05 鉱路探索
武器:戦闘・殺傷に用いる道具。
詩人ガーリアは手記の中において、「あらゆる発明の中で、武器だけは最も早くその完成形を人間に示し、進化の余地はもはやない」と述べた。
その言葉に反して、現在でも武器の発展は続いている――不傷石と浮揚璧を組み合わせた短銃や小銃の発明等は記憶に新しい。
だが一方で、ガーリアは正しかった。
最も殺傷力に富む武器は、勇者たちが鉱路から持ち帰る、鉱路生物の牙や爪を加工する武器に他ならず、これらは剣や槍の形から進化し得ない。
希少な素材を鏃や弾丸に出来ようか!
そしてこれらの武器は、通常の武器では及びもつかない破壊を齎すが、安心してほしい、強大な武器は強大な勇者にしか扱えないものである。
――――――――――
明りクラゲがランタンの内部で泳ぎ、その白い明かりが岩壁を照らし出す。
数十人の勇者が鉱路に飛び込んだはずだが、一斉に鉱路に飛び込めるわけでもなく、数個隊ごとに小分けにされて鉱路に下ろされた上、四方八方に伸び、枝分かれする坑道のどれを選ぶかも、勇者隊ごとに異なる。
そんなわけで周囲に人影はなかった。
鉱路には最奥という概念はない。
余りに危険な鉱路生物の巣があれば、そこの坑道はそこで行き止まりとなることもあるが、巣が放棄されれば再度採掘が始まる。
鉱路は自然の産物の地下迷宮で、全ての坑道が行き止まりに突き当たった鉱路は発見されていない。
一説によれば、全ての鉱路はどこかで繋がっているはずだという。
坑道というと狭く感じがちだが、鉱路における坑道は、大抵が広々としている。
そのうえ、環境も様々だ。マグマが溢れる坑道もあれば、一面が凍りついている坑道もあり、中には森や湖の様相を呈する坑道もある。
だが、今のところは普通の道が続いており、リベルを安堵させていた。
ヴィレイアは勇者の経験があるのか、あるいは傭兵崩れや軍人崩れなのか、それともそれ以外の何者か、判断はつかない。
リベルが鉱路探索の基本中の基本、ケルンについて教え示したときも、ヴィレイアは初めて聞くようにそれを聞き、「詳しいんですね」と、感心したように言ったのみだった。
リベルも、このときにはわけあってヴィレイアにかなり苛立っており、「他所で勇者をやっていたことがありまして」と告白するのも馬鹿馬鹿しい気分で、「何かで読んだ」とだけ言った。
とはいえ、他の勇者の目につかないだろう――それでいて自分たちは位置を見失わないだろう場所に、手早く石を積み上げてケルンを作るリベルの手際はよく、ヴィレイアはどことなく釈然としないという顔をしている。
リベルがヴィレイアに苛立っていた理由は単純である――彼女に預けていた物資が、一切整理されていなかったがゆえだ。
まるでごっちゃになっていたので、思わず己の人見知りを忘れ、「やる気あるんですか」と声を荒らげてしまった陸艇内。
ヴィレイアはしゅんとして反省の色を見せていたが、どうやら整理整頓は苦手らしい。
陸艇内でリベルが物資を纏め直すのに手を出そうとして、二度ほどリベルから怒られた。
この辺りから、リベルとしてはヴィレイアに丁寧な口調で話すのが困難になってきた。そもそも明らかにリベルの方が年上でもある。
一定距離ごとにケルンを作りながら奥へ進む。
坑道の入口付近は既に採掘され尽くし、岩壁は抉られ続けたことがよく分かる、不規則な傷痕を残す断面を見せていた。
不傷石や光晶といった資源は欠片も見えず、浮揚璧もこれ以上採掘するのは危険だと判断されている――それを示す赤い塗料が、辺り一面にぶち撒けられていた。
この鉱路には勇者の出入りが激しいらしい。
ケルンをわざわざ作らずとも、目印になりそうな岩壁の傷や印が幾つも見える。
だが、それでもリベルがケルンを作った理由は、仮にヴィレイアが本当に新米勇者だった場合に、ケルンの作り方を見せておく方がのちの役に立つからだ。
とはいえヴィレイアは、リベルの手許を興味深そうに覗き込むだけで、何らの知識も吸収している様子はなかったが。
そのうち馬鹿らしくなってきて、リベルは魔法でケルンを積み始めた。
ひとりでに浮き上がって小さな塔を成す石。
心袋に事象を詰め込んだとき特有の軽い圧迫を感じるが、リベルの心袋はこんな程度では埋まりはしない。
