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量産勇者、自由を掲げよ。  作者: 陶花ゆうの
2 ガール・ファインズ・ボーイ
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08 良い夢を

「ラディス傭兵団ですが、例の法術師さんを連れて、陸艇で逃げた可能性がありますね」


 ヴィレイアが真面目腐ってそう言うと、室内にいるバンクレットをはじめとする七人は、懐疑的に彼女を眺めた。



 ――またしてもヴァフェルムの執務室。

 ヴァフェルム本人はいない――「最悪の場合への対応」とやらに忙しいのだろうとヴィレイアは考えた。


 バンクレットたちはここで、何かの手配に忙しくしていたらしい。


 ヴィレイアが顔を出すと同時に、「外で待て」と遠ざけられた軍人たちもおり、ヴィレイアは彼らから「仕事の邪魔をするな」と言わんばかりに見られたが、彼女はそれを気にしなかった。



「きみ、突然どこかへ行って、戻ってきたと思えば」


 バンクレットがそう言って、嘆息する。


「もちろんその可能性は考えている。既にロークヴェル付近から離陸した陸艇と陸舟は捜させている」


「それより、時精と契約した法術師を向かわせる方がいいでしょう」


 ヴィレイアは言い切った。


「私をそこまで連れて行ってくれたら、――ええっと、申し上げにくいんですけど、欠けた人もいるんでしょう? その人たちの持ち物から、時精で当時のことが分かるかも」


 欠け際の思念は時精で読み取りやすい瞬間を作りがちだ。


「もちろん手配済みだ」


 ヴィレイアは名前を知らない一人が、若干苛立たしげに応じた。


 なるほど、彼らもこの室内で暇を持て余していたのではないのだ――と納得し、ヴィレイアは少し考えた。



 ヴィレイア自身がロークヴェルへ向かって、時精を使って過去を窺う――この手もあるが、ロークヴェルは所詮、既に破棄された拠点だ。


 ならばむしろ、ロークヴェルに向かった法術師から連絡を受けて、(くだん)の法術師が連れられた先へ向かう方が賢い。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――



「――なるほど」


 ヴィレイアは呟いて、にこっと笑った。


「じゃ、(くだん)の法術師さんがどこに向かったか分かったら、もちろん私にも教えてくださって――一緒にそこまで連れて行ってくださるんですよね?」


「それは無論だ」


 バンクレットが、むしろ不思議そうにそう言った。


「治癒精を取り戻せる可能性があるのはきみだけだから。

 ――しかし、急に意気込んでくれたようだが、何かあったのか?」


 ヴィレイアは含みのある笑みを浮かべた。


「ちょっと、火事場泥棒を考えてまして」





*◇*◇*





「ここ、どこ?」


 少女が不安そうに尋ねた。


 薄紫色の瞳が怯えて揺れて、陸艇の中が暑かったためだろう、切り揃えられた淡い金色の前髪が、額にぺったりと汗で貼りついてしまっている。


 エルカがやや乱暴に手を引いて陸艇から降りる舷梯に連れて行くと、彼女の足取りは分かりやすくふらつき、よろめいた。


「とりあえず、数時間は安全なところ」


 陸艇を降りながらエルカはそう答え、足早に陸艇から離れて、陸艇が怯えたように舷梯を仕舞い込んで素早く舞い上がっていくのを、背中に感じ取っていた。


 少女は何度も振り返って、陸艇が彼らを見捨てて去っていくのを見上げ、不安そうにエルカの手をぎゅっと握り締めていた。


 それからかなり経ってから、少女は尋ね返した。


「数時間?」


「まあ、食事の暇くらいはあるさ」


 すっかり夜更けを迎えた空気の中に、どこかの酒場から漂ってくる酒精と焼いた肉の匂いを嗅ぎ取って、エルカはそう応じた。



 実際、傭兵団の拠点の一つに潜り込んだ二人には夜食が提供された。


 皆が皆、じろじろとエルカの連れの少女を見ていた。

 女を見る目ではなく珍獣を見る目だったが、少女はひたすらに居心地が悪そうに俯いていた。



 それからややあって、慌ただしく幾人かがその場に飛び込んで来た。


 只ならぬことが起こったのはその顔を見れば分かった。

 エルカは素早く立ち上がって、その挙動に全員が注目するのを自覚した。


 ――今のエルカには〈言聞き〉の誓約があり、命令に服従しない者を見れば、その者を欠けさせざるを得ない。


 それは全員が知っていることだった。


 低い声で事態が共有される。

 エルカは息を吐いて、薄青い瞳で少女を振り返った。


 少女はカトラリーを握ったまま、目を見開いてエルカを凝視している。


「それ置いて。ここを出るよ」


 少し考えて。


「数時間は安全って言ったけど、一時間ちょっとだったね。そこはごめん」





*◇*◇*





 バンクレットが苛々と室内を歩き回るのを見ながら、ヴィレイアは彼の歩幅をおよそ三・五フィートと見積もって、知らせが入るまでに彼が何ヤードあるいは何マイルを踏破するものかを楽しんで数えていた。


