03 探索準備
加護:かつて勇者を名乗ることが出来たのは、加護を持つ者だけだった。
加護とは何か――天運、というより他はない。
加護を持つ者は須らく幸運で、常人であれば致命の事態に陥る状況であっても切り抜けることが多い。
ゆえに加護を持つ者に許される特権は場数であった。
強さも信頼も、場数の上に成り立つものである。
そして時代を下り、人間は加護を人工的に付与する術を確立した。
亜竜の眼球の一部を身体の一部に埋め込む方法であり、かかる技術は勇者組合が独占している。
なお、鉱路の採掘が国どうしの熾烈な争いの火種であることは言うまでもなく、人工加護の効力は、その加護を付与した国の中に限られる。
そして、あなたが生命を大切にしたいならば、複数の国で複数の加護を得ることはお勧めいたしかねる。
この技術が確立されてより、勇者は群雄割拠の時代を迎えた。
――――――――――
ヴィレイアは朝食がまだとのことだったので、先に食べてくるよう促し、リベルは〈フィード〉の前に残った。
〈フィード〉に、今度は目的を持って目を走らせる。
四等勇者――つまりは素人、あるいは雑魚といってもいい――を連れて行っても、それなりの確率で生還できるだろう鉱路を物色するためだ。
目的があるのはいい、と思う。
思考が鮮明になる。
目的もなくただ生き残っていた日々は過去のものになったと実感できる。
しばらく〈フィード〉を眺めていて、これはよいと思える鉱路を見つけた。
アッシュビット地方の鉱路――ここからは陸艇で二時間ばかりの場所のはずだ(途中で山脈を超えるので、陸路で辿ろうとすればとんでもなく時間がかかる)。
規模は第五類――つまり、さほど大きくなく、浅い。
危険度の評価は概ねのところで丙種を保っており――つまり、さほど危険ではない。
鉱路には謎のまま残っている部分が多いが、その最たる部分を占めるのが、採掘できる資源の量と危険度の関連である。
知られている限りで、鉱路に生息する生き物たちは、それ自体で食物連鎖が完成している――つまり、竜の生命がもたらす微細な振動を食べる明りクラゲ、明りクラゲを食べる小型生物、その小型生物を食べる大型生物、といった具合に。
真正の竜は、ただ一種――〈言聞き〉の黄金竜――を除いて姿を消している。
とはいえ退化した竜の亜種は多数あり、ゆえに明りクラゲは無限に湧き、それに伴い小型生物も数を保ち――といった連鎖が完成しているのだ。
つまり、資源――火を生む不傷石や水を発生させる不溶石、浮かぶ性質を持つ浮揚璧など――それらを鉱路の生き物が必要としている様子はないのだが、不思議と危険度が高いほど採れる資源も多く、質もよいのだ。
鉱路の大型生物にとって、竜の一種である人間はご馳走以外の何ものでもないのだということも、同時に言い添えておく。
アッシュビット地方の、リベルが目をつけた鉱路は、さほど危険ではないが、同時に得られる報酬も頭打ちになりそうな鉱路、ということだ。
だが、四等勇者にとっては大冒険になるだろう。
この後は、ヴィレイアにそれとなく物資の買い方も指導しなければ――と、リベルは一種の使命感を抱きながら考えた。
――そう、考えていた。
朝食を食べて大急ぎで戻ってきたヴィレイアは、〈フィード〉のそばのベンチで脚を組んで座り、ぼんやりしているリベルを見て、待たせたことを詫びるよりも何よりもまず、ほっとした安堵の表情を浮かべた。
「良かった……」
そう呟いて駆け寄ってきたので、リベルは渋面を作る。
気分を害したわけではなかったが、初対面の相手を前に、悪戯っぽい表情も作れなかったのだ。
「……別に、こっちだって組む相手がいなくなったら困りますし」
「いえ、そうじゃなくて」
駆け寄ってきたヴィレイアは、座っているリベルと膝を屈めて視線を合わせて、嬉しそうに目を細めて微笑んだ。
「朝ごはんを食べている最中に、もしかして都合のいい幻覚を見ていたんじゃないかと不安になってしまいまして」
これにはリベルも、無理せずに笑えた。
というよりも噴き出した。
「分かった、じゃあきみも幻覚って可能性があるな。
――覚める前に、どこの鉱路に行くか決めておきましょう」
さてここで、上手くアッシュビット地方の鉱路へ誘導せねば――と考えていたのは、リベルの杞憂に終わった。
〈フィード〉を前にしたヴィレイアは、ちらっとリベルを見たあと、しばらく片頬を膨らませて〈フィード〉を眺めていた。
と思うと、迷いなくアッシュビット地方の鉱路の情報を指差したのだ。
「あれ、そんなに危なくもないみたいですし、いいんじゃないでしょうか」
「――――」
リベルはぽかんとした。
だが、丙種の鉱路がそう多く掲示されていたわけではない。
(偶然かな……?)
