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量産勇者、自由を掲げよ。  作者: 陶花ゆうの
8 幸運の勇者さま
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03 被虐者の逆襲

「商会の規則が知りたいのよね」


 と、ヴィレイアは言った。


「商会には定款があるはず」


 リベルは戸惑って瞬きした。


 かつて彼を虐待した商会が、まともな規則を持っているだろうことに驚いていた。


「それは――全部の商会で同じじゃないのか」


「うーん、共和国を作ったのは商人さんたちでもあるからね。商会の独立性を守るためとかなんとかで、商会ごとに決めてるはずよ」


 リベルはなんともいえない気持ちでヴィレイアを見つめた。



 ――ヴィレイアが生家を離れたのは十三歳のときのはずだ。

 そのときまでに、彼女がこれだけの知識と教養を身に着けていたのは、いっそ不自然なように思われる。


 いつかは生家から逃げ出すことを決めて、そのときに教養が役に立つことを期待して自ら学んだのであればいいと心から思った。

 もしも彼女が、人生の期限を切られて、その上さらに望まない教育を押し付けられたのならば遣り切れなかった。



 ヴィレイアはリベルの眼差しにきょとんとした表情を見せている。


 エルカが首を傾げた。


「なんで、規則?」


「そこに、どういう条件で解散しますってことも書いてるはずなの」


「――なるほどね」


 エルカは頷いて、顎を撫でた。

 ちらっと横目でリベルを見る。


「規則がわかんないなら、行動しようがないってことね。

 ――その規則って、本か何かになってんの? どこに置いてるもんなんだ?」


「それこそ、商会の拠点じゃない? さすがに本部にしか置いてないってことはないと思うけれど」


 リベルは喉元を焦りが込み上げてくるのを感じていた。

 エルカと目を見交わして、呟く。


「……俺とエルカは立ち入れない」


 正確には立ち入ることは出来るが、立ち入れば最後、自由を失う。


「もちろん」


 ヴィレイアはむしろ驚いたようにそう言って、得意げに微笑んだ。


「だから、私がやるんだってば。

 ――あなたたちがしてくれているように、私も、あなたたちのためなら何でも出来るわ。

 何より、傭兵団の人たちに反撃したこと、すごく後悔してるの」





 ヴィレイア一人に危険を冒させることに、エルカは渋い顔をし、リベルは胃袋が数段落ち込むような気分を味わった。


 それを感じ取って、ヴィレイアは呆れたようだった。


「ねえ、お忘れかもしれないけれど、私、これでも特等勇者だったのよ」


「それと、コソ泥して捕まらない技能は別だろ……」


「影兵霊がいますし」


「それ、犯人が明々白々にばれるじゃん」


 影兵霊を扱える法術師などいるはずがない。

 少し探りを入れられれば、フロレアの特等勇者に行き着くかもしれない情報だ。


「誰か一緒に連れて行ける人……」


 エルカが発作的に呟いたが、リベルは首を振った。


 ――さすがに、ヴィレイアを危なっかしく思う気持ちはあれど、そこまで信用していないわけではなかった。

 彼自身やエルカがついているならばいざ知らず、他の人間では逆にヴィレイアの足手纏いになることさえ考えられる。


 ヴィレイアは満足そうにリベルを見て、さらに()()と手を打つ。


「――ねえ、〈陽輪〉さんとクロさん、こういう次第だから近くにいてくださいねってお願いはしたんだけど、」


 うん? と怪訝に眉を寄せるリベルに、ヴィレイアはこてんと首を傾げてみせた。


「ついでに私のこと運んでくれないかなぁ」


 リベルは全力で(むせ)た。


「絶対に無理だろ!」


「でも、さっきは付き合ってくれたし」


「それが十分おかしいことなんだよ……!」


「でも、陸艇よりも〈陽輪〉さんの方が何倍も速いわけでしょ?」