 彼が三マイルほどを踏破する頃――途中でヴィレイアが目を離したときもあり、バンクレットが足を止め、椅子に座って頭を抱えている時間もあった――知らせが入った。


 時精と契約した法術師が突き止めたところによれば、確かにロークヴェルから脱出した傭兵団の者は、法術師と思しき少女を連れて陸艇に向かった。


 バンクレットと共に執務室にいた六人が慌ただしく動き出し、間もなくして陸艇が向かった先が知れた。


 どのような方法でそれが突き止められたのか、ヴィレイアは不思議に思うことはしても興味を持つことはなかった。


 だが、ともかく。


「商人組合の巣窟アインヴェルだ」





 アインヴェルはヘルヴィリーの南、ほんの数マイル離れた位置に栄える大都市だ。


 商人組合の巣窟とは言い得て妙。

 エーデルやフロレア、ダイアニ、ポスワルナで勇者組合の力が強いように、アインヴェルでは商人組合の力が強い。



 ヴィレイアがバンクレットたちに連れられて、陸艇でアインヴェルに到着したのは、その日の深夜、既に日付が変わる頃だった。


 正確に時を刻む時精時計に目を向ける――彼女だけに意味のある数字が浮かんでいた、「一一〇二」。



 ヴィレイアは軍部が使う無骨な陸艇の中ですら、暢気にすやすやと眠って過ごし、軍人から遠慮がちに肩を叩かれてようやく目が覚めたほどだったが、下降を始めた陸艇の窓からアインヴェルの町並みを見下ろしたときには、夜空が足許に広がっているような壮観な眺めに思わず口笛を吹いたものである。



 そして今、時精時計から目を上げて、そばのバンクレットを見上げている。


「ここに(くだん)の法術師さんが?」


「我々がここに目をつけたことに気づいて、逃げていなければ」


 ヴィレイアは顔を顰めた。


「なら、もうちょっとこっそり来ましょうよ」


 バンクレットは涼しい口調で応じた。


「軍が動いたと分かれば降伏する者も出る。何より近隣の善良なる市民の皆さまが、怪しげな連中を目を皿のようにして捜して、記憶して、報奨金のために後から我々に教えてくれる」


「なんと素晴らしい善良なる貨幣たち」


 ヴィレイアがそう呟いたとき、陸艇は静かに地面に着いて、軋みながら大口を開け、外部への舷梯を下ろした。


 ヴィレイアは白百合の色の長い髪を後ろで束ね、いつもは首許に落としている黒い幅広のリボンで、前髪を額から上げて留めた。



 そして同時に、ヴィレイアは右手の親指で指輪が震えるのを感じ取った。

 ――リベルが彼女に何かを話そうとしているのだ。


 だが、ヴィレイアはそれを無視した。

 まだだ、まだ早い――



 ――まだ、リベルは救われていない。

 彼女は彼の幸運の勇者になれていない。



「……何も考えず良い夢を、リベル」


 ヴィレイアは指輪に伝わらないよう、こっそりとそう呟いたが、もちろんそのとき、リベルは眠ってなどはいなかった。





*◇*◇*





 ショーズ商会のアインヴェル拠点は、砦と見紛う規模であり、堅牢さだった。


 一体どれだけの人間不信があれば、こうまで外敵を警戒した設計を考えつけるものなのか、ヴィレイアは呆れるような気分になった。



 陸艇を降りた彼らは、姿を隠すこともなく堂々と広い道を進む。


 道の両脇には瀟洒な建物が並ぶが、少し離れた場所は繁華街なのだろう――甲高い喚声の欠片がここにまで届いている。


 やはり見渡すだけで、少なくとも五人の衛卒が、この時間であっても炯々と目を光らせて暴力の機会を探しているのが見えるが、軍を止める権限は彼らにはなく、彼らは面白くないと言わんばかりに鼻を鳴らしてこちらを見るばかりだった。