ヴィレイアが余りにも暢気にしているので、いっぺんどこかに置き去りにして、ケルンの有難みを骨に刻んでやろうか――と、穏やかならぬことをリベルが考え始めたとき。
視界の端で影が動き、リベルは注意を促すためにヴィレイアの方に左手で合図した。
そして、全く同時にこちらに向かって合図していたヴィレイアの右手と指先がぶつかり、不意打ちの驚きに息を呑む。
ヴィレイアも、大きな目を瞠ってリベルを見ている。
明りクラゲのランタンの光に、濃緑の瞳が夜陰に揺れる木の葉の色で煌めき、可憐な長い睫毛が白く煙っている。
――一秒ののちに、リベルは気を取り直した。
ヴィレイアも同様らしかった。
ややあって、坑道の奥から、別の勇者隊に追い立てられているのか――あるいは天敵に追われているのか、小型の鉱路生物の群れが走ってくるのがはっきりと見えるようになった。
それらの形は、体長が一フィートほどもあるネズミといったところ。
ただし、地上で見るネズミよりもずっと目が小さく、代わりにヒゲが発達している。
そのネズミが、ざっとみて数百匹、坑道の地面を埋める大波のように押し寄せてくる。
リベルはここでようやく、愛用の武器を麻布の包みから取り出した。
――今の今まで麻布に包んでいた理由は単純で、他の勇者に見られれば、これがかなりの業物であると知れるからだ。
――銘を〈氷王牢〉。
柄頭から切先まで滑らかに黒く、鞘まで漆黒の色を呈する片手剣。
所以を語れば以下のとおり。
彼がまだ二等勇者だった十六歳の頃に挑んだ鉱路で、鉱路の広範囲に亘る一画を氷の宮殿と化して営巣していた、当時多くの勇者が氷王と呼んで恐れた巨人の姿の鉱路生物。
それをリベルが単騎で討ち取り、彼は英雄の扱いを受けた(この一件が評価されて、彼は一等勇者に昇格した)。
その際リベルは、氷王の黒々とした肋骨と頭蓋骨を地上に持ち帰り、工房に依頼して、頭蓋骨から刀身と柄を、肋骨から鞘を打ち出し鍛えた剣を手にすることとなった。
それが〈氷王牢〉である。
〈氷王牢〉がリベルに与えた恩恵は大きいが、その中の最たるものが、それまでは武器を使っては壊し、使っては壊しで財政が逼迫していたリベルを、その頑丈さによって浪費への溺没から救ったことにある。
〈氷王牢〉の大きな特徴は、氷王の能力の一部を写し取ったことにある。
つまり、冷気を操ることができ、それどころか何もないところから瞬時に氷を生成できるのだ。
この剣を手に鉱路生物を駆逐する姿が人目につき、〈錆びた氷〉という二つ名がついたわけである。
また、彼は自分自身の他に、〈氷王牢〉を操ることの出来る人物に出会ったことはなかった。
法気や心袋によらない、勇者としての格としかいえない何かがあって、少なくともリベルと同格以上でなければ〈氷王牢〉は扱えない――まるでそうであるかのように。
リベルは、少々の警戒心をもって隣のヴィレイアを振り返った。
仮にヴィレイアがずぶの素人であった場合、大挙して押し寄せてくるネズミを前に、茫然自失となって取り乱していても不思議はないからだったが――
――ヴィレイアは平然としていた。
そしてリベルを見ていた。
というよりも正確には、〈氷王牢〉を。
そしてリベルの朱色の両眼もまた、ひゅんっと音を立てるほどの勢いをもって、ヴィレイアの手許に引き寄せられていた。
ヴィレイアも今は、筒状の荷物――あの麻布を取り払っていた。
そしてその手許に現れたのは、煌々たる薔薇色に煌めく両手剣である。
宝石を彫って造り上げたかのように、柄頭から切先まで、そして鞘までが薔薇色に煌めく一振り。
リベルの〈氷王牢〉が刀身に霜が降りるほどに冷え切っているのと対照的に、ヴィレイアの手の中にある両手剣の刀身からは、ゆらゆらと陽炎が立ち昇っている。
――四等勇者が所持できるはずのない、鉱路産の業物に相違なかった。
ネズミの大群が迫る中、リベルとヴィレイアの目が合った。
ヴィレイアが単純に感嘆を籠めてリベルの得物を見つめていたのに比して、リベルの瞳には驚倒がある。
――彼我のその差を感じ取り、一秒。
リベルははたと思いついた。
最近の彼は、一等勇者や特等勇者しか探索することのない鉱路に潜ってばかりで、世の中に疎くなっているわけで。
〈氷王牢〉は使い手を選ぶが、他の業物もそうであるのか、彼は知らない。