「それはそうだけど……」


 リベルは言い淀む。


 〈陽輪〉は、加減していてさえ陸艇を遥かに凌ぐ速度で移動する。

 それを彼は身を以て知っていたが、だからといってのこのこと無礼なことを願い出て踏み潰されるヴィレイアを見たいわけではなかった。


 あの黄金竜の気難しさをどう伝えたものかとリベルが考えているうちに、ヴィレイアはリベルを覗き込んで、真っ白な睫毛の下から彼を見つめた。


「私と離れてるのは寂しいでしょ? 〈陽輪〉さんにお願いする方が、私が早くあなたのところに戻って来るよ」


 リベルは赤くなった。

 エルカは素早く知らぬ振りを決め込んでくれているが、この近距離では無理がある。


「いや、別に……」


 まごついた挙句に意味のない強がりを発揮したリベルに笑って、ヴィレイアが朗らかに言う。


「少なくとも、私は寂しいわ。お願いするだけしてみるね」


「踏み潰されないようにだけしてくれ、頼むから」


 リベルは真剣な声音で言ったが、ヴィレイアは笑って相手にしなかった。





 リベルに――竜の眷属としては、今の時代にあっては贅沢なことに――()()()()気を揉ませたものの、〈陽輪〉とクロと再び顔を合わせたヴィレイアは、短い問答ののち、得意そうにリベルに報告した。


「ちょうど南の方に用事があるんですって。取り敢えずアインヴェルまでお願いしますって言ったら、往復面倒を見てくれるそうよ。――アインヴェルがどこだか、たぶんわかってないと思うけれど」


 アインヴェルは、ヘルヴィリーの隣町である。


 ヘルヴィリーに置かれているものを除けば、ショーズ商会の拠点が置かれている最北の町でもある。

 ヴィレイアが、リベルに関する()()()()()が保管されているかも知れないと目星をつけて強奪を図ったこともある拠点である。


 尤も、例の治癒精の騒動の際にその拠点は文字通り炎上することとなっていたが、アインヴェル拠点はショーズ商会の中でも一、二を争う規模の拠点で、失われたままとは考えづらい。

 仮設とはいえ拠点は復元されているだろう。


 逆にいえば、だからこそ盗みに入りやすいとヴィレイアは判断しているのだ。



 ――それはさておき。



 リベルは信じられない思いでヴィレイアを見つめ、佇む黄金竜と、その黄金竜の前肢に凭れ掛かっている〈言聞き〉を見比べた。


「――おまえ、あいつらの弱みでも握ってる?」


「ちょっと、変なこと言わないでよ」


「そうでもないと考えられないくらいに親切なんだけど」


 そう言いつつ、リベルは我が身を省みて、初手から〈陽輪〉に対して暴言を連発したことを思い出した。

 そう考えると、


(抜きん出て俺に対して不親切なだけ……?)


 とはいえ、ヴィレイアが〈陽輪〉に抱えてもらって空を飛んだことを聞いたエルカが、「いいなあ!」と声を上げた瞬間の、〈陽輪〉からエルカへの眼差しも冷ややかだった。


 やはり、ヴィレイアだけが厚遇されている気がしてならない。


 が、そうはいっても、ヴィレイアの行動はリベルのためのものでもある。


 ヴィレイアは、ショーズ商会の拠点から何かを盗み出すことなど、本当に大したことだと思っていないのか、善は急げとばかりに、このまま出掛ける腹積もりであるようだった。


 リベルもエルカも――今は自由になったとはいえ――商会に対する恐怖に近い警戒心はある。


 そのためむしろ彼らの方が狼狽したが、ヴィレイアはけろっとしていた。


「考えてたって始まらないし、早く始めればその分早く片付くしね。それに、今回ばっかりは、ジョーゼル小父さまに話を通すと余計に事がややこしくなっちゃうから」


 平然とそう言って、いったん借家に戻り、日頃探索の準備をするときのように、数日分の外出の準備をし始めた。


 それに付き添い、意味もなくおろおろしながら、リベルもエルカも「気をつけて」だの、「何かあったら〈フィード〉に流して」だの、「無茶はしないで」だのと言い立てる。最後にはヴィレイアも鬱陶しそうにし始めた。