 ヴィレイアからはバンクレットが率いているように見えるが、実際にはヴァフェルム麾下の軍人たちなのだろう小隊は、ロークヴェルで同輩が返り討ちに遭ったとあって警戒し、殺気立っている。


 彼らは二手に分かれ、一方がショーズ商会の拠点を、もう一方が傭兵団が拠点としている場所を制圧する手筈であるらしい。


「傭兵の拠点とはいっても、彼らが建てたものでも買ったものでも借りているものでもないがね。元は宿屋で、傭兵団の連中が入り浸るようになって、なし崩し的に彼らの拠点になっただけだ」


 とはバンクレットの言。


 ヴィレイアはそこには興味はなかった。

 更に言えば、(くだん)の法術師が連れられているとすれば、傭兵団の拠点の方が可能性が高いだろうことも分かっていた。



 ショーズ商会としては、()()である法術師を押さえられて、言い逃れ出来ない事態になることは避けるはずだ。

 傭兵団の拠点で、治癒精を盗んだ法術師が摘発されたとしても、商会は白を切ることが出来る。


 ――あの傭兵団には頻繁に仕事を頼みますが、それだけですよ、管理監督はしていませんもので。

 そんな風に。


 だが、どのみち、(くだん)の法術師をヴァフェルムの麾下が確保すれば、遅かれ早かれヴィレイアは対面させられる。

 治癒精を奪い合うためには面と向かうことが必要だ。


 ヴァフェルムは、麾下の負傷に際して言っていた――「治癒精が戻るまで治療は出来ない」。

 つまり今、麾下が負傷した彼は、これまで以上に切羽詰まって治癒精奪還を必要としている。



(リベルの相棒なら、彼は腕利きでしょう。欠けさせられることはないはず。治癒精と真契約を結んでいる人がそばにいるなら、余計に絶対。()()()()()()()()()()()


 ショーズ商会アインヴェル拠点は、高い塀の奥に匿われた砦だ。


 共和国初期様式の無骨な石造り、夥しい数の窓から温かな色合いの明かりが漏れ出している。

 勿論のこと、塀の門扉には武装した見張りがついているが、まず最初に軍に対して訪問の意図を尋ね、正式な命令書の提示を求めるところはさすがだった。


 最初に暴力沙汰を起こせばのちのち不利になると言い聞かせられている証左だ。


 一方、ヴァフェルム側は既にショーズ商会の拠点の幾つかを制圧してしまっている。

 訴状に載る拠点の数が一つ増えたところで大した差はないと判断して、彼らは躊躇いなく不傷石の小銃を構え、門衛に向かって発砲した。



 不傷石の名は、触れても傷つかない火の意味からついた。

 この鉱石は、一定以上の衝撃がなければ熱を発さない。


 そしてその熱を故意に発生させ、不傷石の名を皮肉として弾丸を押し出すのが銃火器だ。



 一息のうちに騒然とする拠点、辺りも異常事態を察しただろうが、まずは状況を見るために静まり返る。


 その一方、拠点の内部の蜂の巣をつついたかの如き狂騒具合は凄まじい。



 軍人の間に混ざるヴィレイアはその様相に目を見開きながらも、右の掌を上に向け、地底から何ものかを招くかのような手振りを取った。

 小さく囁く。


「――影兵霊」


 途端、建物の影、人の影から、するすると這い出してくる無数の兵士の、()()()()


 武器を手にして姿を現す兵士の数を、意識して十人ほどに絞る。



 ――この影兵霊という精霊は、ヴィレイアと真契約を結んでいる。

 不吉極まるものと言われており、無数に見える影の兵士たちは、それら全てで一つの精霊を成している――一つ一つは儚いものだが、無尽蔵に湧く兵士たちがいるというその点で、極めて強大とされる精霊――霊だ。