ケルンの作り方も知らなかったヴィレイアが、これほどの業物を携えている理由として、すっきり筋が通る考え方は一つ。
――もしかして、最近の四等勇者にとっては、これが標準装備なのでは? と。
*◇*◇*
鉱路はいい、と、リベルは心から思う。
襲い来る鉱路生物を撃退し、その屍を周囲に積み上げ、探索結果を持ち帰り、金に換える。
そしてその金で自由を謳歌する。
好きな時間に起き出す自由、嫌いなものを食べないでいる自由、思い立ったときに散歩に行く自由。
その自由のためにこうして暴力を振り撒くこと――単純極まるこの行動。
こちらを食糧と見做して襲ってくる連中を返り討ちにしているとき、痛烈な喜びが湧き上がるのを感じる――もう自由だ、俺は強くなったのだ、という。
強くなるための努力は惜しんでこなかった。
努力を惜しむという発想すらなかった。
十四歳まで、弱いままでいるということは即ち欠け人となるということを意味した。
生き残っている年長者を真似び、鍛錬ともいえない、自分を鉄にして鉱路という鉄床で打たせるような日々をくぐり、如何にして生き残るか、それだけを探求して思索と鍛錬を重ね――
――今がある。
暴力で鉱路を圧倒する今が。
そんなとき、彼は日頃の大人しさ、あるいは人見知りの自分、そういったものが、自分の後ろにぽつねんと置き去りにされているような感覚を覚えている。
ここにいるのはもっと血気盛んな、征服欲に満ちた別のリベル――そんな風にすら感じる。
そして無心に辺りを制圧していく。
初めて――怯えながら陸艇に積み込まれ、鉱路に続く暗い穴に投げ込まれて――鉱路を踏んだとき、隣で死んでいった友人たちの仇を討つかの如く。
今もどこかで艱難辛苦の道の只中にいるだろう、薄青い目をした相棒の面影を振り払うが如く。
ネズミの駆逐はものの数秒だった。
ヴィレイアの手すら殆ど煩わせることはなく、辺りは一瞬のうちに氷漬けとなり、それを手足で砕く手間を心袋に仕舞い込んだリベルの魔法により、悉くが粉砕されて微細な氷塵と化した。
ヴィレイアが強張った顔で「わお」と呟いていたが、そこからは嵐のように鉱路生物への対処に追われた――ネズミの大群は、やはり天敵から逃げていたのだ。
現れたのは豹と馬を足して二で割ったような鉱路生物で、ネズミを追っていたはずが、それらが消え失せたことに怒り狂い、かと思うと、ネズミよりもよほど上質な竜の眷属が目の前に現れたとあって、狂喜に喉を鳴らしながら襲い掛かってきた。
これにも数秒とかからず対処し、リベルが頭からその血をかぶって斑に染まり、面倒そうに口の中に入った血を吐き出したところで、彼らの「ご馳走」がそばにいることを察知した鉱路生物が、雨霰とばかりに二人に殺到してきた。
トカゲの尾を持つ猿がおり、人より大きな身体のコウモリがおり、体長にして六フィートはある百足がいる。
そのどれも、目は爛々と赤い。
明りクラゲの僅かな光だけが光源となる鉱路の中において、瞳は血の色の他を持たないのだ。
赤い瞳が無数に輝き、狂気的な食欲と生存本能に雄叫びを上げて、文字通りの血祭りのために坑道を埋め尽くし、殺到してくる鉱路の生き物たち――
――嫌いじゃない、と、引き裂いた猿の腹から溢れたどす黒い血を頭から浴びながら、リベルは本心から思う。
嫌いではない、こうして無心に殺戮を振り撒く時間は。
「びっくりしました」
と、ヴィレイアは真顔で言った。
彼女は息を弾ませて、何やら顰蹙の表情すら浮かべている。
辺りには鉱路生物の死骸が転がっている。
その数は百を下らない。
竜の眷属ではないこの連中には、未だに死が訪れるのだ――つまり、身体一つ一つを粉砕していかなくとも、起き上がって動き始める心配はない。
足許には血や肉片、身体から脱落した毛皮や、もっと悪くすれば内臓などが飛び散っており、凄惨の一言に尽きる。
歩くと、足の下がぬめぬめと滑り、重く湿った音がする。
「なに」
と、リベルは応じる。
赤錆色の髪がいっそう赤い――血を浴びたせいだ。
探索のときはいつもこうなり、復路の陸艇に乗り込むまでに、魔法で己の身を清めるのが彼の習慣でもあった。
というのも、一度この格好のまま陸艇に乗り込んだところ、血の臭いで気分を悪くした他の勇者隊との揉め事に発展したからだ。
一方のヴィレイアは小綺麗な格好を保っている。