「ねえ、私も無茶なことはしないから。無理だなと思ったら大人しく帰って来ますから。

 それに、私はまだ絶対に欠けたりしないのよ」


 しかし、リベルにもエルカにも、商会の監督下で与えられた、言語を絶する虐待の記憶は色濃い。

 相対する相手がこちらのことを、人とも思っていない場合、与えられる暴力は箍が外れたものになるのだ。


「欠けなくても酷い目に遭わされるかも知れないだろ」


「無茶だけは絶対しないで」


 そう言いながら、リベルは白紙の小切手を一綴り、押し付けるようにヴィレイアに手渡した。


 何にでも金は掛かるもので、一文無しであればそれだけで行動に不自由することになる。

 さらにいえば、いざ揉め事に発展しそうになったとき、相手に袖の下を渡せばそれを回避できることもあるのだ。


 ヴィレイアはさすがにたじろいだが、リベルは強制的に彼女の荷物の中に綴りを押し込んだ。


「どう使ってくれてもいいから、ちゃんと帰って来て」


 エルカが気を遣って少し離れたタイミングで、ヴィレイアは軽く背伸びして、リベルの首に掛かった鬱金香の首飾りの革紐を指で辿り、リベルに口づけた。


 そして、悪戯っぽく囁く。


「――愛されてるのを実感できて、とっても嬉しいわ」


 リベルは息を吐いた。

 ヴィレイアを抱き締めて、彼女の肩口に顔を埋める。


 ――ヴィレイアの甘い香りがする。

 髪がリベルの頬を擽る。

 笑みを含んだ息遣いを耳許に感じる。


「……俺もだよ、ヴィリー」





*◇*◇*





 リベルとエルカの懸念と心配は天井知らずだったが、ヴィレイア本人は飄々として出発した。


 むしろ少しほっとした様子さえあって、リベルは心配余った愚痴の口調で呟いてしまう。


「――あいつ、傭兵団の連中を欠けさせたこと、そんなに気にしてたのか。言ってくれれば良かったのに」


 クロを首の付け根に乗せ、ヴィレイアを右の前肢に抱えた格好になった〈陽輪〉は、既に上空高くに達している。


 ヴィレイアの長い白百合色の髪が靡いているのも、もう見えない。


 クロは泰然と構えていたが、むしろ〈陽輪〉の方がヴィレイアの安全に気を配っているようではあった。


 リベル同様、真昼の星のように煌めく黄金竜を目で追いながら、エルカが溜息を吐いた。


「違うだろ、朴念仁」


「は?」


 問い返すリベルに、エルカは「行こう」と合図して、やや重い足取りで引き返し始めた。


 人通りのない広場を選んだから、「黄金竜が人間を運ぶ」という、なかなか珍しい――というより、世間的には前代未聞であろう――珍事は見られずに済んでいるが、だからといってここで二人並んで空を見上げておいて、何ら実のあることもないのである。


 隣のリベルに一瞥をくれて、エルカは呟いた。


「そりゃ、あいつお人好しだから。俺とかおまえが、傭兵団がどんだけ酷い場所だったか話す度に、やっちまったなって思ってただろうけど。

 ――けど今は多分、なんだかんだ言ってもおまえのことを考えてると思うよ。おまえを完全に自由に出来るのが嬉しいんだ」


「――――」


 リベルは言葉に詰まった。


「……おまえのためでもあるからだろ」


「なんでそこで卑屈になるんだよ。日頃から堂々といちゃついてるくせに」


 リベルがげほげほと咳き込み、エルカが乱暴にその背中を叩く。


「おまえ、初心なままだな」


「たぶん、今後十年くらいは」


 リベルが呻くと、エルカは切実に微笑んだ。


「十年後か。――楽しみだな」





「ええっ、ヴィレイア、いないんですか?」


 リエラが残念そうな声を上げたのは夕食時、リエラが泊まるホテルに程近い食事処においてである。


 さほど繁盛していないのか、店内には疎らにしか人がいない。

 他の客も勇者とみえ、早速酒が入って声が大きくなっていた。



 ――夕食を一緒にどうか、とリエラがヴィレイアを透過視精を通じて誘おうとしたところ、応答がなかった。

 (こと)ヴィレイアとリエラの間において、透過視精を通じた会話が距離において妨害されることはない。

 ゆえに、ヴィレイアに何かあったのではないかと慌てたリエラがヴィレイアを捜し回っているのを、偶然エルカとリベルが発見した――という流れで食事を共にしている。



 リベルとしては、さすがに上空高くで黄金竜にしがみついている状況下、ヴィレイアも透過視精と影契約を結ぶことは出来なかったのだろうなと察しがついた。


 そしてそれに波及して、


(もう夜だけど、あいつ、大丈夫かな……)


 夜通し〈陽輪〉が飛び続けるならば、ヴィレイアにとっては過酷な夜になる。


 せめて〈陽輪〉が人間の軟弱さを思い出してくれますよう、ヴィレイアがきちんとそこを打ち合わせていますよう、とリベルが祈っているうちに、エルカが手早く、ヴィレイアが今はエーデルにいないことを告げていた。