そう思いながら、リベルは頷く。
笑顔を浮かべようとして失敗し、彼はヴィレイアの頭の上の方を見ながら、短く言った。
「じゃあ、陸艇を調べましょう」
〈フィード〉を担当する職員に尋ねたところ、アッシュビット地方の鉱路への陸艇は、ちょうど明日の朝に出航予定とのことだった。
運がいい――というよりも、〈フィード〉には、近々で出航予定のある鉱路が優先して掲載されるということもある。
「じゃあ、買い出しに――……ヴィレイア?」
職員におずおずと礼を言い、物資の買い出しに行かねば、とヴィレイアを振り返ったリベルは、ヴィレイアがなおも〈フィード〉に貼りついているのを見て、少しばかり呆れた。
「ヴィレイア、一気にそう幾つも鉱路には潜れないよ」
ヴィレイアはびくりと肩を揺らして、おずおずとリベルを振り返った。
取り繕うような笑顔を浮かべて、彼女は白百合の色の髪を左手指でくるくると弄ぶ。
「そ――そうですよね。ですよね。
――買い出しですよね、行きましょう」
「うん、行きましょう」
そう言いながらも、リベルも最後に、ちらりと〈フィード〉を一瞥した。
特筆すべき情報は何も記されていなかった。
リベル同様、ヴィレイアもエーデルに来て日が浅いようだった。
組合を出て、右に行けばいいか左に行けばいいかも分からず、二人して初手からまごついてしまう。
やむなくリベルが一度中に戻り、勇気を振り絞ってカウンターの向こうの職員に頼んで、「新人勇者のための買い出しお勧め店舗一覧」なる一枚紙を貰ってきたが、その間もヴィレイアは途方に暮れたように立ち竦んでいるばかりだった。
リベルはじゃっかん呆れたが、天運の如くに降ってきた同行者である。
失うわけにはいかない。
買い出しとなれば、まず――
「――明りクラゲですね」
「――明りクラゲですよね」
二人の声がぴたりと重なり、二人はきょとんと目を見合わせ、やがてどちらからともなく目を逸らし、咳払い。
リベルが紙を広げ、意味もなく文字を指で辿りながら、ややたどたどしく読み上げた。
「明りクラゲは――四番横丁のお店がお勧めだそうですよ。行ってみましょう」
「あ、はい。そうですね」
紙から目を上げてちらりと見遣ると、ヴィレイアも非常に気まずそうに自分の足許を見つめて、筒状の荷物をぎゅっと握り締めていた。
明りクラゲを取り扱う店は、店内が幻想的な光景となることで知られる。
明りクラゲは鉱路原産の、宙を漂う小さなクラゲだ。
竜の眷属の生命のそばにあるとき、白く淡い光を発することで知られ、そして当然ながら暗い鉱路内の光源として利用され始めた。
火と違って燃料を消費しない上に、倒れた仲間の生存確認まで出来るのだから好都合というわけだ。
勇者はこれを大きな硝子のランタンに入れて携行する。
二人で半額ずつの小切手を切り、明りクラゲを鉄製の蓋つき容器で受け取った後は、
「不溶石ですね……」
「不溶石、ですよね……」
またも声が揃い、二人は今度はまじまじと相手を見てから、またどちらからともなく目を逸らした。
――もしやこのヴィレイアという少女も、リベル同様に他の組合での勇者の経験があるのだろうか。
その疑惑を籠めてヴィレイアをもう一度じっと見る。
ヴィレイアは斜め上を向き、どこかの建物の屋根に、異様なほど興味を惹かれている様子。
――どうやら、リベルからの詮索は望んでいないらしい。
リベルは紙を広げ、咳払いして読み上げる。
「不溶石は――この奥の、ウェドニーの店っていうところがお勧めだそうですよ。行ってみましょう」
「――あ、はい。ですね」
不溶石は、これもまた鉱路原産の鉱物の一つである。
見た目は青みがかった水晶といったところ。
透明度によって区分けされ、ある区分以上のものでなければ飲み水には適さない。
溶けない氷と言い慣わされたところから、この名が定着した。
不溶石もまた、鉱路から採掘してくるべき資源の一つではあったが、通常の水は持ち込んだところで腐るので、不溶石を飲み水として持参するのは勇者の基本であった。
現地調達しようにも、そう上手く不溶石を採ることの出来る坑道に行き当たるとは限らないのだ。
