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量産勇者、自由を掲げよ。  作者: 陶花ゆうの
3 任務探索
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04 伝言

 バンクレットは躊躇しなかった。


「では、ダイアニに向かおう」


 そこでリベルも正気に戻った。

 しどろもどろになって言い出す。


「あ、でも、あいつらが探索に出てると、しばらく戻って来ないかも――」


 バンクレットがヴィレイアに目を向ける。

 ヴィレイアはゆっくりと応じた。


「透過視精で伝言を届けるくらいは訳ないけど」


「鉱路にいたら伝言も届かないだろ」


「ではこうしよう」


 と、てきぱきとバンクレット。


「ヴィレイア、リベルの友人たちに連絡をとってくれ。連絡がとれれば我々はダイアニへ向かう。

 連絡がとれず、彼らが探索に赴いているようであれば、我々はきみたちのうち誰かの預託金を立て替え、二等勇者に昇格してもらう」


「……はぁい」


 一拍を置いて、ヴィレイアが返答した。


「仮に、ダイアニのリベルの友人たちの力を借りられることになったとしても、分かっているとは思うが、可能な限り、きみたちが軍部の議員の依頼で動いていると明かすことは避けてほしい」


「つまり、俺に、いきなり捨てた元仲間たちを頼る尤もらしい言い訳を考えろと」


「そうだ。恋しくなったとでもなんとでも言ってくれ」


「――検討します」


「時間が必要かな?」


「はい。まあ。俺には友人が少ないので、経験値もあんまりなくて。少なくとも半時間くらい考えさせてもらえると嬉しいですね」


 リベルの皮肉には気づかなかった様子で、バンクレットは微笑んだ。


「結構だ。では先に、今回、我々がきみたちに依頼したいことを説明しようと思う」


 それを遮って、ヴィレイアが右手を高々と挙げた。

 バンクレットが瞬きする。


「何かな、ヴィレイア?」


 ヴィレイアは真っ直ぐな眼差しでバンクレットを見上げ、真顔で尋ねた。


「透過視精を使った伝言にも、報酬を請求してよろしいでしょうか、ジョーゼル小父さま?」





*◇*◇*





「今回の依頼は、然程危険なものでも大したものでもないはずだ。もちろん鉱路に潜ることだから、不測の事態は避けられないだろうが、きみたちなら大丈夫だろう」


 と、バンクレットはベンチのそばで言った。


 ベンチにはヴィレイアとエルカが腰掛け、リベルはバンクレットの隣に立っている。


「大丈夫だろう、という油断が大惨事を招くんすよ」


 エルカが真顔で言って、バンクレットがこれも真顔で、「すまない、気をつけてくれ」と告げる。

 そして、軍帽の鍔に触れながら続けた。


「先に簡単に前提を話す。《死霊の姫君》についてだ。

 ――ヴァフェルムさまと我々は、二百年前に生きていた法術師の中でも著名な者を当たってきた。そしてその数人の中から、最期が不明な――簡単にいえば失踪に近い形で姿を消し、以後が不明な者を絞った。幾人かが該当した。西のアラトリーヴェのロロ導師、南のオレンリデアのヴェス療術師。

 そしてこの国。ケセルクのヴェストラーチェ王女」


「王女? この国に?」


 訊き返したリベルに、バンクレットは肩を竦める。


「二百年前は、ちょうど共和国成立の時期――革命の時期だったんだ。旧王朝の姫君がまだ生き残っていたんだよ」


「ああ、なるほど」


「そしてその中でも、死霊と契約するほどの動機を持つ者を推定した」


「療術師さん?」


 ヴィレイアが首を傾げる。

 木漏れ日が白百合色の髪に明るいモザイク模様を作っている。


「我々も当初そう考えたが、ヴェス療術師は稀代の好色家としても有名でね。殊勝な動機を持つことは考えられない。何より、法術師として名を残してはいるものの、法気が然程甚大だったとは思えないのだ――彼が法術師として名を残したのは技術ゆえだ。

