02 ボーイ・ミーツ・ガール
死:かつては他の生き物同様、人間にも訪れていたもの。
言うまでもないが、人間は退化した竜である。
竜の眷属の肩を叩くべき死が去ってから、二百年が経過している。
死を失った竜の眷属たちに訪れた大きな変化は二つ。
(一)肉体は「欠ける」。生前とさして変わらぬ姿を保つこともあれば、欠けたときの状況においては損壊されていることもあるが、損壊が激しくない限り、欠けた肉体は生前と変わらず動作する。
これは即ち、欠け人となった人間も労働力としての使途があることを意味する。
なお、ケセルク共和国においては、欠け人の収容施設のための税金が課される。これを欠落税といい、納税義務者は欠け人の親族あるいは属する組合、納税時期は欠落時である。
欠落税について詳細は当該項を参照。
(二)竜の眷属(人間を含む)のいわゆる寿命が、〈言聞き〉の契約可能範囲に入ったこと。
竜の眷属の筆頭は亜竜である。
鉱路で亜竜に遭遇した勇者は不運である。
元より亜竜の脅威は飛び抜けて大きかったものを、亜竜の肉体を徹底的に損壊し、欠けた後の脅威も取り除かねばならなくなったのだから。
――――――――――
ダイアニの町に到着したリベルは、今回の探索の成果物を勇者組合で換金し、それを五人の隊員に評価会議で話がついていた通りに割り振り、そして各々の報酬から、それぞれの勇者等級に従って税金が引かれるのを見守ったあと、ダイアニの銀行に向かった。
そこから己の貯金を全て小切手にして振り出し、迷いなく勇者組合に戻ると、脱退の手続きを行った。
ここまでを黙って見ていた、彼の勇者隊の仲間たち――今にも「元」仲間たちになろうとしている――は、特等勇者から脱退の手続きを希望されてまごつく組合職員を庇うかのように、つやつやした飴色に磨かれた木のカウンターに近付いて、リベルを宥めにかかった。
「税金のことなら、報酬をその分おまえの方に上乗せすればいいじゃん」
「脱退して他所で再加入なんて、面倒なだけよ」
「組合加入でまた金がとられるぜ」
「一晩落ち着いてお考えになってみては……」
だが、リベルは頑として考えを変えなかった。
三年も一緒にいたのに冷たいぞと罵られても露とも気にかけず、彼は断言する。
「嫌だ。俺はここを抜ける」
そして、彼は最後に、左手の親指に嵌めていた青い指輪を外した。
その日の夕暮れには、リベルはダイアニの町で借りていた部屋を引き払い、荷物を纏め、左手に荷物、右手に〈氷王牢〉を担ぎ、全財産となる小切手を荷物の奥の奥に慎重に仕舞い込んだ上で、陸艇の駅にいた。
駅には真夏の熱気が駅の中に充満しており、ベンチにじっとしているだけで汗が滴る。
リベルはしばらく、閑散とした待合でベンチに座って陸艇を待ち、やがて陸艇が空から舞い降り、乗っていた者たちが三々五々に降りて来るのを見て、ベンチから立って陸艇に向かった。
勇者組合が所有し、鉱路に派遣する陸艇と、造りとしてはほぼ同じ――内部で、不傷石の扱いなどに従事している乗組員が、この陸艇の所有者が買い取って使っている欠け人であるという点を含めて同じ。
だが、この旅客艇は逓信組合が所有および運航しているもので、勇者であることを証明できれば無賃で乗船できる陸艇とは訳が違う。
乗船前に小切手を切って、料金を支払うことが必要になる。
リベルの蓄えはちょっとしたものなので、やろうと思えば千回でもここと行先を往復できるほどだ。
だがそれでも、蓄えを他国の通貨に両替したと想定すると、一生涯を悠々自適に暮らせるほどではない――それほどの蓄えがあるならば、リベルは迷いなく、遥か西方の夢の国、アラトリーヴェへ向かっていることだろう。
アラトリーヴェは地中海に面した、花と香辛料と美酒の国である。
海に面した町の建物は全て滑らかな白い石で造られ、温暖かつ晴れの多い気候に恵まれ、建物の窓からは花々が溢れんばかり、香辛料市場では異国情緒漂う様々な香辛料が売られ、夜には国中のグラスに薫り高い美酒が注がれ、天にも昇る心地が味わえるという。
(――俺の加護が人工じゃなけりゃ、さっさとこんな国は逃げ出せるのに)
