14 黄金竜の心臓
『もちろん、私の愛し子のものだ』
「――――」
卒倒しそうになるリベルを片眸で見つめながら、黄金竜はなおも雲霞の如く明りクラゲを従えて、前へ前へと進んでいく。
リベルはよろめきながらそれを追ったが、膝にまるで力が入らなかった。
『――私の愛し子は、少し前から心臓を悪くしている。命に関わることだ。
打つ手はないに等しく、愛し子は心を痛めていた』
リベルは、無意識のうちに息を上げている自分に気がついた。
心臓に負担をかけるなとは言われたが、制御不能で凄まじい勢いで心拍数が上がっていく。
頭に血が昇るのとは逆に、指先からは速やかに血の気が引いて、指先は冷えて感覚が失せていた。
それでも辛うじて頭は回って、リベルは口走っていた。
「――あんたたちって、法術は使えないんだ。治癒精を使えばいいはずだろ」
黄金竜は、見事に侮蔑的に鼻を鳴らした。
『二つ虫め。おまえたちは大半の生得権を失ったが、我々は違う』
「生得……?」
聞き慣れない言葉にリベルが眉を寄せると、黄金竜は苛々と長い尾を振った。
『少し前まではおまえたちも持っていただろう。
生まれながらに死霊と契約できていた、その生まれながらの契約のことだ』
「――――」
『二つ虫如きが我々からすら死霊の生得権を盗んでいることは許し難いが、今はその話ではない。
――我々はおまえたちとは違う。大抵の精の生得権を未だに持っている』
リベルは息を吸い込んだ。
――ヴィレイアがいれば、と、また思った。
ヴィレイアならば法術師、しかも現代最高の法術師だ。
この話も理解できたはずだ。
「……治癒精とも、生まれながらに契約してるってこと?」
『すまないが、その頭蓋骨の中身に仕事をさせてから口を開くようにしてくれ。私も疲労というものは覚えるのだ。
――そうだ』
「それだけの法気があるってこと?」
『法気は後天契約のためのものだ。自分の生得権が及ばない範囲の事象を手に入れようとするときにしか、後天契約は結ばない――無論、法気も必要ない』
「最近、治癒精との、その――生得権? そいつも失くさなかった?」
『本当に知識がないな。仮令精霊が盗まれたところで、精霊が解放されれば生得権は戻る。何の契機も儀式も約束も要らない。
――あと、繰り返しになるが、おまえの頭蓋骨の中身は多少なりとも仕事が出来るのか? 自明のことばかり確認するのはやめてくれ。それともおまえの頭蓋骨の中には雲でも詰まっているのか?』
リベルは、こんな場合ではあれ、察した。
――この黄金竜は口数が多い。
恐らく、知識は得々と披露したがる性格だ。
赤錆色の髪に手を突っ込みながら、リベルは話を元に戻す。
「……それはどうでもいいや。
で、なんであんたは治癒精で相棒を治してやらないの?」
黄金竜は、しばし口を閉じた。
その喉から、岩が軋むような音が聞こえてきて、しばし。
彼――あるいは彼女は、ゆっくりと言った。
『おまえたちが〈言聞き〉と呼ぶ、私たちの愛し子たちは……特別だから』
「……どういう意味で?」
また少し沈黙してから、黄金竜は端的に答えた。
『精霊の恩恵を受けられない』
リベルは瞬きする。
――そういえば、と、微かに思う。
(死ぬのに死霊が必要なのは竜だけだな……)
息を吸い込み、リベルは足を速めて黄金竜の頭に並びながら、じゃっかん言葉に棘を持たせた。
「――で、何がどうして俺が巻き込まれるわけ?」
『そもそもはおまえが愛し子に頼んだことだ』
黄金竜は素気無く言ったが、リベルは覚えず鼻で笑った。
「生憎と、〈言聞き〉に何か頼んだことはないよ」
黄金竜は苛立った様子で息を吐く。
かちっ、と硬質な音がして、その鉤爪と岩場の間で火花が散った。
『忘れたなら、後から思い出せばいいが。
――愛し子が打てる手は、検討したが一つだった。
つまり、精霊の恩恵を受けられるものと一時的に心臓を入れ替えて、その状態で心臓を癒す。そして、心臓を戻す』