 ロロ導師にしても、仕えた王に『死を滅せよ』と命令されたとも考えられないことはないが、当時のアラトリーヴェの国王は温厚な人物だった記録が残っている」


「ってことは王女さま?」


「消去法で、確信には至れないがね。だからこそ、《姫君》と呼んでいるわけだ」


「なるほど」


 頷いたリベルにも話が見えてきた。


「つまり、今回行く鉱路は、その王女さまが最後にいた辺りに近いってことですね。

 ――ヘルヴィリーからめちゃくちゃ離れてますけど。すげぇ北だし」


「理解が早いな。助かる。――そうだ。ヴェストラーチェ王女は当時、共和国の基礎を築いた革命軍の勇士たちに追われる形で首都から落ち延びた。そこから側近連中に匿われ、北へ逃げたということだな。母方の血筋が北方のもので、そこを頼れると踏んだのだろう。そしてその後は消息不明」


「かわいそう」


 発作的にヴィレイアが呟いた。

 バンクレットが顔を顰める。


「当時の圧政の話を聞いたことがないのか。王家と貴族の連中が衣裳に真珠を縫い付けてワルツを踊り、残飯を窓から捨てている間、庶民はパンの一欠片にも飢えていた」


「今もそんなに変わんねぇだろ」


 エルカがぼそっと呟き、リベルが彼に蹴りを入れて黙らせた。

 事実であっても軍人を怒らせていいことはない。


 すかさずリベルが質問を重ねてバンクレットの気を逸らす。


「でも、なんで鉱路に?」


「これも消去法だ。当時の革命者は、王家を一人残らず断罪することを掲げていた。

 地上にいる限り、彼らの捜索の目を免れたとは思えないが、鉱路なら」


「なるほど」


 リベルは神妙に頷いて、「非力な王女さまが一人で鉱路に踏み込めば、死霊との契約の儀式を執り行う暇もなく鉱路生物に八つ裂きにされるのでは」という言葉を呑み込んだ。


「ここまでで、なぜレキルト地方の鉱路に《死霊の姫君》がいると我々が推察しているのかは分かってくれたと思う。同時に、これがあくまで可能性の話だということも」


 こくん、と頷く三人の勇者。


「今回のヴァフェルムさまの頼みも、もう察しがつくだろう。

 ――その鉱路に潜って、出来るだけ深く探索してほしい。《死霊の姫君》を確認できれば御の字、出来なくとも構わない――」


「また俺たちを潜らせるから?」


「――あー、そうなると思っていただいても」


「なるほど」


 何度目かにそう言って、リベルは顔を押さえた。


 ちらっとエルカを見ると、エルカは、「お偉いさんの推察如きで欠けるような目に遭うのはご免」と思っていることがありありと分かる表情でリベルを見ていた。



 ――だが、ヴァフェルムはリベルとエルカにとって、命綱に等しい切り札である。

 失うわけにはいかない。


 危険を感じれば、引き返す自由もこの依頼にはある――



 ――そういう考えを籠めて、リベルはエルカを見た。


 エルカが正確にその意図を汲んだのが分かった。

 彼がちょっと顔を顰めて、溜息を吐いた。


 リベルはヴィレイアに目を遣った。

 ヴィレイアは暢気な態度で爪先を揺らしており、そもそもこの話を断るという選択肢があることすら忘れているようだった。


「――――」


 リベルは溜息を吐き、隣に立つバンクレットを見上げた。


「――甲種の鉱路に挑むとなったら、さすがに結構な額の報酬を要求しますよ」


「ヴァフェルムさまを破産させるには至るまいよ」


「ついでに、元の仲間と顔を合わせなきゃならなくなった、俺の気まずさに免じて報酬は上乗せしてくださいよ」


 バンクレットは顎を撫でた。


「検討しよう」





「――契約、影、透過視精」


 ヴィレイアが指を振ってのんびりとそう唱え、途端、周囲には耳ではなく精神で聞くとしか言いようのない、凛とした鈴の音が満ちた。


 エルカが「何回見てもすげぇ」と呟く一方で、ベンチに腰掛けたままのヴィレイアがリベルを見上げ、首を傾げる。