そう思いながら、リベルは陸艇の硬い座席に身を預けた。
行先はエーデル――勇者組合の拠点の一つ、ダイアニの北西に位置する大きな町だ。
*◇*◇*
エーデルは活気のある町だった。
一晩を陸艇の中で過ごしたリベルは、翌日の正午にエーデルの駅に降り立った。
駅では、到着する友人や家族を待っていたのだろう人々が屯しており、高く手を挙げて自分の居場所を示している人が多数。
再会を喜ぶ声や待たせたことを詫びる声が無数の靴音とぶつかり合いながら、石造りの駅の待合ホールに響いている。
左手に荷物を持ったリベルは心なしか背中を丸めて、足早にホールを抜けた。
十四歳のときに比べて人見知りがましになったとはいえ、見知らぬ人間が大勢いる中にいるのは居心地が悪かった。
駅を出ると、四方八方から押し寄せてくる町の喧騒。
町並みは豊かかつ雑多に広がっている。
街路樹の植えられた、幅の広い通りが網の目状に都市を走っており、通りには数多くの陸舟や馬車が行き交う。
どこの町でもそうだが、適当な方向に目を遣れば、それだけで五人程度の衛卒を見つけることが出来る。
威圧的な制服を着て武器を持った、眼光鋭い共和国兵士たちである。
表向きの職務は治安維持であり、公然たるその方法は暴力だった。
煉瓦造りの駅の周囲には大衆食堂も店を構えており、昼時とあってその賑わいは相当なものだった。
リベルも空腹を感じてはいたが(何しろ朝食もまだだった)、まずは組合に加入せねばと、空気中を漂う誘惑の匂いを意識しないよう、頬の内側を噛んで堪える。
天候は生憎の曇天。
分厚い雲が垂れ込めて、夕方にでも一雨きそうな空模様だ。
初めて訪れる都市だったが、勇者組合は大抵、駅のそばに構えられることが多い――というのも、頻繁に陸艇を飛ばすからだ――ということは知っていた。
リベルは広い駅の周囲の通りを、時間をかけてぐるりと巡っていくことにした。
運よく、さほど迷わずに勇者組合の印章を掲げた建物を発見できた。
勇者組合の印章は、楕円の中に四つの菱形を組み合わせた印で、これはリベルの右手親指の、掌側の付け根にも入れ墨の如くに刻まれている。
勇者組合の建物は、どうやらダイアニのものの方がやや大きいように思えた。
とはいえ、それでもこの建物も十分に大きい。
窓を数えるに四階建て。建物の端から端までを踏破しようとすると、なかなか草臥れそうだ。
明るい色の石を使った石造りの建物で、入口のアーチや、夥しい数の窓の縁の装飾が凝っている。
夥しい数の硝子窓が、燦然と陽光を弾いていた。
周囲を見渡すと、通りを挟んで向かい側に、立派な柱廊玄関を持った銀行があった。
リベルはほっとしてそちらに向かい、数十分後には、銀行から賓客の扱いを受けつつそこを出てきた。
さて、いよいよ勇者組合である。
リベルは豪奢なアーチをくぐって、エーデルの勇者組合の建物の中に足を踏み入れた。
旧王朝時代から建っていた建物を、組合のものとしているのだろう――外観もそうだが内装にも、格調高い旧王朝時代の特色が色濃く残っている。
玄関ホールにも窓はあったが、ホールは広々としていて、窓から射し込む明かりだけでは十分ではなかった。
薄暗いホールを、壁に設けられた灯器――言うまでもないが、鉱路で採れる光晶が使われている――が、仄かに金色味を帯びた白い光を振り撒いて、穏やかに影を払っている。
ホールの内装はともかく、そこにいる人々の様子は、とても格調高いとはいえなかった。
様子だけをみれば、ダイアニの組合のものと変わりない。
手前にベンチがずらりと並び、そこで各々の用件を抱えた勇者たちが座っている。
左奥に、重厚な木のカウンターがあり、そこで数人の職員がてきぱきと勇者たちの用事を片付けている。
奥からはがやがやと喧騒が聞こえ、奥に食堂と、各鉱路の状況を知らせる〈フィード〉があるのだろうと推測できた。
リベルがカウンターに向かって用件を伝えると、カウンターの向こうの初老の男性は顔も上げずに頷き、番号の書かれた小さな札をリベルに手渡した。
「加入ね、了解。加護は?」