 ただし弱点もあり、これらが影から這い出すという特性を持っていることから、真の暗闇の中では顕現せず、また影さえ落ちないほどの強烈な光の中でも顕現しない。



 今は真夜中だが、灯される明かりがあって、落ちる影には事欠かない。


「奥へ進んで、重要そうな金庫を片端から制圧しなさい」


 ヴィレイアが囁く。



 いよいよ商会側も抗戦の構えを見せていた。


 明らかに商人ではないだろう、傭兵に多少行儀の良い服を着せただけといった連中が走り出てきて、眉ひとつ動かさずにこちらに小銃を向けている。


 小銃の照準を合わせるために膝を突く列の後ろに、白兵戦をこなす者たちが控えている。



 ヴィレイアは微笑んだ。


 驕りではなく、自信ですらなく、彼女は今この瞬間ですら、己が最も安全な場所にいることを知っていた。



 そばのバンクレットを見上げる。

 彼も剣を抜いている。鈍く光を弾く鋼の刀身。


「ジョーゼル小父さま。暴力は振るってもいいんですよね?」


 尋ねたヴィレイアに、バンクレットは頷いた。


「この際だ。やむを得ない。治癒精奪還は何にも勝る大義だ。――やりなさい」


 ヴィレイアは〈焔王牙〉を抜いた。


 陽炎に揺らめく薔薇色の刀身、その柄を左手で握り、右手は拍子を取るように揺らして、一時的に契約を結ぶ精霊に考えを巡らせつつ。



 周囲は耳が割れるような騒乱の渦中、不傷石の爆音を伴う銃声が夜更けの空に幾重にも轟き。

 地面を踏み鳴らす無数の足音に、辺りが揺れているようにすら感じる錯覚。



 ヴィレイアは呟いた。



「――誰であっても、この瞬間は奪えないわ」





*◇*◇*





 不幸なことに、知人もいないヘルヴィリーの小さな安宿では、リベルには考える時間が山ほどあった。



 治癒精のこと。

 元相棒のこと。

 今の相棒のこと。

 自分のこと。

 あの乞食の老人の思い出。


 そしてまた元相棒のこと。

 今の相棒のこと。



 ――背中がやけにずきずきと痛む気がした。


 未だにリベルが他人に身支度を――正確には、着替えを――見られるわけにはいかない理由。


 背中に焼きつけられたラディスの焼き印。



 元相棒の記憶の断片が、お呼びでないのに脳裏に甦ってくる。


 ――「不幸のどん底の掃きだめにようこそ」と笑いかけてきた初対面。

 陸艇で並んで膝を抱えていたこと。

 暗い鉱路で手を握り合って、互いの体温だけを心の励みにしていたこと。

 殴られようとした瞬間に割って入ってきてくれた、あの小さな背中。

 もう駄目だと思った大抵の瞬間において、最後に彼の背中を押し、あるいは手を引いて、そこから救い出してくれた、まだ幼さの残っていた掌。



 ――その彼を見捨てて、振り返ることも顧みることもなく、好機と見るや一人だけで逃げたこと。



 ヴィレイアのこと。

 彼が元相棒の代わりに助けた――今の相棒。


 あの、怠惰で、浪費家で、そのくせ極上の法気に恵まれたがゆえに向かうところ敵なしといった態度も取る、気楽で、お喋りで、何度苛立って叫んだか分からない――何度リベルを笑わせたのかも分からない――相棒。


 剣術を勉強しろと言っても頷かず、探索で役立つ知識を仕込もうとしてもそっぽを向くほど怠惰な彼女が、にっこりと微笑んで告げた言葉。



 ――『今度は私が、あなたの幸運の勇者になってあげる。――私の先天の加護は、あなたに会うためのものだったって、以前に言ったよね』


 ――『今度は、あなたの後付けの幸運が、この国でこそあなたが救われるためのものだったって言わせてみせるわ』



「――――」


 安宿に特有の、硬いマットレスの寝台に横たわり、リベルは暗い天井を見つめている。



 ――先ほどヴィレイアとの会話を試みたが、指輪は一向に反応しなかった。


 既にヴィレイアを連れたバンクレットたちが行動を起こし、応答している暇がなかったためか、あるいは――



「――くそっ」


 悪態を吐いて、リベルは起き上がった。



 ――どうにも安眠は訪れそうになく、ヴィレイアのことが案じられ、そして今このときを逃せば、二度と元相棒に会えなくなることも分かっていた。



 もし仮に、本当に、(くだん)の法術師の護衛としてつけられているのが元相棒であれば。



 それは、二人の人生がこれまでどれだけ離れていたのだとしても、今夜このときだけは、再び二人の人生が重なる可能性があるということだ。



 ――五年前に告げるべきだった言葉を口に出来るとすれば、それは今しかなかった。



 リベルは、大恩があるというべき彼を見捨てるという罪を犯した。


 ――その罪を改めるか、あるいは罪を罪のまま、いっそう深いものとするか。



 それを選ぶ自由が今のリベルにはある。
























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