「誰に何て伝えようか、リベル?」


 リベルは腕を組んだ。


 透過視精を使った情報の遣り取りの仕組みは、彼に分かるところではなかったが、取り敢えずは目的の相手に声や視覚を届けることが出来るということは知っている。


「ダイアニの特等――じゃなかった、一等勇者隊のリガーに。俺が知る限り、ダイアニに同名の奴はいない」


「ダイアニ――リガー」


 ヴィレイアが囁く。


 その目の前で、微かに青色を帯びた白い光がぱっと弾ける。

 ――透過視精、その影だ。


 白い光が小指ほどの大きさの魚を形作って、空中が水面であるかのように、優雅に躍るように跳ね回り始める。


 続きを促すようにヴィレイアがリベルを見上げる。

 その濃緑の大きな双眸に、透過視精の光が映り込んで煌めていた。


 一瞬、リベルは自分が言おうとしたことを忘れ、直後にヴィレイアが不思議そうに首を傾げたために思い出した。


「――ああ、伝えることは、そうだな。『最近まで世話になっていたリベルが会いたいと言っている。ちょっと手伝ってほしいことがある。明後日にでもダイアニの勇者組合で会えないか。アガサには、リベルに暴行を加えないよう重々言い聞かせておいてほしい』」


「暴行……?」


 ヴィレイアがぽかんと呟く。


「どれだけ酷い別れ方をしたの……?」


「違う、あいつが極端な性格をしてるだけだ」


 断固としてリベルはそう言って、ヴィレイアは不承不承といった様子ながら、空中で跳ねる小魚の姿をした透過視精に目を戻し、囁きかけた。


「ダイアニのリガーに、リベルから。『最近まで世話になっていたリベルが会いたいと言っている。ちょっと手伝ってほしいことがある。明後日にでもダイアニの勇者組合で会えないか。アガサには、リベルに暴行を加えないよう重々言い聞かせておいてほしい』」


 小魚がぱしゃん、と跳ねて、空中に光の波紋を残していなくなった。



 リベルが気まずさの余りにバンクレットの後ろでうろうろと歩き回ることしばし。



 再び、ぱしゃん、と空中に光の漣を立てて、ヴィレイアの前に光の小魚が戻ってきた。


 ヴィレイアが小魚から何かを聞いている――ふむふむと頷き、それから彼女はリベルに目を移した。


「リガーという人からあなたに。『生きてるとは驚き。明後日なら空いている。晩メシを一緒に食おう。俺がアガサの説得に成功したかどうかは、そのとき分かる』」


 リベルは呻いたものの、言った。


「――了解。ありがとうって伝えておいて」


 ヴィレイアは微笑んだ。


「了解」





*◇*◇*





 バンクレットは吝嗇とは正反対の性質を持っていることが判明した。


 ヴィレイアにねだられるがまま、彼は気前よく夕飯まで奢ったのである。



 どうやらバンクレットは、彼がエーデルまで乗って来た陸艇でリベルたちをダイアニへ送り届けるついでに、ダイアニまでついて来る心積もりで――かつ、アガサたちには姿を見せないように立ち振る舞う心算のようだった。


「では、明日、ダイアニへ出立ということで」


 と言って晩餐がお開きになる頃には、既に遅い時刻になっていた。


 エルカが、「俺はまだ飲む!」と言い張り、かつバンクレットが取っているホテルは別方向だったため、いきおいリベルがヴィレイアを送っていくことになる。



 光晶の街灯がぽつぽつと灯り、人通りも減った道を歩きつつ、リベルはぼんやりとヴィレイアのために探してやった部屋について考えていた。


〈鉱路洪水〉の問題が片付き、ヴィレイアと正式に組むことになってから、リベルが探してやり、かつ契約金も支払ってやった部屋である。

 然程広くもない部屋で、浴場も他の部屋の人々と共用。


 ヴィレイアは若干不満そうではあったが、当時は蓄えのない彼女に呆れ果てていたこともあり、「我慢しろ」と頭ごなしに言ってしまったのだが、


(今から思えばもっといい部屋にしてやれば良かった……)