「――吐きそう」
リベルはとうとう足を止めた。
「待って。俺――俺の今の心臓、なに? いつ止まってもおかしくねえの?」
よろめいたリベルは、思わずそばの黄金竜の巨躯に手を突きそうになったが、黄金竜は素早く身をくねらせてそれを躱した。
黄金の鱗が明りクラゲの光を反射して、陽射しを受ける朝露のように煌めく。
『まず、おまえの心臓ではない。次に、しばらくは止まらない。時精によればまだ時はある』
「いつ? いつだよ? いつ俺の心臓を取ったの?」
恐慌状態でリベルは叫び、その声の振動を嫌うように、明りクラゲが左右に逃げていく。
『数日前だ』
「数日!?」
『川に落ちたおまえを拾ってやって、愛し子と心臓を入れ替えた』
「待てよ、あれから何日経ったの!?」
『時精によれば、五日ほど』
「い……」
絶句するリベル。
目が回って、彼はとうとう座り込んだ。
「……嘘だろ……」
『止まるな、歩け。愛し子が心配だ』
黄金竜が冷ややかに言って、また足を進め始める。
その尻尾がリベルの鼻先を掠めて遠ざかってから、ようやくリベルは立ち上がり、その後を追った。
『――心臓を入れ替えるのは負担だから、目が覚めるのに時間が掛かったところで、特段おまえが反省すべき点はない』
黄金竜は、さすがに何某かの補足は必要だと思ったのか、そう言った。
『それよりも心配なのは愛し子だ。愛し子はおまえと違って繊細だ』
「なんで……」
リベルは泣きそうになった。
「なんでそんなこと……いやそもそも、それ、本当か? 心臓とられて生きてるって、おかしいだろ」
黄金竜が、持てるありったけの寛容さを絞り出すかの如き息を吐いた。
その息吹の中で、明りクラゲが楽しげに渦を巻いて漂っていく。
『二つ虫め、おまえの身体は我々から退化したものに過ぎない。精確に言うならば、おまえたちの直接の祖先は――極めて有難いことに――私たちではないけれど。
――私たちは私たちの身体をよく知っている。
どうして二つ虫如き、精霊の恩恵があってなお、生きたまま心臓を取り出せないものか』
リベルはシャツの襟元を覗き込んだ。
「痕もないけど」
『おまえは治癒精を知らないのか?』
「じゃあ、この心臓、もう良くなってるの?」
『――いや』
黄金竜は言い淀んだ。
『私は生得権の他には治癒精とは契約がない。結べない。
治癒精に対する生得権は、火急の危機に際して生かすことに特化している。心臓を抜き取れば、おまえは数秒で欠けるから、私の生得権の範囲に入る。
だが私の愛し子の心臓は、今しばらくは動く。だから止まるその瞬間までは、私の生得権の範囲に入らない』
「は?」
『死霊に対する生得権があった頃、おまえたちは、その死霊を使って他者に死を及ぼせたのか? 違うだろう? 死霊を招くに足る暴力を以て、無理に相手を殺していただろうが。忘れたとは言わせない。
それに比べれば、多少なりとも他者に恩恵を分け与えることの出来る、我々の生得権が如何に優れているか分かるか』
「俺、その頃は生まれてないよ」
『ああ、二つ虫は短命だったな。生まれて死んで生まれて死んで、忙しないと思っていたら死霊を盗んだ。ために死霊を待つ列が伸びている。情けない』
リベルは苛立ちの余り、もう少しでこの巨体の相手を殴りそうになった。
「心臓を入れ替えるならてめぇと入れ替えれば良かっただろうが!」
『そうしたいのは山々だった。私の大切な愛し子が、おまえのような――粗雑な――いや、粗暴な――というよりも、魯鈍な――そのような者の心臓を使わねばならないのは、屈辱だ』
「――あんまり言うと、俺の血管が切れて、この心臓、止まるぞ」
『……――すまない。――簡単にいえば、代わってやりたくとも、私と愛し子では心臓の大きさが違う。合うのは人間だけだった。そういうことだ』
リベルは顔を押さえた。
「――つまり、俺は、法術師を頼って治療を受けないといけないわけだ?