リベルは右の掌を見せた。
「あります」
「良かった。――その番号で呼ぶまで座ってて」
リベルがベンチに向かって歩き始めたときにはもう、その初老の男性は次の仕事に取り掛かっていたらしい。
「五十二番!」と高らかに呼び掛け、呼ばれたのだろう一人が、リベルと擦れ違うようにしてカウンターに駆け寄っていく。
その人物はしっかりとフードを被り込んで顔を隠していたが、珍しいことではなかった――勇者組合は、いわゆる身分証となる「旅券」を提示せずに加入できる、数少ない組合の一つだ。
ゆえに、脛に傷持つ連中も多少はいるのである。
リベルは手許の札を見た。
経年劣化で数字がかすんではいたものの、「七十六」と見て取れる。
待機時間は長くなりそうだ。
リベルはベンチに腰掛け、空腹と退屈を持て余しながら、ベンチに座っている他の勇者たちが用事を片付けていく様を見守った。
まだ十三歳程度に見える少年が、人工加護の付与を受けるのを、あるいは四十絡みの勇者たちの隊が探索の成果物の換金を受けるため、上階に案内されていくのを、三十半ばと見える女性が、勇者の等級を上げるため、多額の預託金を窓口に預け入れるのを。
ダイアニでもよく見ていた光景だが、どことなく違和感があった――しばらく考えて、気づいた。
ダイアニでは、リベルはそこにいるだけで注目を浴びていた。
あれが狂悖暴戻の〈錆びた氷〉だぞ、とばかりにひそひそと。
ここではそれがない。
――特等勇者の数は国内でも少ないから、名乗れば「ああ!」と思い当たる者もいるだろうが、さすがに顔かたちまでが、他の町に伝わっていることはないといういい証拠だ。
リベルの腹がいよいよぐぅぐぅと鳴り始め、腹痛すら覚えてきた頃になってようやく、七十六番が呼ばれた。
リベルは立ち上がり、いそいそとカウンターに向かう。
隣の窓口では、どうやら人工加護の付与にかかる費用について揉め事が起こっているらしい。
そちらは一瞥もせず、リベルはカウンターの向こうの初老の男性と事務的な手続きを進めた。
まず最初に、組合加入の宣誓書。
リベルは、字を書くことは出来ないが読むことは出来る。そして、どうやら自分のサインらしきものは書き記すことが出来るようになっていた。
ペンを手に取り、ぐにぐにとサインを書きつける。
続いて、加護が備わっていることの証明書。
ぐにぐにとサイン。
続いて保険の手続き。
強制的に加入させられるもので、かつ、勇者としての等級が低ければ低いほど、保険料も高くなる仕組みだ。
やむなし、と、ぐにぐにとサイン。
――と、こんな具合で山ほどの書類にサインをしていく。
リベルが最も警戒したのは法務官とのやり取りが発生することだが、勇者組合においてそれは発生しないらしく、彼はこっそりと安堵の息を吐いた。
最後に初老の男性が、大儀そうに片眼鏡を掛けて、書類を一枚一枚確認していく。
そして、ちら、と目を上げてリベルを見た。
「きみ、勇者は初めて?」
目が合うと緊張するので、リベルは視線を微妙に逸らしていた。
「いや、他所でちょこっと」
「じゃ、基本的な説明は要らないね。――エーデルの勇者組合にようこそ。前にいた組合でどの等級だったかは知らないが、最初は四等だよ。
等級を上げるには、最低一度はうちの組合での探索をこなして、預託金を持ってここに来て――試験がある」
ひょい、と渡された、「エーデル」と印の入った勇者の徽章。
徽章からは組紐が垂れ、この組紐の色で等級が分かる。
――四等は黄色だ。
「じゃあ、鉱路の情報が分かる〈フィード〉は向こうだから。
――頑張ってどこかの隊に入るといい」
初老の男性の指先が奥を示していることを見て取って、リベルは愛想笑いを浮かべようとして、失敗した。
どうにも知らない人に笑い掛けるのは苦手だった。
「分かった。――ありがとう」
そこで踵を返し、まずは建物の外へ。
――腹ごしらえの必要性を切実に感じたためだった。
この組合の食堂を使ってもいいが、どのみちここを本拠にするならば、早いうちに住居を見つけておく必要もある。
鉱路の情報を見るのは明日でいい。
そうして外に出たときには、既に辺りは夕暮れ。