 そしてリエラの残念そうな声が上がったわけである。



 リエラは続けて、不思議そうにリベルとエルカを見比べた。

 大きな薄紫の瞳が瞬く。


「でも、どうしてヴィレイアだけ? リベルさん、一緒に行かなかったんですか?」


「……あー」


 リベルは言い淀んだ。


 彼がヴィレイアのそばにいない理由を話すことは、即ちリエラにリベルとエルカの弱みを――それも、重大な弱みを――晒すことになるのだ。


 どうする? という意味を籠めてエルカを見遣る。


 そのときちょうど、給仕が食事を運んできた。


 食事が机上に並べられるのを待ち、給仕の背中を見送ってから、エルカは不機嫌に息を吐いた。

 カトラリーを無作法に手に取りつつ、「めんどくせぇ」と零す。


 忽ちリエラは悲壮な顔になったが、エルカが見遣ったのはリベルの方だった。


「もういいだろ、別に。話しても」


「えっ」


 さすがにリベルの顔も強張ったが、エルカはカトラリーで無造作にリエラを指して、淡々と続けた。


「俺たちとこの子、謂わば一蓮托生だろ。俺たちに不利になることをこの子がする理由がない」


「――――」


 リベルは懐疑的にリエラを見てしまう。



 ――確かに、リエラも魔法使いと〈言聞き〉の関係を知っているがゆえにヴァフェルムの後ろ盾を得ている立場だ。


 仮に魔法使いが〈言聞き〉の天敵に――完全には――なり得ないことを告発しようものなら、その悪影響は彼女自身にも跳ね返るのだ。



 とはいえ、リベルがリエラと実際に接している時間は長くはない。

 ゆえに信頼など育っておらず、語調は躊躇いがちになった。


「そうかも……しれないけど」


「あの、ややこしいことなら聞かなくていいです」


 リエラが素早くそう言ったが、エルカはあっさりと言っていた。


「いや、いいよ。

 取り敢えず親父さんにも黙っといてほしいんだけど、今、ヴィリーはあのくそ商会のところに向かってんだよね、泥棒しに」


「――はい?」


 リエラの目が点になった。


 エルカは彼女の反応には無頓着に、ごく小さな低声で続ける。



「で、俺らが一緒にいない理由だけど、言っちゃえば、一緒に行けなかったんだよね。

 ――魔法使いが〈言聞き〉の誓約を誤魔化せるのはその場凌ぎで、その誓約にもう一回背けるかっていうと、そんなことはないらしい。


 ――つまり俺らで言うと、くそったれ商会の人間に会った瞬間にあのときに逆戻りするわけ」



 リエラが目を見開いた。

 その手からぽとっとカトラリーが滑り落ちる。


 さすがの反射神経で、身を乗り出したエルカがそれを空中でキャッチしたが、それにも反応できないほど驚いている。


 エルカがカトラリーをテーブルに置いてやりつつ、念押しの口調で言った。


「黙っといてくれよ」


 リエラが両手で口許を押さえ、こくこくと頷く。


 目を見開いたままエルカを見つめる彼女の表情に、エルカが肩を竦めた。


「で、それを何とか出来るかも知れないのと、ついでに胸糞悪い鉱路の買い取りの話も何とか出来ないかなっていうので、ヴィリーが今、泥棒に行ってくれてるわけ」


 リエラがまたこくこくと頷き、驚きを呑み込むように深呼吸してから、恐る恐るといった具合で自分の口許から手を離した。


 リベルは懐疑的に彼女を眺めてしまい、エルカに頭を叩かれる。


()()()()()()だろ、大丈夫だって」


 リベルはわざとらしく頭を押さえる。

 そんな彼を怯えた様子で見て、リエラはやや早口になった。


「大丈夫です、あの、大丈夫です――私が下手なこと言ったときに、ヴィレイアから報復されることを思えば」


「俺はともかく、リベルのためなら、ヴィリーって手段を択ばず報復しそうだよな」


 エルカが笑い、しかしリベルは笑えなかった。


「――――」


 ポケットの中の時精時計を指で辿る。「八九九」の数字が浮かんでいるはずの、その輪郭を。



 ――このままでは、ヴィレイアは八百九十九日の後に欠ける。


 それを知っていれば、リエラはそんなことを言っただろうか――と、ふと考えてしまったのだ。



 リベルの表情の強張りに、リエラが不安そうな顔を見せる。

 それどころか危機感を覚えた様子で目を泳がせるので、エルカが事も無げに言った。