この……おまえの相棒の心臓のために」
『理解が早いな』
リベルの血管が切れる事態を防ぐためか、黄金竜は素早くそう言った。
『治療を受けて、その上で愛し子に心臓を戻すこと。――間違いない』
「念のために訊くけど、あんた、俺の心臓を俺に戻せるんだよな?」
『それは勿論。愛し子に心臓を戻さなければならない。おまえの心臓も、手許に置いておくには魅力が足りない。おまえに返すとも』
「――――」
『……愛し子もおまえに感謝するだろう。おまえに返すとも』
「最初っからそう言えよ」
坑道が、今度は下りの急斜面に達した。
黄金竜は苦も無くその大きな落差を舞い降りたが、リベルはそうはいかない。
岩壁の凹凸で身体を支えて、安定した動きで下へ降りる。
黄金竜はかちかちと鉤爪を鳴らしながらそれを待っていた。
明りクラゲに包まれた繊細華麗なその姿は、いっそ鉱路には不似合いなほどに神々しかった。
黄金竜に追い着きながら、リベルははっきりと皮肉が分かるよう、口調に気をつけつつ、言った。
「――あんた、性格悪そうなのに、〈言聞き〉のことは気にするんだな」
黄金竜は歩き出しつつ何か言おうとして、それを呑み込んだ。
間違いなく、彼――あるいは、彼女――の可愛い〈言聞き〉を慮ってのことだった。
ただ、黄金竜は言った。
『愛し子は――私の心臓のようなものだ。
あの子なしには生きられない』
「いつもべったりくっ付いてるのは、そのせい?」
『そもそも……』
言い差し、口を閉じたものの、黄金竜はまたすぐに声と同時に言葉を押し出した。
『――そもそも我々が愛し子たちと共にいるのは、それが必要だからだ。
我々は、おまえたちとは違う――雛を残すに当たって、番う相手が誰でもいいわけではない』
「――はあ」
人間であっても、誰でもいいわけではないが――と思ったことが顔に出たのか声に出たのか、リベルの方をちらりと見遣って、黄金竜が呟く。
『心情的なものではない。雛を成せるのは、ただ一人の運命の相手とだけなのだ。そうでなければ受胎しない』
リベルは軽く目を瞠ってみせたが、彼は学者肌というわけではない。
本心から興味を覚えたわけではなかった。
「大変だね。よく絶滅しないな」
『古くには我々も数が減った。
――おまえ、今は明かりがなくとも目が見えるだろう』
唐突に水を向けられて、リベルは面喰らいながらも、自分の目許に手を触れる。
「え? ああ――うん」
『私たちの愛し子たちは――おまえたちが〈言聞き〉と呼ぶあの子たちは、目がいい。
心臓があの子のものだから、その特性が不完全ながらおまえにも出ているのだ』
思わず頷くリベル。
思い出すのは、悍ましい〈言聞き〉の頭部の、肉塊に包まれた夥しいかずの目玉。
「そりゃあ、あんなにいっぱい目があれば」
『そういうことではない。――あの子たちには因果が見える。
だから、我々の運命の相手が誰なのか、いつその運命に落ちるのかが、分かる』
なるほど、とリベルは頷く。
「それで共生してるわけだ」
『そうだ。――あの子は私に伴侶を教える。私はあの子が求めるものを全て与える。翼も貸す。あの子が口に入れるものも見つける。あの子を外敵から守る』
リベルは些細な疑問に眉を寄せた。
「意思の疎通はどうしてるんだ? さっき、竜には竜以外の言葉は分からないって言ってなかったか?」
『あの子が生まれてからずっとそばにいるのだ。
他の言葉は分からずとも、あの子の言葉なら分かる』
「……なんだそれ」
リベルは呟いた。
彼がまともな環境で育っていれば、「猫を飼っていれば、その猫が何を言いたいのか大体分かるようになって、それが発展した感じか」とでも思ったかも知れないが、生憎とそういった感想は彼にはなかった。
とはいえ。
「――まあ、取り敢えず大事な相棒ってことね」
『そうだ』
黄金竜は短く応え、少し黙ってから、やや小さな声で言葉を継いだ。
