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量産勇者、自由を掲げよ。  作者: 陶花ゆうの
1 ボーイ・ミーツ・ガール
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01 勇者乱心

鉱路:ヴェルク。あるいは地下鉱山迷宮。

地下の広い範囲に広がり、多くの場合、階層構造を持つ。

不溶石(ふようせき)不傷石(ふしょうせき)浮揚璧(ふようへき)等の資源の採掘場。


内部の生態系に属する生物の多くにとって、竜の血は極めて希少な栄養源である。

よって人間が立ち入ればたちまち八つ裂きの憂き目に遭う。


そのため鉱路に踏み込み資源を持ち帰るのは、古くから〈勇者〉の役目とされてきた。


――――――――――









 鉱路(ヴェルク)から地上へ脱出し、待っていた陸艇へ、倒れ込むように乗船していく、数十人の勇者たち。


 陸艇に乗ってしまえば一安心。



 陸艇は、独特の、鉄のような色合いと質感の素材で出来ている――つまりは浮揚璧で出来ている。

 浮上にこそ不傷石の爆発の勢いを借りるが、その後は自力で浮かび、風に乗る船である。

 船の上部と左右には複数の帆が張り出していて、これを操作することで操縦が可能となっている。


 文字通り浮き上がる性質を持つ浮揚璧を、純度を保って岩壁から取り出すことが出来るようになってから、人間は空も飛べるようになった。


 最初はささやかに、地面から少し浮き上がって移動できる陸舟が造られ、それが今や、数百人を収容して雲の高さを飛ぶことの出来る艇をも製造されているのだから、進歩というのは目覚ましい。

 とはいえ名前に、かつて「陸をいく船」を意味して陸舟とつけた名残が残り、陸艇と呼ばれているのは微笑ましいのか古臭いのか。



 陸艇に乗り込んだ直後は、周囲の勇者たちもただただ脱力し、今回の探索が無事に終わったのだという実感を噛み締めているようだった。


 あるいは泣き崩れている者もいて、あれは隊の仲間を喪ったのだと分かる――そしてきちんと見れば、「欠け人」となったその仲間が、隊のそばにぽつねんといるのを発見できる。

 あるいは欠け人となった仲間を連れ帰ることも出来なかったらしい者たちもいる。


 一方で、予想外の収穫を犠牲もなく確保できたのか、祝杯を上げかねない連中も目につくので、帰路の陸艇の状況はいつも混沌としている。


 往路の陸艇においては、どの隊も厳しい目で物資の確認や仲間の健康状態の確認をしているから、それと比較して、帰路の陸艇は“気の抜けたぬるいビール”のような雰囲気とも言い表されてきた。



 少しすると、疲れ切っていた周囲の勇者たちも正気づく。


 おのおので資源袋――大きさは実に様々で、大きな袋に申し訳程度の資源しか入っていないともなれば、いっそ気まずい思いをするほどだ――を、周囲の勇者から守るように仲間たちの中心に置き、最後の最後で他の勇者隊から闇討ちにされることのないよう、気が抜けているながらに気を張る――というより、気を張っている振りをすることで、悪徳勇者の魔の手の標的から外れようとする。



 彼は硬い床の上で大の字になって寝そべって、目を閉じ、陸艇が地上を離れて浮き上がるときの爆音と、あの腹の底が浮き上がるような不快感をやり過ごしていた。



 陸艇に乗り込んですぐのこの場所、呼び習わされるところによれば陸艇のホール、そこの天井は低く、まだ立っている根性のある者は、低い天井に張り巡らされた手摺を掴んで身体を支えていた。