そして彼女の周囲には、血や臓物ではなく灰を撒き散らした鉱路生物の成れの果てが広がっていた。
それを見て、リベルは渋面。
見ていて思ったが、このヴィレイアという少女――
「――なに、って。だっていきなり人が変わったみたいに惨殺し始めるんですもの」
「襲ってくるからには排除しないと」
「いや、一度鏡を持参してみてください。顔。
自覚してなかったんですか、なんかもう狂気の笑みでしたよ」
「…………」
ヴィレイアの顰蹙の表情の所以が分かった。
リベルは溜息を吐き、左手で顔を拭い、その手をぱっと脇で払って、表情を拭い去るような仕草を見せる。
そして、息を吸い込んで――血の臭いに噎せてから、明りクラゲのランタンだけを光源とする暗がりで、ヴィレイアと目を合わせた。
「――ヴィレイア。鉱路は初めて?」
ヴィレイアはあからさまに目を逸らした。
「えー……」
リベルは軽く左手を振る。
右手に握った〈氷王牢〉からは、凍りついた血糊が、ぱりぱりと微細な音を立てながら滑落しつつある。
「言いたくなければ構いません。
――でも、ヴィレイア。少なくともこの一回は俺と組んでいるので言わせてもらいますが――」
ヴィレイアの濃緑の瞳がリベルの朱色の目を向く。
リベルは無表情に、淡々と告げた。
「きみのその剣、かなりの業物だろうとは思うけど、頼り過ぎじゃないですか」
ヴィレイアが瞬きし、白い睫毛で大きな瞳を煙らせて、己の手許を見下ろす。
薔薇色に煌めく両手剣。
リベルが見ていた限り、見間違いでなければ、その剣はかなりの規模の火焔を吐き出していた。
「それ、ぶん回してるだけに近かったでしょう。
――もうちょっとちゃんと、剣術の勉強をした方がいいと思うよ」
年上としての責任感も籠めて、やや厳しい口調でそう言ったリベルに、ヴィレイアは――
「――え、嫌です。
これでなんとかなっているんで、このままでいきます」
あっけらかんとそう答えて、リベルの額に青筋を立たせた。
探索中の仲間割れほど愚かなことはない。
仲間割れは欠落に直結する。
そう分かっているので、リベルはぐっと堪えた。
ヴィレイアは、リベルがぐっと堪えたことを察した様子で――あろうことか苦笑を零した。
「大丈夫なんです」
言い聞かせるように彼女は言った。
「大丈夫なんですよ、リベル」
リベルは息を吸い込み、〈氷王牢〉を鞘に戻した。
ちりん、と澄んだ音とともに、黒い刀身が黒い鞘に隠れる。
「そうですか」
ヴィレイアも、薔薇色の両手剣を鞘に戻した。
そしてそれを、きちんと身体の右側に下げる。
それを見ながら、リベルは考えた。
――この探索さえ終われば、エーデルの組合での一度の探索実績にはなる。
リベルが銀行に預けた資産は、三等勇者への昇格のための預託金には十分過ぎるほどのものだ。
リベルならば試験も難なく突破できよう。
つまり、
(さっさと三等に昇格して、この訳の分からん美人とはおさらばだ)
死体を踏み分け、更にケルンを作りながら坑道を奥へ進むと、ひゅうひゅうと小さな音を立てて空気を吸い込む縦穴があった。
野生の明りクラゲの群れが縦穴の中をふよふよと泳いでおり、縦穴に近付いたリベルとヴィレイア――つまりは退化した竜二人の生命の揺らぎを得て、さあっと刷毛でなぞるように、群れの中を白い光が広がっていく。
縦穴の下にも広い空間があるようだった。
そして鉱路は、深度が深ければ深いほど、良質な資源の採掘が可能となることで知られる。
持ち帰ることの出来る資源の量は限られているのだから、それを良質なものにしたがるのは勇者の本能。
ヴィレイアが濃緑の瞳でリベルを見上げた。
重力というものがある限り、降りるは易いが昇るは難いという状況は往々にして生じがちだ。
だが、採掘され尽くした感もあるこの鉱路において、地表付近をうろつくのは時間の無駄にもなりかねない。
リベルは時間の無駄となっても、探索の実績がつけばそれでいいが、金が必要と言っていたヴィレイアはそうではないだろう。
ヴィレイアが縦穴の奥を示した。
ほっそりした指に明りクラゲの光が映える。
「下まで降りたいんですが、覚悟はいいですか?」
リベルは鼻で笑った。
そして、ヴィレイアには聞こえないよう、こっそりと口癖を漏らす。
「――覚悟? そんなものは弱者の胸にあるものだ。
強者には常に自由がある」