『――私にもう伴侶がいれば、あの子もこうまで無理して生き永らえようとはしなかったかも知れない』
リベルは息を吸い込む。
「あんたに旦那だか奥さんだかを見つけるまでは、欠けても――じゃねぇか、死んでも死に切れないってやつ?」
『――そうだ』
「いい迷惑だよ」
本心から吐き出したリベルに、黄金竜は琥珀色の瞳を向けた。
その瞳孔は、亜竜の縦に切れ込んだものとは違って、完璧な真円を作っている。
『――……いや、違うはずだ』
黄金竜は言った。
その息の漣が、荘厳に空間を伝っていく。
「は?」
胡乱に見上げるリベルに、黄金竜は厳かに告げた。
『これは、信頼してくれて構わない。
――おまえにとって、これは悪いことではない』
リベルは勢いよく息を吐いた。
「それ、『私の可愛い愛し子の役に立てるのだから』とか言い出したら、いいか、万難を排して俺はおまえを殴るからな」
黄金竜は翼を動かして、どうやら肩を竦めるような仕草を取った。
それから、こればかりは心からの懸念を籠めて、言った。
『――刻下の懸案は、心臓を治療できる者を見つけることだ。時間もない』
「それなら問題ない」
リベルは応じた。
「運が良かったな。俺は世界最高の法術師の相棒だ」
黄金竜の琥珀色の瞳が煌めいた。
比喩ではなく、実際に、光源に拠らずして内側から虹色に輝いたのだ。
『――本当に?』
「嘘言ってどうすんだよ。――俺の相棒は法術の天才だ。
ついでに頭がいいし気立てもいい。ちょっとドジだけど」
ヴィレイアへの懐かしさ余ってそんなことを口走ったリベルに、黄金竜は満足そうに頷いた。
『それは重畳』
嬉しそうにそう言って、黄金竜は続けた。
リベルは耳を疑った。
『己の生まれ持ったものではない心臓で生きていられる時間は、せいぜいが月が欠け落ちるまでだからな』
「――――え?」
ぱち、と朱色の瞳を瞬かせ、リベルは茫然と。
「……――なんて……?」
『だから、』
と、黄金竜。
『おまえが、私の愛し子の心臓で命を繋いでいられるのは、月が欠け落ちるまでの間のことだ。
――ああ、こう言ってもおまえには分からないか。昔は星よりも大きな月というものが夜空に浮かんでいたのだ。時を数えるときに月で言い慣わすのはその名残。昔には、月が夜空に現れて、糸より細い姿から丸い姿になって、また欠け落ちていくまでに三十の昼夜があったのだ。それが、おまえたちが一月と言い表す期間の起源。
我々の仲間の竜が地上から姿を消すときに、月を持って行ってしまったけれど』
「ごめん、今はそれはどうでもいい」
リベルは茫然としながら遮った。
「今はこれだけ、簡単に教えて」
ここがどこの地方の鉱路なのか、唐突に猛然と気になり始めながら、リベルは力の抜けた声で。
「――あと何日で、俺はヴィリーと……法術師と合流しなきゃならないの?」
黄金竜は、少し沈黙した。
時精に正確な今の時刻を応じさせたのかも知れなかった。
ややあって、黄金竜は答えた。
『そうだな。あと十二日が限度だ』
その瞬間にリベルの血圧が上がり、弱った〈言聞き〉の心臓が悲鳴を上げたのを、黄金竜は敏感に察知したらしい。
息を呑むような挙動を見せて黙り込む。
リベル自身も心臓を押さえ、必死に自分を落ち着かせようとしていた。
(初っ端に『時間がない』って言われたのはだからか! ――いや、落ち着け、ヘルヴィリーでとっ捕まってから、陸艇に乗ってたのはせいぜい一日。だったらここは、そんなにヘルヴィリーから離れてないはずだ……ヴィリーはもうエーデルに戻ってるだろうけど、バンクレットさんにさえ会えれば、すぐに陸艇を出してくれるはず……十二日もあれば、絶対に余裕で大丈夫……)
怒濤のように己にそう言い聞かせつつも、リベルは呻いた。
「――馬鹿じゃねえのおまえ……」
黄金竜は、さすがに嫌味を控えて、低い雷鳴のような声を出した。
『……法術師に出会うことは問題がない、と言っていたように聞こえたが……?』
「ここがどこかによるんだよ!!
