村の広場に並べられた長テーブルでは、すでに料理の準備が始まっていた。大きな鍋からは湯気が立ち上り、香ばしいパンの匂いが広がっていた。


焚き火の温かな光が辺りを照らし、村人たちの笑い声が夕闇に響いていた。子供たちは火の周りを走り回り、年配の村人たちは木のベンチに腰かけて若者たちの様子を見守っている。


村全体が一つの家族のような温かさを感じさせた。

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