 だが、勇者であるからには「加護持ち」だ――こんなところで滑って転んで頭を打つような、そんな目には遭うまい。



 陸艇の飛行姿勢が安定すると、勇者隊は三々五々に陸艇の奥へ向かった。


 そこに、個室とはまではいかないものの、いくつかの船室がある。

 早いところいい部屋を確保して、収穫について仲間内で相談したい――あるいは、他の勇者隊がいないところに行きたい。


 それが勇者としての、いわば本能であろう。


 だが、彼は気にしない。

 今この場において、彼の勇者隊から収穫した資源を奪う者があれば、そいつこそが真の意味での勇者――ただし、蛮勇の意味だが――である。



 ――五つある階級のうち、全勇者の中でもおよそ百人に一人といわれる最上級――特等勇者。



 弱冠十九歳にして、少なくともダイアニの町においては最強の名を動かぬものとしている、彼。

 二つ名を、〈錆びた氷(ラスティ・フリーズ)〉。


 主に、赤錆じみた髪の色と、愛用している武器の特性からついた二つ名だ。



 無防備に寝転がる彼の周囲は、陸艇のホールとは思えぬほどに人が避け、彼の勇者隊の付近のみ、ぽっかりと穴が開いているような具合になっていた。





 人が何を考えているものかは、外部から窺い知れないところである。


 このとき彼――〈錆びた氷〉は、ちょうど二日前、この鉱路に突入する寸前に見ていた、法術師が乗組員として常駐している陸艇においては展開されている、〈フィード〉の内容を思い返していた。


〈フィード〉は、透過視精がキャッチした情報を法術師が書き留めて展開するだけの、娯楽に乏しい陸艇の、数少ない暇潰しの手段の一つである。


 そのときの〈フィード〉には、勇者たちが喰いつく情報はただ一つしか掲載されていなかった――ダイアニより北方に位置する勇者組合の拠点の一つ、フロレアにおいて、「鉱路洪水」を発生させた勇者隊があるという内容だった。


 鉱路洪水は沈静化されたが、勇者隊の筆頭にはもちろん厳罰を――云々。


 他には、欠落税と資源税の増税、国政を掌る首都ヘルヴィリーの議会において、ラッシュ議員が蹴落とされたこと、ラディス傭兵団を擁するショーズ商会が、現状の拠点から更に北へ勢力を広げようとしていること、〈言聞(ことき)き〉を騙せると思った哀れな誰かの末路――



 それらを見ながら、「潮時だな」と思ったことを、彼は思い返していたのだった。



「――リベル」


 仲間に名前を呼ばれて、彼は朱色の目を開けて、肘を突いて上半身を起こした。


 彼の勇者隊の四人が、揃って彼を見ていた。

 口を開いたのは中の一人、隊の中では彼と並んで年若い少女だった。


 今しもぐぅらりと揺れた陸艇の動きを受けて、鈍色の床に座った状態で、手を身体の前に突いている。


「おう」


「今回の探索の評価会議よ。報酬の分配を決めておかないと」


「んー――」


 彼が間延びした声を出したので、少女――アガサという――は、驚いたようだった。


 ぱちぱちと黒い目を瞬かせて、首を傾げる。


「リベル?」


 普段は、彼はてきぱきと評価会議を行う。


 評価会議というのはつまり、今回の探索において、誰がどれだけ活躍したかという判断における合意の形成だ。

 活躍した分を報酬に上乗せしていき、報酬に傾斜をかけるわけである。


 これを拠点に辿り着く前にやっておかねば、「勇者組合の食堂で険悪な雰囲気を醸し出す特等勇者隊」として悪名を馳せることになってしまう。


 勇者隊においては、筆頭勇者を一人置く。

 いわゆる指導者で、これは隊の中で最も階級の高い勇者が任じられる。

 筆頭勇者の階級が、即ち勇者隊の階級となる。


 リベルの勇者隊に所属するのは、特等勇者が一名と、一等勇者が四名――そのため、この勇者隊の階級は特等だ。


 そしてリベルは特等勇者であるから、筆頭勇者を務めることとなっている。

 筆頭勇者は主に、隊の探索計画を立て、そして探索中の指揮を執るものだ。


 金勘定に関しては、隊の他の誰かに委任する筆頭勇者も少なくない中、リベルは自分自身で経理も仕切っていた――吝嗇に過ぎると文句をつけられることも多かったが、そのためにこの勇者隊は裕福だ。