「ああ、こいつ、大事なヴィリーが手許を離れたっていうので神経質になってるだけだから」


 リベルは息を吐いた。

 確かに、この場にヴィレイアがいれば、彼の心にももう少し余裕があったかも知れなかった。


 辛うじて、「うるせぇよ」と呟くと、ようやくリエラの表情も緩む。



「――にしても、腹が立ちますね」


 カトラリーを再び手に取りつつ、リエラが不満そうにそう言った。


 エルカはテーブルの下で宥める意味を籠めてリベルの脚を蹴ってから、「ん?」と応じる。


「何が?」


「その――なんていいますか、卑劣なやり方で相手の身の安全が確保されてるのが」


 リエラが言い難そうに言う。


 彼女自身もショーズ商会に売られた身の上であり、語調にはうんざりしたような雰囲気が漂っていた。


 エルカが苦笑する。


「世の中ってそんなもんだろ」


 それはそうですけど、と淡白に認め、リエラは小心そうに肩を窄めた。


「でも何か、嫌がらせでもしたくなりますね」


「それはすごくそう」


 リベルとエルカの声が揃い、ようやく三人は打ち解けて笑い合った。


 エルカは目の前の分厚いハムを突き刺しながら、諦観の上にわざとらしい悔しさを載せたような口調でぼやく。


「でもなあ、手を出せないからなぁ」


「めちゃくちゃ困ってるくそったれ商会とか、見てみたいけどな」


 リベルも冗談めかして言う。


 リエラが分厚い肉を一生懸命に切っていた手を止めて、存外に真面目に首を傾げた。

 肩の上で切り揃えられた淡い色合いの金髪が揺れる。


「……あの人たちが困ることって、なんでしょう?」


 リベルとエルカは顔を見合わせる。

 エルカはかぶりついていたハムを飲み込んだ。


「……拠点が潰れるとか?」


「でもあいつら、おまえらの――治癒精の騒動のとき、あっさりアインヴェル拠点を炎上させてるしな。あそこ、二番目にでかいくらいの拠点だっただろ?」


 だからこそ、ヴィレイアがリベルに関する証書が保管されているかも知れないと目星をつけたことがあるのだ。


「そりゃ、あのときはリエラが最優先だったからだろ。詳しくは知らねぇけど」


 当事者の一人であったエルカがけろっとして言い、「なあ?」とリエラに同意を求める。

 リエラはお手本のような罪悪感に顔を伏せて小さくなっていた。


「すみませんでした……」


「いや、きみが進んで真契約したわけじゃないんだから」


 エルカが苦笑して言い、リベルに視線を戻す。


「まあ、ぽこぽこ拠点が潰れりゃ困るだろ」


 そうだな、とリベルも頷く。


「あとは――自分たちの悪事がばれるとか? ――あ、いや、ばれても大したことにはならないか」


「お偉いさんが後ろにいるわけだしな」


「お偉いさんから梯子外されたら困るだろうなぁ」


「あとはまあ、商売上がったりとか?」


 エルカが何の気なしに言って、はたとリベルは食事の手を止めた。



「……あいつらが鉱路を買うかも知れないってこと、他所に言ったら駄目なんだっけ?」



 エルカが訝しげに眉を寄せ、リベルを見た。


「――なんで?」


 リベルも眉を寄せ、手許に視線を落として、考え考え言葉を作る。



「だって、そんなこと漏れてみろよ。勇者組合は絶対に面白くない。

 ――勇者組合からすれば、あのくそったれ商会は得意先だろ? 逆にいえば、あのくそったれ商会は、結構なものを勇者組合から買ってるわけだ」



 生活必需品のうち、光晶や不溶石、不傷石や浮揚璧は、勇者が手に入れる他に市場に流通するものはない――公には。

 そもそも勇者は、危険な鉱路に踏み込んで物資を得るからこそ、遥か昔から勇者と呼ばれているのだ。


 今となっては、実際には、ショーズ商会からすればラディス傭兵団に採掘させたものが、そして各地の犯罪組織が鉱路に踏み込んで得る資源がある。

 が、そのどれも、目利きの勇者が採掘してくるものに比べれば、質も量も追いつかないのだ。


 勇者は生活基盤を担っている存在であり、だからこそ、勇者組合は勇者の数を確保するために、門戸を大きく開いているのだ。


 それは勇者組合がならず者を許容せざるを得ない社会的要請があってのことなのである。



「――鉱路を買い取るような商会と、勇者組合が今のまま取引を続けるか?」