曇天とあって、宵闇が寄せてくるのも早い。
胡乱げにこちらに目を向ける衛卒から視線を逸らす。
目を合わせては揉め事になる。
はぁ、と息を吐き、大衆食堂へ向かいながら、リベルは内心で呟く。
――仲間を見つけるつもりはないんだ、俺は一人で大丈夫だから、と。
――と、思っていたのだが。
「う――嘘だろ……」
翌朝、麻布に包んだ愛剣〈氷王牢〉を背中に背負ったリベルは、〈フィード〉の前でがっくりと項垂れていた。
この組合の〈フィード〉は素朴な造りで、大きな木の立て看板のそばに机があり、そこに腰かけている三十ほどと見える女性の法術師が、影契約している透過視精が告げる遠方の地での出来事を、猛然と書き留める紙が次々に張り出されていく――というだけのもの。
無論、その中に鉱路の情報もある。
どこの鉱路あての陸艇が出るか、どこの鉱路で何が起きたか――そんなことが書き留められていく。
だが、リベルを打ちのめしたのはそんなものではなかった。
もっと根本的なところ――〈フィード〉の上部に、赤々と大きな字で書きつけられている文言だった。
〈四等勇者の単独探索は禁止されております。保険の適用範囲外となり、違約金をお支払いいただくことになりますのでご注意ください。
また、四等勇者お一人からの資源換金は受け付けておりません。
四等勇者の方は、必ず隊の方とご一緒に、換金依頼にいらしてください〉
確かに、実力が保証されない四等勇者を単独で鉱路に送り込んでは、保険組合の財政が逼迫しかねないということは分かるが。
そして勇者組合としても、保険組合の機嫌を損ねられない以上、その規約違反に目を瞑って換金に応じることは出来ないということも、理屈としては分かるが。
「わ――忘れてた……」
何しろ最後に四等勇者だったのは五年前、しかも極めて短い期間。
確かにあのときは、他所の勇者隊の後ろにくっ付いていた気がするが――
「どうしよう……」
単独で探索し、換金のタイミングでのみ他の勇者隊に頼み込んで一員として扱ってもらうか?
――駄目だ、勇者には野蛮な人間が多いのだ、そんな弱みを握らせようものならどうなるか。
耳の奥でラティの言葉が甦る。
――『リベルは人見知りですから……心機一転、というのは……難しいのではないでしょうか……?』
周囲を見渡す。
もう既に出来上がった勇者隊ばかり。
自分も加えてくれないか、と言い出すのは、確かにリベルには難しい。
そもそも、元いたアガサたちのいる勇者隊も、彼が一等勇者となった頃に、向こうから声を掛けられて結成したものなのだ。
だらだらと冷や汗を流しながら、ともかくも落ち着こうと思い立ち、一旦食堂へ。
そこでもリベルは周囲をきょろきょろと見渡しながら豆のスープの朝食を摂ったが、目に入る範囲で、単独行動している者はいなかった。
いよいよ追い詰められた感覚がある。
途中からは悲しくなり、俯いて朝食を終えた。
溜息を吐き、所定の場所に食器を戻す。
その際、後ろからけたたましい笑い声を立てる一団が迫ってきて、反射的に飛び退いた。
飛び退いたリベルに、向こうは気づいてすらいないようだったが、待てこんなことで見ず知らずの相手と隊を組めるのか? と、リベルは思わず真顔になる。
重い気持ちで溜息を吐きながら、再び〈フィード〉へ。
〈フィード〉を担当している職員が小休止に入ったのか、姿が見えない。
一方で、〈フィード〉の前には先客がいた。
白い薄手の外套を羽織り、そのフードをすっぽりと下ろしている人物だった。
小柄で、リベルよりも頭ひとつ分は背が低い。
身体つきを見るに女性だろう。
切羽詰まった様子で〈フィード〉を見上げているので、もしや行方不明者の情報でも探しているのだろうかとリベルは勘繰ってしまう。
彼女は身体の前で細長い包みを抱えており、まるでその荷物に縋っているかのようだった。
リベルもその人物の隣に並び、意味もなく〈フィード〉を見上げる。
鉱路の情報を目で追っていくと、どの鉱路も問題なく探索できそうだった。
――だというのに、隊に所属していないがために探索できないとは!