宝石の如くにずらりと不溶石が並ぶ店内で、二人揃って言われるまでもなく飲み水として通用するぎりぎりのところの不溶石を一掴み手に取る。
お互いになんとなく目を逸らしつつ、再び半額ずつの小切手を切り、布巾で包まれた不溶石を受け取った後は、
「資源袋……」
「資源袋を……」
またも声が揃う。
もう偶然ではない気がしてきたが、なんともいえず、リベルは必要以上に手許の紙を凝視。
「資源袋は、やっぱり、」
「鉱路トカゲの」
「ですよねその方がいいですよね。――商店街にいい店があるみたいですよ、行ってみましょう」
「です、ね」
資源袋は、袋という名がついてはいるものの、形は千差万別である。
中には、車輪のついた木枠に袋を張ったものもあるが、悪路に対応できないため不人気。
ある程度金を積めば手に入る、浮揚璧を取りつけたものが人気である。
何しろ、浮き上がるほどの純度の浮揚璧ではないにせよ、これは段違いに軽いのだ。
ちなみに、鉱路の中に軌道を敷き、トロッコを走らせてはどうかという案が、共和国議会においてちょくちょく議題に上がる。
そしてその全てを叩き潰すのが、金の力で議会に喰い込む勇者組合と保険組合の最も重要な仕事の一つだった。
――トロッコなど走ろうものなら、勇者の仕事はその護衛だけになり、勇者の数が減る。
即ち勇者組合と保険組合は脆弱化する。
それを喰い止めているのであった。
商店街の露店にて、二人は浮揚璧付きのものの中では最も安価な資源袋を購入した。
ここは即金でリベルが支払い、のちほどヴィレイアから半額の返金を受けることを約束する。
そして続いて、
「武器と採掘具は……」
リベルが見下ろすと、ヴィレイアは慌てた様子でぶんぶんと首を振った。
筒状の荷物をぎゅっと握っている。
明りクラゲの容器も彼女が持っている。
「武器はありますが――」
(あるんだ……)
――やはり他所での勇者の経験があるのでは。
その疑惑は深まったが、下手に詮索して逃げられると困る。
リベルは知らぬ存ぜぬを決め込むことにした。
「――採掘具は持っていません」
言葉を締め括ったヴィレイアを見下ろしたまま、リベルは顎を撫でる。
――勇者隊においては、採掘者を中心として、戦闘をこなす者が鉱路生物に対して防衛線を張るのが通常だ。
リベルが一昨日まで在籍していた隊においては、アーディスが採掘者の役割を担うことが多かった。
とはいえリベルも、通り一遍の採掘具――不傷石を使った爆破装置や、鶴嘴やその他諸々――は所持しており、エーデルで見つけた塒に置いてある。
他の組合で勇者として活動していたなら、採掘具の一つも持っていないのは不自然だ。
案外、この少女は傭兵崩れ、あるいは軍人崩れなのかも知れない。
そんなことを考える。
「えーっと、そっか」
リベルは息を吸い込み、左手にぶら下げた不溶石の袋と、たった今購入した資源袋をぎゅっと握り締める。
ちなみに、自然とヴィレイアがリベルの左側を歩くことが多くなっており、リベルの持つ荷物とヴィレイア本人が、何度か衝突していた。
「俺も、武器はありますし――採掘具も持っています。取り敢えず、採掘具は俺のを使いましょうか」
ヴィレイアはほっとした様子で頬を緩めた。
「はい」
「――あの、ヴィレイア?」
ヴィレイアはリベルの靴の辺りをじっと見ていたが、呼ばれてびくっと顔を上げた。
「は――はいっ?」
「差し支えなければ教えてほしいんですけど、――法術師ですか?」
ヴィレイアが瞬きしたので、リベルは慌てて説明する。
「あの、俺、魔法は使えるんですけど、法術は駄目で。でも、隊に法術師がいないのは、ほら……」
ヴィレイアが、ゆっくりと、だが確かに、にっこりと微笑んだ。
その微笑の顔への広がり方は、夜明けのようにゆっくりとしていて、独特の明るさがあった。
「はい、法術師ですよ」
「良かった――」
「でも、」
ヴィレイアは笑顔のまま言った。
「契約している精霊は、一体だけで。
申し訳ないんですがその一体は、透過視精でも治癒精でもないんです」
リベルの顔が強張った。
「――えっ?」