俺、誘拐された来たからここがどこだか分かんないし、相棒も俺を捜してるはずなんだよ!」
とうとう怒鳴ったリベルに、黄金竜は黙り込む。
そして、俄かに焦った様子で言った。
『――理解した。急ごう。
私の愛し子はまだ目を覚ましていないから、連れて早く外に出よう』
リベルは危うく泣きそうになっていた。
「なんで元のところに寝かせてねえの!?」
『おまえもなかなか目を覚まさなかっただろうが。その間ずっと、私が面倒を見ていたのだ。
少し目を離した隙におまえがいなくなり、他の連中も寄って来ていたから、安全なところにあの子を移してから、おまえを捜したのだ』
リベルの心臓の音を正確に聞き取ったらしく、黄金竜は真剣な声を出した。
『落ち着いてくれ。頼むから、私の愛し子の心臓を乱暴に扱わないでくれ』
「誰のせいだよ!!」
さすがの黄金竜も黙り込んだ。
黄金竜が素早く足を進め、リベルがその後をついて行く。
どっどっどっ、と、無理もないが心臓が激しく打っており、リベルは慄いた。
(大丈夫か、これ? 俺、どうなるんだ?)
パニックがパニックを呼び、耳許で早鐘が打つように血潮が響いている。
目の前が真っ暗になるような危機感。
頭に血が昇っているが、指先にも足先にも感覚がなく、胃が捩れるように痛む。
そんな状態にあって、リベルは黄金竜が足を止めたことにしばらく気づかなかった。
彼――あるいは、彼女――を追い越しそうになって、初めて黄金竜が凝然と立ち尽くし、ぴくりとも動かなくなっていることに気づく。
――坑道の一画、何の変哲もない岩陰である。
足許は土が露出していて、やや柔らかい。
立ち止まった黄金竜の周りを、夥しい数の明りクラゲが漂い、坑道を明るく照らし出している。
リベルは周囲を見渡した。
〈言聞き〉は影も形もない。
苛々と唇を噛んでから、彼は眉を寄せた。
「――で?」
促すようにそう言うと、黄金竜は珍しく言葉に詰まる風情を見せた。
ごうごうと嵐のような音が微かに聞こえ、よくよく耳を澄ませてみればそれは、黄金竜の息の音が激しくなっているものだった。
ややあって、黄金竜は絞り出すように。
『――いない』
「は?」
訊き返す。
黄金竜の、玲瓏たる弦楽の声が一頻り響き、それと同時にリベルの頭の中に、理解不能な何かの意味が流れ込んできたが、さながら見知らぬ数学を突きつけられたかのようで、リベルには全く何が何やら分からなかった。
頭を振って、リベルは声を大きくする。
「待って。分からない。
俺に分かるように言ってくれ」
黄金竜はその場でぐるぐると歩き回り始める。
恐慌に陥った黄金竜というものを見た、リベルが最初の人間になったわけである。
巨躯が巡る迫力に、リベルは思わず数歩を後退る。
『――いない』
リベルの借り物の心臓が、危うく止まりそうになった。
「――〈言聞き〉が?」
『そうだ』
黄金竜の声が震えている。
長い優美な喉が震えているのが、はっきりと目で見て分かった。
『ここに――ここに寝かせた。いない。
目が覚めたなら、私を待っているはず……』
リベルはその場に崩れ落ちた。
事態が余りに深刻で、咄嗟にはその深刻さにすら思い至らず笑いが込み上げてきたほどだった。
「――……なるほど。
お互い、心臓をどこかに持って行かれたってわけだ」
リベルの心臓を抱えた、黄金竜の心臓に等しい愛し子。
両手で顔を押さえ、リベルは苦悶の声を上げる。
「――で、あと何日で、俺たちはあんたの相棒を見つけて、それから俺の相棒と合流しないといけないんだっけ?」