 自ら進んで経理を担ってはいるものの、リベルは評価会議を嫌っていた――というより、評価会議が生むかもしれない軋轢を恐れていた。


 ゆえに、評価会議を素早く始めて素早く終わらせることを好んだ。



 その彼が、「んー」などと言うことはこれまでになかったことで、アガサだけではなく他の三人も、どうしたどうしたと言わんばかりにざわめいている。


 リベルはその場にきちんと座り直した。


 陸艇は安定して飛行している。

 船体のどこか奥の方から、軋むような音が聞こえてきたが、陸艇にはよくあることだ。


 ホールに残っている勇者隊は二、三にまでその数を減らしており、リベルの勇者隊以外の隊は、欠け人となった仲間を悼んで動くに動けていないことが分かる様子をしている。


 陸艇は今、無数の峡谷や山々、そしていくつもの町を跳び越えて、一路ダイアニの町を目指している。



 リベルは赤錆色の髪を右手で掻き上げた。

 左手で掴んだ愛用の武器、〈氷王牢(ひおうろう)〉を膝の上に引っ張り上げながら、彼は言った。


「あー、評価会議はやるんだけどさ」


「だけど?」


 アガサがますます瞬きの回数を増やしながら鸚鵡返しにする。


 リベルは気まずくなって、手摺が張り巡らされた天井に目を向けた。


「俺、これを最後に、この勇者隊を抜けるわ」


 当然、大騒ぎになった。





「抜けるってなんでだよ!」


 と、アーディス。

 上背のある立派な図体に似合う凄まじい大声である。葬儀の雰囲気に沈んでいる他の勇者隊からの目が痛い。


「もうちょっと前振りってものがあるだろうがよ!」


 と、これはリガー。

 法術師らしいか細い外見に似合わず、彼は口も酒癖も素行も悪いのだ。


「何か嫌なことでもありました……?」


 と、これはラティ。

 筋骨隆々の見た目にそぐわず、彼は気が弱く引っ込み思案なのだ。


「さっきの鉱路で頭でもぶつけたの?」


 と、辛辣に締めくくったのがアガサ。

 勇者隊における紅一点で、リベルとアガサだけがまだ十代だった。

 他の者は二十代後半から三十代前半である。


 四人それぞれからの抗議を一通り拝聴してから、リベルも言いたいことをぶち上げることにした。


「だって、考えてもみろよ。また資源税が上がるんだぞ。

 ――もうやってられるか!」


 ここぞと口調に力を入れる。


「どんだけ稼いでも、階級傾斜で特等の俺だけ報酬からがっぽり税金を引かれるばっかりだ!

 もううんざりだ、俺は辞める、ダイアニの組合から脱退して、どっかの町で心機一転、四等勇者に下りるんだ!」


 これには全員が目を剥く。


「いや待て、四等になれば、税金云々の前に保険でめちゃくちゃ金取られるぞ?」


「第一おまえ、()()加護だろ。他の国には行けないぜ?

 それに――確かにおまえは史上稀に見るでかさの(しん)(たい)を持った、滅多にいない凄腕の魔法使いだ、だけど、法術は使えないだろ?」


「それに、四等勇者向けに開放されてる鉱路なんて、採れる資源も高が知れてるわよ」


「リベルは人見知りですから……心機一転、というのは……難しいのではないでしょうか……?」


 リベルは腕を組んだ。

 彼の決心は完了していた。


「別に出国まではしなくたって、でかい勇者連合がある町はいっぱいあるだろ。

 フロレアとかエーデルとかポスワルナとか」


 四人ともが、なんとかしてリベルを引き止めようとする表情と、彼の正気を疑う表情が半々になった顔で彼を見た。


 ややあって、リガーが言った。


「おまえ、マジでイチから全部やり直す覚悟、あんの?」


 ああもう馬鹿、と、アガサが呟く。


 リベルの口癖を知っているのだ。



 はたせるかな、リベルは唇を曲げて微笑んだ。



()()? そんなものは弱者の胸にあるものだ。

 ――強者には常に()()がある」



























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