(やっちまった……)
赤錆色の髪をぐしゃぐしゃと掻き回す。
計算外にも程がある。
そして馬鹿にも程がある。
とにかく特等勇者の座を返上することしか考えていなかったとはいえ。
重い溜息を零し、さてどうするか……と、右手で眉間を押さえていると。
「――……あの……」
声を掛けられた。
自分に声を掛けられているとは思えず、無視してしまう。
すると相手は、辛抱強く再度囁いてきた。
「あの……」
「――――?」
リベルはきょとんと顔を上げた。
朱色の瞳で瞬きし、声が聞こえた左側へ視線を落とす。
そして、件のフードの人物が、今やじっと自分を見つめていることに気がついた。
「はあ……」
思わず、そんな曖昧な声を返してしまう。
見下ろしてみると、隣に立つその人物は、まだ十六、七歳とみえる少女だった。
――更にリベルが内心で驚いたことに、非常に整った可憐な顔立ちをしていた。
大きな扁桃型の瞳は濃緑色で、透明感のある見事な色合いで、生命そのもののような彩りで目を惹いた。
雪のように白い肌をしており、薄桃色の唇が不安そうにきゅっと結ばれている。
少女が瞬きした。
その拍子に、大きな瞳を囲む長い睫毛が、真っ白な色合いをしていることが際立って見て取れた。
リベルは居心地が悪くなり、半歩下がる。
そして、穏やかでいながら面倒そうな、同時に警戒を滲ませたような、そんな声を出していた。
「……はい? ええっと……俺、邪魔でした?」
少女はぶんぶんと首を振り、はたと思い立った様子で左手を上げ、被っていたフードを下ろした。
――見事な白百合の色合いの髪が露わになった。
緩い癖のある艶やかに長い髪が、フードから零れて背中へ落ちる。
首許に、黒いリボンを風変わりな首飾りのように巻いているのが見えた。
鳩尾まで垂れる首飾りも見える――無骨な金色の鎖の先に、青玉のように透き通った青い色合いの、拳よりも一回りほど小さな「時精時計」を、首飾りにして下げているのだ。
時精時計は更に、革紐でぐるぐると縛られた上に、その革紐も首に掛かっていた。
断じて時計を失くすものかという強い決意が窺える。
「時精」の恩恵で正確に時を刻む――年単位なのか、月単位なのか、日単位なのか、それとも時間単位、秒単位なのかは分からないが――時計の表面には、「一一七三」という白い文字が浮かび上がっていた。
「あの、もしかして、」
と、少女は言った。
そして、一縷の望みを懸けるような顔をして、ほっそりした白い指で、〈フィード〉の上部――例の、あの赤々とした文字を指差した。
「――四等さんですか?
今、どこの隊にも所属していなかったり……します?」
リベルは大きく息を吸い込んだ。
今、天から僥倖が降ってこようとしているのを感じ取ったのだ。
思わず少女に向き直り、こちらも一縷の望みに縋るような顔になって、切実に頷く。
「――実は、そうなんです。――もしかして……?」
朱色と濃緑の視線が重なった。
二人は感無量といった表情で、同時に大きく頷いた。
「そうなんです」
「――――!」
覚えず、片手で口許を覆ってしまう。
もはや人見知りを云々している場合でもなく、リベルは跳ね上がった心臓の勢いそのままに、さっき下がった半歩を詰めた。
「もし良かったら……!!」
無意識のうちに差し出した右手に、少女が左手で縋り付いてきた。
「喜んで……!!」
なんという僥倖。
なんという天文学的幸運。
リベルは感動のあまりしばらく息を止めてしまった。
少女もどうやらそれは同じらしく、驚きと安堵、そして不安が綯交ぜになった、眩しいほどの表情。
すう、と深呼吸をして、リベルは少女に右手を握らせたまま、言った。
「――ありがとう。
リベルです、よろしく」
少女はリベルを見上げて、はにかんだように微笑んだ。
そして、ぺこりと頭を下げた。
「ヴィレイアといいます。
短い間になると思いますが、よろしくお願いします」
リベルは苦笑した。
――三等勇者に上がるには、それなりの苦労がある。
主に預託金を用立てるという苦労が。
それを爆速で駆け抜ける気満々の様子の少女を、少しばかり微笑ましく思ったのだった。