 エルカも食事の手を止めた。


「……それは、確かに」



「勇者組合との取引がそんなに大事だったら、そもそもくそったれ商会も今回のことには首を突っ込まないような気もするから、実際には大したことないのかも知れない。

 けど、もしかしたら、鉱路を買うつもりだって勇者組合に知られると同時に、なんかこう――他の美味い餌で勇者組合を釣るつもりなのかも知れないじゃん。


 もしそうだったら、先にばらされたらかなり困るんじゃないか?」



 リベルとエルカはしばし、あれこれと考え合わせた。


「勇者組合が騒いで、まずいことになるか?」


「いや――むしろ、勇者がハイリの鉱路を数でかかって閉鎖して、物理的に商人組合には渡さなくなるかも」


「それ、そうなったら、こっちからすれば渡りに船じゃん」


「そうだな。――鉱路のことをばらしちゃって……親父さんたちに困ることがあるかな?」


「ないような気もするけど、どうだろう」


 エルカがリエラに視線を移した。


「親父さん、何か言ってた?」


「ええと」


 リエラがカトラリーを置き、身動(みじろ)ぎする。


「特に何も……。私に詳しい説明がないだけかも知れませんけど、今はとにかくゲッセンタルク閣下とフィアオーゼ閣下の睨み合いっていう感じで」


「ゲッセン――ええっと、勇者組合の議員は、なんでこれを組合に通知しないんだ?」


 エルカが首を傾げる。リエラも鏡映しの仕草で首を傾げた。


「……さあ……?」



 ――共和国の成立は、主に軍部と商人の力によるものであった。

 つまり、共和国憲章において、商人は軍人同様に保護されている。


 軍人が様々な特権を与えられているのに対して、商人には徹底的な自由が保証されているのだ。

 当然ながら、取引の自由はその最たるものである。


 ゲッセンタルクが仮に、勇者組合にこのことを通知し、「商人組合と取引罷りならじ」という風潮を作ってしまえば、それは勇者組合の首を絞めることになる――各組合との直接取引は――相手方の選定や取引の回数などの手間を考えれば――合理的でなく、商人組合なくしては、勇者組合も口に糊することは出来なくなるからだ。


 一方、「ショーズ商会との取引罷りならじ」と通達してしまっては、なお悪い。

 特定商会のみを市場から弾く真似をしたとして、共和国憲章に基づいて、商人の自由を侵害したとして弾劾されることになるからだ。



 ――ヴィレイアならばこうしたことも知ってはいたが、この場にそれを助言できる者はいなかった。



 とはいえ、リエラも伊達に議員のそばで過ごしてはいない。

 事実に限りなく近い推測を口にした。


「多分ですけど、特定の商会を目の敵にするようなことを、議員さんがやってしまうとまずいんじゃないでしょうか」


「ああ、ありそう」


「じゃ、勝手に俺たちが垂れ込む分には?」


 またも考え込む三人。



 ――ここにヴィレイアがいれば、「仮に勇者組合がこのことを知れば、確かに組合の怒髪は天を衝くだろうが、同時にこの事態を留める期待がゲッセンタルク議員へ向かう。ゲッセンタルクがこの事態を留められなかった場合、組合の失望を買って彼が次の選挙で失脚しかねず、この情勢にあって不慣れな人間が議員の座に就いた場合、ますます商人組合を止められなくなる可能性もある」ことを指摘しただろうが、やはりこの場には、そこに考えが回る人間はいなかった。


 さらにいえば、仮にこの場にヴィレイアがいてそのことの指摘があったとして、リベルはそこに気を配る意義を考えられなかっただろう。



 ――ヴィレイアには時間がない。

 ゆえにリベルにとって大切なのは、将来的な情勢ではなく、今このときだった。



「……垂れ込むだけ垂れ込んでも、いいような」


 リベルが呟き、エルカが曖昧に肩を竦める。


「まあ、あとは、ただの勇者が垂れ込むことを、勇者組合側が信じるかっていう話だけど」


「――――」


 リベルはしばらく黙り込み、それから意を決して言った。



「――ダイアニの組合になら、俺は顔が利く」



 エルカも真顔になった。


「……いいね、それ」



























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