 今のリベルは後悔しきりである。


 はあ、と思わず溜息を零したとき、左側を歩くヴィレイアが呟いた。


「……リベルは――」


「ん?」


 左側に視線を落として、リベルは返答ともいえない短い声を返す。


 ヴィレイアは前を向いていた。

 夜陰であっても、街灯の明かりを拾って彼女の白百合色の髪がちらちらと煌めいている。


 ヴィレイアが歩く度に、胸元で青い時精時計がぽんぽんと小さく跳ねていた。


「リベルは、元の隊に戻りたい?」


「え?」


 出し抜けに、予想もしていなかった質問をされ、リベルは朱色の瞳をぱちくりと瞬かせる。


 ヴィレイアがちらっとリベルを見上げて、またすぐに正面に視線を戻した。


「ほら、元の隊を離れた理由、もうなくなったでしょう?」


「おまえのお蔭で」


 リベルは言って、首をひねった。


「――でも、いや、別に」


「そうなの? 今回のことがきっかけで、せっかく戻れるかも知れないのに」


「正直にいうと、それは考えなかったな」


 ヴィレイアが可憐な眉を寄せて、リベルを見上げた。


「ほんと? 私がまだ四等だからって気を遣ってない? ――私は大丈夫だよ」


 リベルは深々と息を吐いた。


「ヴィリー、おまえさあ……」


 ぐしゃぐしゃと赤錆色の髪を掻き回して、リベルはいっそ恨みがましげにヴィレイアを見下ろす。


「俺、何かした? この頃なんなの、他の奴と探索行けだの何だの。なんか思うところがあるなら言ってくれ、直せるところは直すから」


「――――」


 ヴィレイアは目を見開いてリベルを見上げた。


 しばらくそうしてリベルを見つめた後で、彼女はおずおずと視線を逸らす。


「……違うよ、リベルの人生を邪魔したくないと思ってるだけ」


「俺に人生をくれたのはおまえだよ」


 リベルは勢いでそう口に出し、口に出してみればなかなかに大それた科白であったために自分で言っておきながらたじろいだが、ヴィレイアはそれ以上に泡を喰っていた。


「違うっ、あなたが私を助けてくれたから」


「いや、おまえがしてくれたことの方が絶対に大きい」


「そんなことないの」


 ヴィレイアが確信を籠めて断言した。


 リベルが反駁しようと口を開くと、彼の袖を引いて黙らせ、もう一度言う。



「――そんなことないの」



 リベルは息を吸い込んだ。


「――おまえの方こそ、そんな風に思い込んで俺に遠慮したりするなよ。

 俺に我慢ならなくなって隊を解消したいときはそう言って」


 ヴィレイアは微笑んだだけで、答えなかった。


 リベルはそんな彼女をじっと見てから、冗談めかせて言った。


「おまえに捨てられないように、そうだな、もっといい部屋探してやろうか?」


 ヴィレイアは噴き出した。


「今のお部屋も、住んでみたら結構気に入ってるから大丈夫よ」


「飽きたら言って」


「そんな風に甘やかしてたら、私、もっと散財するようになるよ」


 青い外套の裾をこれ見よがしに閃かせながらヴィレイアがそう言って、リベルはわざとらしく目を見開く。


「散財の自覚があったのか。いい兆候だ」


「この外套はちょっとお高かったと思ってるのよ。

 それはそうと、ダイアニに美味しいお店があったらいいな」


「俺が行ってたような店なら連れてってやるよ」


「リベルが行ってたところって、どうせ食べられればいいってお店でしょ?」


「よく分かってるじゃないか」


「もうちょっとお洒落なところがいいなぁ……」


「ダイアニではおまえに手綱つけとかなきゃいけないかな」


 リベルが笑いながら言ったところで、ヴィレイアの部屋がある集合住宅に通じる最後の角が見えた。


 ヴィレイアが足を止める。


「ここまでで大丈夫」


 リベルも足を止めて、片手を挙げた。


「おう。じゃあ明日。

 ――おやすみ、ヴィリー」


 ヴィレイアは後ろ歩きで手を振った。

 いつもの、朗らかで明るい笑顔で。


「うんっ。おやすみリベル、いい夢を」





















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